オピニオン

謎多きイルカの世界 北の大地から迫る 東海大学 生物学部海洋生物科学科 講師
北 夕紀

2016年9月1日掲出

 いまだ謎多きイルカの世界。その群れをなす生態の秘密はどこにあるのか。遺伝子解析の手法を用いて海の生物の実態に迫るのが、東海大学生物学部海洋生物科学科の北夕紀講師だ。豊かな自然に抱かれた北の大地の札幌キャンパスで、研究のきっかけや現状について聞いた。【毎日新聞デジタルメディア局 浜名晋一】

 

 ――先生が所属されている生物学部海洋生物科学科とは、どのような学科ですか。

 一言で申し上げますと、海のことについて総合的に学ぶ場所です。植物プランクトンや魚類、イカやタコ、貝類など生物を専門にしている教員だけではなく、海の水質や流れを専門にしている教員もいて、それら全てを統合すると、海の大きな生態系が分かるという学科です。学生には幅広くいろいろな分野を学んで、大きな生態系の中で物事を考えられるよう、授業に取り組んでほしいと指導しています。生物を研究していても、食物連鎖の「食う・食われる」というつながりがありますので、プランクトンが好きだから、それだけ研究するということではなく、それを食べる魚やイカ、タコ、イルカ、クジラのことも学ばなければいけません。また、海の環境を分かるためには、海流、温暖化に伴う水温上昇、海の水質も理解しないといけません。幅広い分野を学んで、さまざまなことに生かしてほしいと思っています。

 

 ――海のことを総体的に学ぶ学科は全国的にも珍しいのではないですか。

 珍しいですね。海というと同じ東海大学の海洋学部が有名ですが、水産学科とか海洋地球科学科など、それぞれ水産専門の学科や、海洋物理専門の学科に分かれて専門を突き詰めていく形になっています。それに対して生物学部の海洋生物科学科は、大きな生態系の中で物事を理解していくことができます。それぞれの良さがありますが、海洋生物科学科には全国から広く生態系を学びたいという学生が来ていますね。1学年平均して70人強の学生がいて、そのうちの7割が北海道外の学生です。大学院へ進学して研究を続ける学生はそれほど多くなく、卒業後の就職先は海洋環境の調査を行う海洋コンサルタントとか、水族館関係などがあります。

 

 ――北先生の研究室は2013年に発足しましたが、手応えはいかがですか。

 私はイルカ、クジラの遺伝子を専門にしているので、遺伝子を使ってイルカ、クジラの生態を解明しようとするのが研究室の主な目的です。学生はイルカ、クジラは好きだけども、遺伝子についてはあまり興味がないという学生もいますし、遺伝子に興味はあるけども、イルカ、クジラではなくて、魚類の研究をやりたいという学生もいますので、学生のニーズに合わせて研究指導を行っています。

 私自身の研究については、東京の伊豆諸島にある御蔵島(みくらじま)で、イルカのウンチの採集をしている方々がいるので、そのウンチから遺伝子を取って、血縁関係の有無などを調べています。御蔵島のイルカは全頭、個体識別されているので、いつも一緒に泳いでいるイルカが兄弟なのか、あるいは友達的な関係なのかということを、遺伝子を使って調べるというもので、血縁があれば兄弟姉妹だったり、親子だったりする可能性もあるし、無ければ単純に仲のいい友達同士だということが分かります。

 

 ――仲のいいイルカの個体同士は血縁であるパターンが多いのですか。

 そうとも言い切れません。単純に仲がいいということもあります。今はだいぶ血縁関係も分かってきたので、血縁のあった個体同士が一緒に泳いでいる可能性が高いのか、調査を進めています。ただ、イルカに常に会えるかどうか分かりませんし、会えたからといって、そのイルカが必ずしもウンチをしてくれるものでもありません。3年間かけてようやく個体識別したイルカのうち、7~8割のウンチが集まりました。お母さんは授乳があるのでドルフィンスイムによる目視調査やビデオ観察で親子関係が分かりますが、お父さんは子育てには参加しませんので、関係性は分かりません。ウンチを調べることで、お父さん探しを調査の一環として行っています。

