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国内大学初のパイロット養成コース 操縦技術と教養 バランス取れた人材を育成 工学部航空宇宙学科航空操縦学専攻 教授
柴田 啓二

2015年11月2日掲出

 格安航空会社(LCC)の本格参入と世界的な航空需要の高まりに加え、団塊世代の大量退職期のため航空業界はパイロット不足に悩んでいる。パイロット養成に必要なこと、「空の安全」などについて、日本の大学初のパイロット養成コースがある東海大学工学部航空宇宙学科航空操縦学専攻の柴田啓二教授に聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 米田堅持】

 

 ――航空操縦学専攻が設置された経緯を教えてください。

 もともとは工学部の中に航空宇宙学科があって、技術や科学の視点での専門教育を行っていました。航空操縦学は今年で10年目となります。2006年4月に航空操縦学専攻が設立されたときに2専攻体制となり、従来の航空宇宙学科が航空宇宙学専攻になりました。

 従来のパイロットの供給ソースは大きく分けて航空大学校と大きな航空会社での自社養成という二つです。自社養成は航空操縦について未修得の大学卒業者や大学院卒業者を採用して最初から教えるという形です。2004年ごろに全日本空輸(ANA)から別のパイロット供給ソースとして4年制大学でのパイロット養成コース設立の打診があり、その中で東海大学は社会の要請等を勘案してANAと連携してプロのパイロットを養成するコースの設立を決めたわけです。航空大国の米国では、操縦コースを設置している大学は100以上あるそうですが、日本では初めてのコースとなります。

 

 ――ほかのパイロット供給ソースとの違いについて教えてください。

 自社養成は、最初から社員として採用され、入社後辞令が出て訓練に入るため、学生とは大きく異なります。航空大学校は、大学2年修了、短大卒業、高専修了後に入学資格が得られ、パイロット養成に特化した2年間の課程ですが、多くの学生は4年制の大学を修了してから入るようです。

 大学である本学であれば、高校卒業で入学できます。ほぼ最初の3年間はパイロットの訓練ですが、大学としての教養科目も学びます。飛行訓練は米国のノースダコタ大学で行いますが、訓練空域の確保に苦労する国内とは違って、大学が使える訓練空域は関東平野がすっぽり入ってしまう広さです。日本にいる1年次に英語教育ならびにパイロットとしての基礎知識に重点を置いて学び、2年次になると二つのグループに分かれて米国へ留学します。正式留学ですから語学のハードルはありますが、米国で取得した単位は日本で取得した単位と同じように認定されます。航空機のライセンスは日米両方を取得します。4年次で帰国すると卒業研究に取り組みます。

 

 ――操縦技能以外も重視して育成しているということでしょうか。

 操縦技能だけでなく、バランスの取れた人材になってほしいと思って教えています。操縦に特化した各種学校もありますが、本学は大学としての教育課程がありますから、教養や広い視野を身につけた人間を形成するということを意識しています。自家用、事業用双方のライセンスを日米とも取得するので、将来は海外のエアラインに進む学生もいるかもしれません。

 

 ――先生のご専門である「航空工学」と「運航安全」について教えてください。

 「運航安全」はお客さまの命を預かりますので、第一優先事項です。これなくして公共交通機関として成り立ちません。お客さまのニーズに合わせつつ、安全に運航しなければなりません。過去の事故例に基づき、運航の中の危険要素や人間の陥り易いエラーといった観点から安全を考えます。「航空工学」は、何故飛行機は飛ぶのかから始まり、飛行機の翼、舵、エンジンパワーなどが相互に関連する飛行機の特性や性能などを取り扱います。エンジニアになるわけではありませんが、安全に操縦するためには飛行機の特性を理解しなければなりません。飛行機の特性を頭の中で整理して理解できるように学ぶことになっています。航空法といった法律も含めて、パイロットが学ぶことの大半は安全のためでもあります。

 

 ――パイロット養成コースですが、他にどのような進路があるのでしょうか。

 入学者はすべて、プロパイロットの志望者です。残念ながら、あきらめざるを得ない学生もいますが、その場合は自分で進路を探し出しています。航空会社の整備士や運航管理者だけでなく、消防士や大手ゲーム機器メーカー、商社に就職した者もいます。

 

 ――「空の安全」についてお聞きします。ヒューマンエラーについてはどのようにお考えでしょうか。

 機械の信頼性が向上して故障が減ったので、ヒューマンエラーが顕在化しやすい部分はあるかと思いますが、人間そのものは、昔も今も変わっていないと思います。そのヒューマンエラーもそれを防止するように訓練や装備が改良されてきて徐々に減っています。

 ただ事故の発生率は地域差があって、先進国地域での大きな事故は減っていますし、中国も昔は多かったのですが、今は減りました。アジア、アフリカやロシアなどはやや多めです。

