オピニオン

目指すは「針と糸いらずのばんそうこう」 小さな世界の大きな挑戦 工学部機械工学科 准教授
木村 啓志
工学部精密工学科 教授
槌谷 和義

2016年6月1日掲出

 2015年1月に開設した「東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター(MNTC)」。マイクロやナノといった極小単位の世界に挑み、医療への応用を目指す研究に日々取り組んでいる。「針と糸いらずのばんそうこう」や「血栓クリーナー」などを実現するための「高分子超薄膜」が研究テーマだ。最前線に立つ東海大学工学部精密工学科の槌谷和義教授と、機械工学科の木村啓志准教授に聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 浜名晋一】

 

 ――センターは、どのような施設ですか。

 木村准教授 文部科学省の「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」に、本学の研究プロジェクト「高分子超薄膜から創成する次世代医用技術」が採択され、その研究拠点として開設された施設です。医学部、理学部、工学部から学部や専門の垣根を越えた8人の研究者が集い、高分子超薄膜という新しい技術を医療分野に応用する研究をしています。

 もともと、高分子超薄膜の研究は本学工学部応用化学科の岡村陽介准教授が専門として実施しておりましたが、1つの分野の研究だけでは限界があります。医学部や理学部、工学部が持つ技術や知見を応用することで、研究範囲を多岐に広げることができます。そのために独自の技術を開発するための施設が必要でした。本センターには、微細加工するクリーンルームの横に細胞を培養する施設があり、その向かいに精密な物理量を測る恒温恒湿室が設置されています。様々な専門分野の研究者が1カ所で研究する分野横断的な施設となっております。昨今「異分野融合」と声高に叫ばれていますが、実際に具現化しているケースは国内外でもなかなかありません。一方、本学ではそれが実現されていると自負しています。

 

 ――その点がセンターの特徴ということですか。

 木村准教授 センターはオープンスペースとなっており、研究者だけでなく多様な専攻の学生が集まることで様々な効果を生み出しております。日常から専門の垣根を越えてコミュニケーションを深めておりますし、月水金の週3回、午後3時から開く「コアタイムコーヒー」の時間には、学内外を問わず、さまざまな人が集まり、いろいろな話題で盛り上がります。例えば、工学部の機械工学科の学生が困っていることに対して、理学部の物理学科や化学科の学生が「うちの研究室でできるんじゃないか」などと提案します。具体的に話し合う中で新しい発見があるのです。

 

 ――ところで「マイクロ・ナノ」とは、どういうものでしょうか。

 槌谷教授 マイクロやナノは10の何乗かを表す接頭語です。マイクロは10のマイナス6乗、ナノは10のマイナス9乗で、メートルとかグラムとか秒などの単位の前に付けることができます。マイクロ・ナノは「極めて小さなもの」ということになりますが、なぜ小さいことに価値があるかというと、小さくて既存のものと同じ機能を持っていれば、さらに可能性が広がるからです。これまで小さ過ぎて測定できない所を測ることができたり、コストが安くできたりと、マイクロ・ナノにすることで得られるものは、学術的にも社会的にも貴重です。

 例えば2種類の化学薬品を一つのビーカーに入れると反応が起きます。しかし、そこで液体と液体が混ざり合って微視的にどうなっているのかは誰にも分かりません。これまでは混ざった後の平均値しか知ることができませんでした。しかし、微小な領域でどういう反応が起きているのか、より細かい部分が分かることで、そこから新たなアプリケーションが生まれるかもしれない。特に医療技術への応用が可能になるかもしれません。

 

 ――研究に伴う困難とは何ですか。

 槌谷教授 我々のチームは「作るチーム」「試すチーム」「知るチーム」の三つのチームに分かれています。まず、ごく微小な領域で何か知るためには道具を作らなければなりません。さらにそれを使う技術も、原理を知ることも、どれもこれも必要です。既に世の中にある技術というわけではありませんから、教えてもらうわけにはいきません。

 木村准教授 具体的に挙げたらきりがありませんが、やはり、目で見えないものを扱うということが難しい。人間の手の大きさでは、1マイクロメートルとか1ナノメートルの単位のものは簡単には扱えません。僕らが住んでいる空間とのギャップがありすぎます。研究では電子顕微鏡も使いますが、目で見るだけが「見る」ではなく、測ることで「見る」ということもできます。レーザーを使ったり、化学的な反応を見たり、さまざまな手法でマイクロ・ナノにアプローチしています。

 

 ――センターで研究している高分子超薄膜とはどういうものですか。

 木村准教授 私と槌谷先生は試すチームで、応用を主眼に置いて研究を進めています。高分子というのは、ポリスチレンとかPLLA(ポリ-L-乳酸)など、いろいろ種類はありますが、材料自体はポリマーであれば何でも構いません。それをすごく薄く、100ナノメートル以下に加工することによって、新しい機能が生まれることが分かってきています。一番顕著なのは貼り付きやすくなる機能ですが、溶け出す温度も変わってきます。同じ材料なのに薄くなることで特性が変わる。そういうユニークな機能を医療技術に応用しようというのが研究の目的です。

 貼り付くという機能を活用して、手術の縫合をシートで行うことが可能です。超薄膜は、最初は膜として存在していますが、体の中では溶けるような高分子材料にすることで、抜糸がいらなくなります。手術の時間も手間も省くことができるので、患者の負担も減ります。いわば「針と糸いらずのばんそうこう」です。また、高分子超薄膜自身に薬を塗り込んだ「血栓クリーナー」も考えています。薬を塗り込んだ超薄膜を血中に投入することで、血栓を壊すような機能を持った薬になるのではないか。狙った所に薬を投与する一つのツールとして、超薄膜を活用したいと考えています。