 イルカ、クジラと言いましたが、イルカとクジラとの違いは基本的には大きさだけで、4メートル以上の大きさなのがクジラです。つまり、イルカもクジラも仲間なんです。ウンチからは血縁関係だけではなく、食べたものも分かります。そこから餌となる生物を特定したいと思っています。今年の卒業研究に取り組む学生がイルカの食性解析を遺伝子から行おうとしていますので、それを経年的に見ることにより、それぞれの時期に何を食べているのか、その食性を調べたいと考えています。御蔵島のイルカの場合、1頭1頭個体識別されていますので、このイルカはこれを食べていたけれど、別のイルカは違うということがあるかもしれません。ウンチから個体ごとの食性を調べることが可能なのです。

 イルカ、クジラだけではなく、鰭脚類(ききゃくるい)のアシカやアザラシに興味がある学生もいます。アシカやアザラシは北海道で多く見られる動物で、アシカ、アザラシの食性解析もしています。アシカ、アザラシは漁業被害との関係もあるので、北海道の漁師さんにとっては“敵”の存在です。だからといって駆除することが本当に正解なのでしょうか。駆除をせずに彼らの食性を理解することで、漁業活動とどれだけ競合関係にあるのか調べるということも念頭に置いています。

 

 ――アシカ、アザラシはどのような餌を好んで食べているのですか。

 今、キタオットセイを対象に解析を行っていますが、ホッケとかスケトウダラですね。胃の内容物とウンチにどれだけ整合性があるかを比較して研究しています。胃の内容物を全部消化してしまっている場合がありますが、ウンチから採取した遺伝子のレベルで見ると、ホッケとかスケトウダラが確認できます。

 

 ――「噴火湾のカマイルカの生態」も研究テーマの一つになっているようですね。

 ホエールウオッチング、ドルフィンウオッチングの講義を13年から毎年行っています。噴火湾がカマイルカの唯一の繁殖海域と言われており、5月から8月にかけて姿が確認できるのですが、毎年、来る時期が違うのです。それが天候による影響なのか、温暖化に伴う水温上昇による影響なのか分かりませんし、津軽海峡の一派が来ているのではないかという説もあるのですが、実際にはどこから来ているのか、それもよく分かっていません。そこで、せっかくドルフィンウオッチングの授業をしていますので、カマイルカが見られる期間中ずっと調査して、来る時期と水温との因果関係など、何らかの関係が見えたらいいと思って、研究を進めています。

 13~15年のドルフィンウオッチングで得られた写真やイルカを発見した緯度・経度など117頭についてのデータを学生がまとめてくれました。その117頭を個体識別し、カタログも作りました。その結果、3年間にわたって毎年来ていた個体が1頭だけ識別できました。14、15年の2年にわたって来ていた個体も5頭ほど識別できました。ただ、どこから移動してきて、どういった行き来をしているのかが分かりませんので、今年は船上からの調査に加えて、測量機器を使った陸からの調査も行うことを予定してます。

 

 ――新たに判明したカマイルカの生態はありますか。

 メスを追ってオスが行動している例と、母子で一緒にいるのが確認されていることから、噴火湾が唯一の繁殖海域ということがある程度証明されています。また、観光業の方はイルカが見られなくなることが一番困ることなのですが、繁殖海域である以上、多少の水温の変化だけで来なくなることはないと言えます。小樽や津軽海峡など他の海域の個体と一致していることが分かれば、移動経路や行動が分かってきます。まずは礎を築かないことには、きちんとした生態解明はできません。毎年、海域に戻ってきている個体がいる可能性もありますし、もしそれがオスであれば、例年、繁殖のためにメスを追って来ているのかもしれません。

 

