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銭湯百景

/6 受け継がれるペンキ絵

女湯に描かれた「三保松原」=東京都八王子市の「福の湯」で、川畑さおり撮影
東京都千代田区のキカイ湯跡地に建つビル入り口には「銭湯に初のペンキ絵」と書かれたプレートが設置されている=川畑さおり撮影

 <くらしナビ ライフスタイル>

    描くときは「無心」という丸山清人さん=宮本明登撮影

     銭湯の浴場の壁にペンキで描かれている富士山や湖の絵。広い湯船につかりながら眺める壮大な「景色」は、多くの人を楽しませてきた。現在、このペンキ絵を描く銭湯絵師は3人しかいない。だが、新たに絵師を目指す若者が現れ、その技術は受け継がれようとしている。

     ●リアルな富士山

     今月中旬、東京都八王子市の「福の湯」。頭に白いタオルを巻いた銭湯絵師の丸山清人さん(82)がはしごに足をかけ、ローラーを使って壁の最上部を水色に塗り始めた。最初に空を描き、だんだん下へ下りていく。使うペンキは赤、青、黄、白、紺の5色。前回描いた絵の上にチョークで簡単な下描きをし、そのまま新たな風景を描いていく。丸山さんは現役の銭湯絵師で最高齢。身長160センチの小柄な体を目いっぱい使って巨大な風景画を描いていく姿は力強い。

     年季の入った木のパレットでペンキを少しずつ混ぜ合わせて緑や茶色を作り、10本以上のハケを使い分けながら山の裾野や水面に色の濃淡や明暗をつける。この遠近感を出すためのグラデーションが難しい。定休日の店に朝から滞在し、途中休憩を挟みながら8時間以上かけて男湯に「野尻湖」、女湯には駿河湾から富士山を望む「三保松原」を描いた。福の湯は1955年から60年以上担当している。毎年描き替えていたが、今回は2年ぶり。3代目の福田喜久夫さん(82)は「丸山さんの富士山が好き。すごくリアルなんだよね」と話す。

     浴場にペンキ絵が描かれた最初の銭湯は、千代田区の「キカイ湯」(廃業)だ。72年刊行の「公衆浴場史」(全国公衆浴場業環境衛生同業組合連合会)によると、12(大正元)年、キカイ湯が画家に頼んで浴室周囲の板壁に絵を描いてもらったところ評判となり、各銭湯もこぞって絵を描き客を喜ばせたという。現在、キカイ湯跡地に建つビルの入り口には「銭湯に初のペンキ絵」と書かれた四角いプレートが掲げられている。区内の歴史的な建物や出来事などを後世に伝える区の事業「まちの記憶保存プレート」の一つに選ばれ、2007年3月に設置された。

     ●紅葉、夕日は厳禁

     杉並区で生まれ、戦時中、小学1年生だった丸山さんは父の故郷の山梨県に疎開した。18歳の時、都内で浴場専門の広告代理店「背景広告社」を経営していた親戚に誘われ、上京。幼いころから絵を描くのが好きだった丸山さんは、看板製作を担う会社専属の絵師になった。まだ一般家庭にテレビが普及していない時代。誰もが訪れる銭湯は影響力のある広告媒体で、都内には浴場専門の広告代理店が十数社あった。当時は商店街の魚屋やそば屋の看板を浴場に設置させてもらう見返りに、無料で絵を描いていたという。

     入社後2年間、昼間は仕事、夜は専門学校で絵とレタリングを学んだ。先輩が担当する現場に同行するが、手取り足取り教えてもらうことはない。ひたすら先輩のやり方を見て覚えた。そのうち空や雲を描かせてもらえるようになり、初めて1人で任されたのは25歳のころだった。

     冬はペンキの乗りが悪く乾きにくいため、作業は4~12月。当時、都内には2000軒を超える銭湯があり、しかも毎年描き替えていたため日曜日以外は働きづめだった。営業前に仕上げなければならないスピード勝負。助手と2人で早朝店に行って店主を起こし、午後2~3時には完成させていた。「その時自分ではよくできたと感じても、翌年見てよくこんな絵を描いたな、と思うことが若いころはあった。それだけ腕が上がっていったってことだろうね」

     一番忙しかったのは64年の東京五輪のころだ。各地で新規開業が相次ぎ、1日2軒手がけたことも。「たまに『隣の風呂屋と同じじゃねえか』って店のおやじさんに怒られて。どこに何を描いたか分からないよ、あちこち行くんだから」と笑う。湖や渓谷、灯台など絵柄は決まっていて頭の中には約30パターンある。昔から紅葉、夕日、猿は「落ちる」ので描いてはいけないとされている。

    勝海麻衣さん

     ●頼もしい若手が

     かつて自分が担当した銭湯は次々に廃業し、今手がけるのは月1~3軒ほど。ペンキ絵を採用する店自体も減り、寂しさもある。だが、自分の技術を受け継ごうとしてくれる頼もしい存在も現れた。

     銭湯絵師を目指して丸山さんのもとで修業している東京芸大大学院1年の勝海麻衣さん(24)だ。勝海さんは小学2年の時、伊豆への家族旅行の帰りに立ち寄った銭湯で富士山のペンキ絵を見て、自由でダイナミックな描き方に心を奪われた。昨年9月、自作の絵を複数持参して丸山さんの個展に出向き、思いを伝えた。「絵には人柄が出ると思う。丸山さんの絵は、懐の深さや富士山に対する敬意を感じる。丸山さんのような絵師になりたい」と力を込める。

     45歳で独立して以来、腕一本でやってきた丸山さん。高所での作業は危険と隣り合わせだ。数年前に患った椎間板(ついかんばん)ヘルニアの影響で右足にしびれがあり、心配する妻美千代さん(74)が必ず付き添う。「もうやだなって思ったらおしまいだけど、ないんだよね。俺はハケ持って死にたいの。描きながらバタッとそのまま逝くのが夢なんだ」。そう語る表情には、職人の誇りがにじんでいた。【川畑さおり】=次回は7月29日掲載

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