 

 ――槌谷先生、木村先生の研究テーマは何ですか。

 槌谷教授 私の専攻は精密工学です。研究室で一番有名な研究は「無痛針」でしょう。蚊の針と同じ大きさの金属製注射針を作りました。金属製の針では世界最小です。血液を取ったり、薬剤投与ができますが、今、それを2分間くらいかけてやっているのを、もっと速く瞬時に吸いとりたい。そのためには針の内径を大きくするのが一番いいのですが、同時に外径も大きくなってしまうので、「無痛」ではなくなります。そこで「痛みを評価したい」となりました。痛みの数値化です。

 最初作った注射針の外径は50〜60ミクロンくらいで、髪の毛の半分くらいの直径です。痛みの評価をすると、95ミクロンまでは痛みが許容されるということが分かりました。痛みを感じない外径、表面積を測ることで、いろんな針の設計ができます。ライト兄弟は鳥に学んで鳥を作ったわけではなく、彼らは飛行機を作りました。それと同じことで、我々は蚊に学んで、注射針の開発をしています。針を刺しただけで血液を採れるようにするとか、針自身にセンサー機能を付けるとか、研究は徐々に発展しています。

 また、一つのデバイス(装置)でヒトの健康状態を見られるようにしたいと考えています。今、腕時計型のウエアラブルな(身に着ける)デバイスを作っています。決まった時間になると自動的に針が出てきて、ポンプが動いて、血液を採取します。そして、センサーが分析して、無線やインターネットを通じてデータを病院に送ります。医師がそれを見て、フィードバックして薬剤を投与するという仕組みです。

 いろいろなセンサーを組み込めるので、医師がいない地域の住民や、高齢者を対象にした健康管理のデバイスになっていくでしょう。血液からは数百種類のデータを取得することができます。そもそもなぜ針型なのかというと、非侵襲(体を傷つけない)でもデータを取ることはできますが、その先の「薬剤投与」まで考えると、針型の方が都合が良いのです。

 木村准教授 手のひらサイズにヒトの生体機能を再現した「マイクロデバイス」というものを研究しています。半導体を作る技術を使った、液体を流すことができる小さなデバイスです。機械と生物の細胞を組み合わせた、メカとバイオをハイブリッドにしたような新しいシステムを開発して、それを医療に応用したいと考えています。

 薬や食品添加物、化粧品は、開発段階で必ず毒性試験とか薬効試験などの動物実験を行います。その代わりになるようなデバイスを作ろうとしているのです。マイクロデバイスという小さな空間の中にヒトから採ってきた細胞を心臓、肝臓、腎臓、肺、胃というように配置して、あたかもミニチュア人体のようなものを人工的に作ります。そのことによって、動物実験を少しでも減らそうという研究です。

 もともとロボットの研究をしたくて学問を志しましたが、機械だけに新しい機能を発揮させようとすることに限界を感じました。一方で生き物に大きな可能性を感じていたので、機械とバイオのそれぞれいいところを組み合わせた新しいシステムができるのではないかと考えました。動物実験だと倫理の問題を引き起こしたり、種差問題と言って、動物実験でパスした薬でも、実際の臨床実験では副作用が起きたりといった問題がよく起こります。人体を再現したデバイスなら、実際に使うのはヒトの細胞なので、体の反応を正しく評価できます。

 

 ――最後に若い世代にメッセージをお願いします。

 木村准教授 自分で自分の能力の限界を決めないことです。可能性を限定しないでほしい。「なせばなる」です。できないのはチャレンジしていないからです。自分に枠を設けて「自分はできない」とあきらめるのではなく、チャレンジしてほしいと、いつも学生に指導しています。

 また、「人を愛し、人に愛されろ」とも話しています。どんな社会でも人とコミュニケーションが取れないと、生きていくことはできても、発展はしません。自分が嫌いだなと思った人から好かれることはまずありません。コミュニティーに入ったら、相手のことを好きになりなさいということです。そのためには、相手のことを知らないといけないし、知るためには話さないといけない。人生の先輩として学生にはそれを伝えたいです。

 槌谷教授 いろんな分野の人と話をすることです。「百聞は一見にしかず」。聞いただけではだめで、調べたりして見ることが大事です。しかし、それで終わらなくて、「百見は一考にしかず」。見ただけではだめで、なぜなのか考えることが大事です。それだけでもだめで、「百考は一行にしかず」。行動しないとだめです。考えたうえで最後までやろうということ。知識も大事ですが、最後まで成し遂げることが大事です。成功するまでやり遂げることが成功の秘訣です。

 

工学部機械工学科 准教授 木村 啓志 (きむら ひろし)

1980年神奈川県生まれ。法政大学工学部卒業後、東京大学大学院工学系研究科博士課程後期修了。博士(工学)。東大生産技術研究所特任助教などを経て2012年から現職。専門は、微細加工、バイオエンジニアリング、生体システム工学。

工学部精密工学科 教授 槌谷 和義 (つちや かずよし)

英国国立ウォーリック大学Ph.D.、茨城大学大学院理工学研究科講師、大阪工業大学ポストドクターを経て現職。予防医療を目的とした医用材料、デバイスの開発に関する研究に従事している。