 ――「種苗生産におけるカキの種の判別」もテーマだそうですね。

 別の研究者がカキの種苗生産を行っており、いずれはイワガキの「東海ブランド」を作りたいと話しています。しかし、種苗生産をする時に一番問題になるのは、食品偽装の問題です。「これはおそらくイワガキだろう」と母貝を捕ってきても、「実はマガキだった」ということになると、マガキを不本意に種苗生産に回してしまう可能性が出てきてしまいます。そこで、マガキかイワガキかの判定を遺伝子を使って行っています。また、種苗生産海域にいろいろなカキが生息していると、母貝として種苗生産を行っても、違うカキが着床してしまうこともあります。イワガキを作っていたつもりが、マガキができてしまったということになると困りますので、種苗生産海域にどんなカキが生息しているのかということも調査しています。

 

 ――学生時代は生物学を専攻していたのですか。

 私は東海大学海洋学部の水産学科水産資源開発課程(現海洋生物学科)を卒業しました。100頭くらいの群れで生活しているイルカの社会性について研究をしたくて、大学院修士課程は海洋学研究科に進みました。イルカの血縁関係はどういったものなのかとか、血縁がないのであれば、どのような意味があって集団でいるのか研究したかったのです。社会性を研究するためには、同じように社会性がある霊長類の進んだ研究手法をまず勉強して、その方法をイルカに生かそうと考え、博士課程は医学研究科に進み、サルの集団遺伝学を学んで、それをイルカに生かして研究しています。

 

 ――海洋生物の研究をするには、北海道というロケーションはいい環境なのではないですか。

 環境はとても良いですね。イルカ、クジラも来ますし、アシカ、アザラシなど海洋哺乳類もいっぱいいて、研究対象の幅は広がります。北海道でできることはいろいろあると思います。

 

 ――イルカの社会性に興味を持ったきっかけは何ですか。

 子供の頃からイルカが好きでした。3歳くらいの時に水族館に行って、イルカと握手する機会があったのですが、幼すぎて危ないから、握手させてもらえませんでした。三つ年上の兄は握手したのですが、それで大泣きした記憶があって、それが根強くあったのだと思います。幼い頃は画家志望で、クリスチャン・ラッセンの絵が好きでした。小学校、中学校時代には絵も習っていて、イルカの絵を描いて生きていきたかったのですが、高校の美術の先生と方向性の相違があり、画家ではなくイルカのことを突き詰めるような研究者になろうと思いました。それで、文系から理系に転向して、海洋学部に進んだのです。

 イルカの研究者になるにはどうすればいいか、自分に何ができるか考えました。昔から遺伝子に興味があり、らせんの構造など芸術的な部分も好きだったので、卒業研究では遺伝子を使ったイルカの研究をしたいと思いました。遺伝子の勉強はほぼ独学だったので、なかなか成果が出なかったのですが、東海大学の医学部を紹介してもらって、手法論を学びました。

 

 ――学生に向けてメッセージをお願いします。

 少しでも興味を持っていることを学んでもらいたいと思っています。ここは海を対象にする特殊な学科なので、学生は何かしら海のことを学びたくて、大学に入ってきていると思うんですね。海のことについて何でもいいので、学びたいという意欲があれば、協力は惜しみません。諦めてしまうのではなく、受け身の体勢でもなく、何か一つ軸を持ってほしいと思っています。もし、何にも興味を持たずに大学に入学してしまったとしても、授業で面白いことを見つけてくれればいいと思います。もしかしたらそれが将来の仕事につながるかもしれませんし、自分を高めていく上で何かをつかんで卒業してほしいと思って講義しています。

 

東海大学 生物学部海洋生物科学科 講師 北 夕紀 (きた ゆうき)

東海大学大学院医学研究科先端医科学専攻終了。博士(医学)。東海大学医学部基礎医学系分子生命科学技術員を経て現職。専門は鯨類の集団遺伝学。