オピニオン

音楽療法の効果を「科学」する 癒やしから治療へ 教養学部芸術学科音楽学課程 准教授
近藤 真由

2016年4月1日掲出

 音楽を用いることで心身の機能の維持、回復や不安の軽減などを図る「音楽療法」。医療や高齢者介護の現場に導入されている例は数多く、全国に2774人(2014年度データ)の日本音楽療法学会認定音楽療法士がいる。とはいえ、まだ科学的に「医療」として認められていないため、活躍の場は限られているのが実情だ。音楽療法士の資格を持ち、音楽療法の効果の実証研究に取り組む東海大学教養学部芸術学科音楽学課程の近藤真由准教授に、音楽療法の実際とその役割について聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 青木浩芳】

 

 ――音楽療法とは、どのようなものですか?

 音楽を聴いたり、音楽に合わせて歌ったり体を動かしたりすることで、手術の前や病の重い患者の緊張や不安を軽減したり、身体機能のリハビリ、コミュニケーションの活性化、認知症の予防などを図る“医療の代替療法”として注目されています。

 

 ――具体的に何をするのですか。

 人にはそれぞれ好みの曲やパーソナルソングがあるものです。音楽療法ではまず、「好きな曲」や「人生の節目に聴いた曲」など、思い入れの深い曲が何であったかを、クライエント(対象者)に聞くことから始めます。音楽全般が嫌いだと言われたら困るのですが、そこで諦めず、何か一曲くらいは好きな曲がないかを尋ねて、聞き出します。それと同時にその人が「今どういう状況にあるか」や「どんな人生を送ってきたか」を聞いて、音楽を使って何をするのか、きちんと目的を定めます。例えば、翌日にがんの手術を控えていて「不安で夜、寝られない」という人に対しては、不安を取り除いて眠れるようにすることが目的になります。

 次に考えるのは、どのような形で音楽を利用するか。実際に歌ったり合奏したり、音楽に参加する「能動的音楽療法」がいいか、音楽をじっと聴いてもらう「受動的音楽療法」がいいか、その人の状況に合わせて選択します。

 「能動的音楽療法」というのは、曲に合わせて歌ったり楽器を演奏したりするのですが、例えば、認知症予防のためには、歌いながら楽器を鳴らしたり、手や身体を動かすなど、たくさん慣れない動きをし、デュアルタスク(二つのことを同時に行う作業)で脳の広い範囲を使うことが有効です。ただし、難しすぎるとストレスを与えて逆効果になりますが、音楽なら、それらを楽しみながら行うことが可能です。

 一方で、ベッドから動けないクライエントには、じっと音楽を聴きながら昔を思い出して話をするだけでも効果があります。言葉より心に長く残っている音楽があったほうが、ポジティブな回想につながると言われています。

 

 ――音楽療法の効果を研究されているということですが。

 音楽療法は、薬物と比べてクライエントへの副作用が少ないという利点がありますが、効き目に個人差があって、「万人に効く曲」というものがあるわけではないので、科学的な証明をするのが非常に困難です。そのため「医療」と見なされていません。お医者さんの中には「音楽療法ってレクリエーションとどう違うの?」とおっしゃる先生もいます。私は大学院で医学研究科に進んだ時、いろいろな患者さまに自由に音楽療法をさせてもらえると思っていたのですが、「音楽療法の効果は証明されているのか」とか「エビデンス(証拠)がなければ実践させることはできない」と指摘され、医療の厳しい考え方を知る、良い経験をさせていただきました。

 

 ――科学的に証明する必要を感じたわけですね。

 主観的には効果を感じられましたし、患者さんから「明るい気持ちになった」「癒された」と言っていただくことはありました。ただ、もっと誰もが分かるエビデンスを示さなければ、医療として扱われない。医療の現場で行われても診療報酬の点数はつかないし、音楽療法士は国家資格でもない。効果が科学的に検証されれば、医療と認められることにつながります。大学で音楽療法を学んだ学生たちの働く場も、広がることが期待できます。

 

 ――どのような研究をされているのですか。

 現在は、音楽療法の効果を実証するのに最も適した検査指標を探しています。具体的には、音楽療法を受けた後、身体の免疫を司る抗体「免疫グロブリン」の濃度がどう変化するかや、ストレスホルモンが実際に減るのか、自律神経や脳の活性化状態がどう変わるのかなどを分析しています。

 