 事故で単一原因のみで、たとえば気象が悪かっただけで発生することはほとんどありません。事故原因はこれだけが悪いということはなく、各種の要素が複合していて、多くの場合ヒューマンエラーが絡んできます。機材の故障であっても、事故に至るまでいろいろな要素が関連します。設計、製造工程あるいは整備も含めてすべては人間に起因するわけで、これらを含めていかに減らしていくかということになります。

 

 ――最近はLCCの登場などもあり、全体の運航本数が増える中で、パイロットの数は減っています。その対応策としてパイロットの定年が64歳から67歳に引き上げられましたが、どのように思われますか。

 LCCだけではなく、1人のパイロットの運航回数は増えていると思います。健康状態は人によって異なりますし、一般的に言いまして年齢に伴ってばらつきが大きくなります。しかし60代で気力、体力とも十分な方はたくさんいらっしゃいますから、健康管理さえきちんとしていれば問題はないと思います。

 

 ――運航本数が増え、離着陸回数が増えると高齢のパイロットにとっては負担が大きくなるのではないでしょうか。

 年齢に関係なく、離着陸に緊張するのは当然です。個々人と会社、国がきちんと管理することが大事です。きちんと休息を取ることも仕事のうちで、ひとつのフライトが終わったら過去のことは引きずらないことも重要です。ストレスをためないことも含めて、心身ともベストな体調でいることは大切です。そのためにオフの時間を充実させようとパイロットには多趣味な人が多いですね。また、大事なのは君たち自身の健康管理だよと、学生には常にその重要性を説いています。

 

 ――「空の安全」に対する抜本的な対策はありますか。

 あれば、すぐに実行したいですね。大事なことは、地道ですが、訓練なり運航なり、自分の担当するパートだけでなく、さまざまなことがらに広く目を向けて安全に運航できるように心がけていくことを、ひとつひとつ積み重ねていくことだと思います。

 

 ――こちらで教育を受けた学生に望むことは何でしょうか。

 パイロットの卵ですから、ライセンスを取得するだけでなく、正しい価値観の上で前向きな気持ちを備えた人材になってほしいと思います。 

安全にお客さまを運べる、お客さまの期待に応えられるパイロットになってほしいと思っています。技量的にも人間的にも信頼できるパイロットを目指してもらいたいです。

 

 ――ご自身はこれまでどのように航空業界に携わってこられましたか。

 1974年に、大学卒業と同時にANAに入社し、運航本部の運航技術部に配属されました。約36年間在籍しましたが、半分近くを航空機の性能を扱う部署で過ごしました。手順など運航技術全般あるいは安全部門にも関わり、新機種導入ではボーイング767の選定にも関わりました。新しいタイプの操縦かんを装備したエアバスA320のマニュアルの作成にも携わっています。エアバスとボーイングの流儀の違いはありましたが、世界中で支持されている航空機ということもあり、どちらが良いとか悪いとかいうことはありませんでした。エンジンと機体の組み合わせやパイロットの見る計器など装備の選定も興味深い仕事でした。

 パイロットたちと話し合って物事を進めていく裏方ですが、うまくコミュニケーションが取れていないと、仕事がスムーズにできません。当時は国際線を飛ばすなど変化の大きい時期でしたが、目の前の仕事をひとつひとつクリアしていきました。

 

 ――航空業界は早くから志望されていたのでしょうか。

 大学にはいろいろな学科がありましたが、飛行機に興味がありました。パイロットになるには視力が悪かったので製造する側になろうと考え、航空機メーカーに行きたかったのですが、先生からは「お前の成績では無理だ」と言われてしまいました。就職活動ではある自動車メーカーから内定を頂いたのですが、家の事情もあって、東京勤務の方が良いということでANAを受験することになり、入社しました。

 

 ――パイロット養成にあたって、今後取り組んでいきたいポイントを教えてください。

 パイロットのメンタル状態はヒューマンエラーにもつながりますので、最近はストレスへの対応など心身のあり方を学生の卒業研究のテーマにして一緒に勉強しています。また米国も含めて世界の事故例を徹底的に学生が調べていくことで、パイロットになったときに、役立ててほしいと考えています。

 

 ――学生や若者へのメッセージをお願いします。

 興味があるもの、目標があれば、一生懸命やってください。一生懸命やれば結果はどうあれ、後悔はしないと思います。目標が決まっていない人は、広くいろいろなものを偏見を持たずに眺めて、興味あるものを見いだしてほしいですね。

 

工学部航空宇宙学科航空操縦学専攻 教授 柴田 啓二 (しばた けいじ)

1950年生まれ 航空会社において航空機を飛ばす立場からの技術関係業務と、航空会社にとって第一の優先事項である安全推進に関わる業務に36年間従事する。航空機性能、操作手順の検討、新型航空機や新装備の導入検討あるいは事故事例分析や安全対策立案にパイロットとともに取り組んできた。2010年に東海大学に勤務。航空操縦学専攻において航空力学、推進装置、無線工学、航空基礎実験などの授業を担当。2013年より専攻主任を務める。1974年大阪府立大学工学部航空工学科卒業。