 ――手応えのある指標は見つかりましたか。

 心電図を取ると、音楽療法後は心拍数が減って副交感神経が優位となりリラックスした状態になることが計測できます。また、脳の血流状態を測る光トポグラフィーでも、やる気や理性をつかさどる前頭葉が活性化することが分かってきました。こういった検査指標に注目しているのですが、音楽療法界全体では、研究者それぞれで着眼点は違います。脳波で評価している研究者もいれば、行動の変化や、認知機能検査、うつ状態を測る心理検査などのデータを蓄積し、分析している研究者もいます。具体的に高齢者の徘徊を抑える効果や睡眠を取りやすくする方法などを研究することも大事です。

 

 ――科学的な実証だけでは不十分ということですか。

 高齢者施設や病院など現場の声を聞き、問題行動を軽減させるにはどう取り組んだらいいのか、やってみたらどんな結果が出たのか。それらの課題を解決するのは、脳血流のデータなどではありません。音楽療法を評価するには、まずは基礎研究で有効性を証明して医療として認めてもらい、音楽療法士を国家資格のある職業として成り立たせること。もう一つは、現場での実際の問題解決に役立てるための臨床研究。この二本柱が必要だと思います。両方あってこそ、「音楽にはこんな効果がある」「音楽療法は有効だ」と分かってもらえるのではないでしょうか。

 

 ――高齢化社会を迎え、特に認知症予防という役割が注目されていますね。

 認知症の予防に最も有効なのは有酸素運動ですが、運動習慣のない人が高齢になってから突然始めるのは、結構、ハードルが高い。音楽も用い方によっては、有酸素運動に匹敵する効果が得られると思います。ただ歌うだけではなく、ワンフレーズ息を大きく吸って吐ききる形で意識して歌えば、それも心肺機能のトレーニングにつながります。歌いながら体を動かすとか、歌いながら歩く、しりとりをしながら歩く“デュアルタスク”も効果的です。伴奏を聞きながら歌うとか、歌詞を見ながら歌うとか、相手のタイミングを見ながら、楽器を鳴らすとか、音楽をすること自体も、認知症予防につながると思います。

 8月には「自宅でできる認知症予防のための音楽療法(仮題)」(講談社・価格未定)というCD付きの本を出す予定です。おうちでできる音楽脳トレのようなものですので、ぜひ興味の持てる活動を選んで、楽しんでやっていただけたらと思います。

 

 ――音楽療法を志したのは、どういうきっかけですか。

 子どもの時からずっとピアノを弾いていて、高校まではピアノの先生になりたかったのですが、ある時、音楽が楽しくなくなってしまいました。その頃、母に紹介されて「音楽療法士」という仕事に出会いました。

 

 ――最近の学生について、どのように感じていますか。

 音楽学課程の学生は、教員志望や演奏家、音響関係など進路希望はさまざまです。その中で、音楽療法士を目指してきた学生は、日々の実習は本当に忙しいのですが、なんとか時間をやりくりして、部活やバイトなどとも両立しながら、現場のクライエントさんのために、日々、本当に一生懸命頑張っています。最近の子は…と、あまり良い言われ方をされない世代ですが、目指す目的がはっきりあれば、頑張れるんだと思います。

 

 ――春、新生活をはじめる人にアドバイスを。

 春はさまざまな環境の変化があり、不安になったり落ち込んだりすることも多いと思います。そのような時には音楽がお勧めです。音楽には非常に多くのジャンル、曲がありますので、きっと好みに合うものがあるでしょう。ただし、落ち込んだ時に、今の自分とあまりにもかけ離れたハッピーな曲を聴くのは避けましょう。余計に落ち込みます。今の気持ちにぴったり寄り添ってくれるような、共感できる曲を聴くことが大切だというのが、音楽療法の“同質の原理”です。音楽に背中を押してもらって、徐々に気持ちを上げ、元気に、楽しい新生活をスタートしてください。

 

教養学部芸術学科音楽学課程 准教授 近藤 真由 (こんどう まゆ)

東海大学教養学部芸術学科音楽学課程卒業。その後、同大学大学院 医学研究科に進学し、博士(医学)取得。日本音楽療法学会認定音楽療法士。 音楽療法の有効性を客観的に評価するため、脳血流や自律神経状態、免疫、内分泌系指標など、さまざまな生理学的指標を用いて音楽療法の有効性を検討することが、研究テーマ。現在は、認知症予防に対する音楽の効果もテーマに、各地で講演活動を行っている。高齢化社会に進む日本で、音楽が人々の健康、幸せに貢献できることを目指している。