オピニオン

日本の少子高齢化に伴う働き手の不足解消 女性の活躍とイクボスがもたらす変化の可能性 ワーク・ライフ・バランス推進室 助教
谷 俊子

2015年10月1日掲出

 女性の社会進出が進み、男性の育児参加も珍しくなくなってきた。現内閣も「女性が輝く社会」づくりを最重要課題の一つに掲げるなか、仕事と生活を調和させるワーク・ライフ・バランスが注目されている。しかし、現実社会の労働環境が劇的に変化したわけでなく、特に女性はいまだに仕事か家庭かの二者択一を迫られることも少なくない。ワーク・ライフ・バランスを実現するには何をどう解決すればいいのか。経営倫理学が専門で東海大学ワーク・ライフ・バランス推進室の谷俊子助教にクリアすべき課題などを聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 立山清也】

 

 ――ワーク・ライフ・バランスとは。

 一般的に働く人一人一人がやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても育児期、中高年期といった人生の各段階に応じて充実した多様な生き方を選択、実現できることと定義されています。ただ、若いうちはがむしゃらに働くことで成長もできますし、その人の人生全体でバランスが取れればいいという考え方もあります。ワーク・ライフ・バランスは仕事が残っているのに帰ることだとか、怠けることではないかと誤解されることもありますが、決してそうではなく、仕事の無駄を省いて、そのぶん生活全体を充実させるということなんです。

 

 ――先生は東海大学のワーク・ライフ・バランス推進室に所属されているそうですね。

 はい。2008年に東海大学は理工系の女性の先生の子育て支援を一番の目的として、ワーク・ライフ・バランス推進室を設置しました。その後、国の女性研究者支援モデル育成事業に採択されました。つまりは推進室を置いて女性が働きやすい環境を整えようという考えがあったわけです。ただ、きっかけは女性支援でしたが、現在では女性も男性も、教職員も学生も、東海大学に関わる全員のワーク・ライフ・バランスを推進しています。私は採択された時は大学に所属しておらず、モデル事業がスタートした翌年の2009年に採用されました。

 

 ――授業でワーク・ライフ・バランスをどう教えていますか。

 私の研究分野は経営倫理学で、特に雇用の倫理を研究しています。男性・女性、障害のある人・ない人、様々な国の人など、全ての働く人の権利と活躍をいかにして実現するかという、ダイバーシティマネジメントが研究テーマです。そのなかの一つとしてワーク・ライフ・バランスを位置づけています。企業には、働く人たちが健康で、仕事だけにならず、家庭とも両立できる環境を整えることが社会的責任として求められています。学生にはそのような会社の特徴などを教えています。

 

 ――両立できる企業の特徴とは。学生にとっては難しいのではないでしょうか。

 そうですね。学生は働いたことがない人がほとんどですから、仕事と家庭の両立などと話しても、ピンときません。企業や社会を理解するための入り口として、企業のしくみなど基礎的なことから教えています。授業を進めていくうちに、働く人の権利というのは、就職すれば我が身に直結するものだと学生も理解し、興味を持ってくれるようになります。早い段階で就職を意識せざるを得ない現在、学生には身近な問題です。授業を受けてみると社会というものに興味を持つようになり、勉強への意欲が出て、新聞を読んだり、本を読んだりするようになります。言い方を変えれば、授業は視野を広げるための入り口にもなっているわけです。

 昨今、学生が気にするのがいわゆるブラック企業。ただ現実の企業というのは単純にブラックとかホワイトとか二分割できるものではありません。ホワイト企業を選んだつもりでも、上司によってはブラック的な働き方になるということもあります。ですので、例えば困った時に相談できる労働組合があるか、制度がきちんとしているか、労働契約が結ばれているかといったことを見ていくように伝えています。労働組合があるということは、最低限の労働環境や法律は順守されているということですし。当然、法律というのは変わっていくので、そのつど確認するのも大事だと言っています。

 

 ――ワーク・ライフ・バランスの他にはどのようなことを教えているのですか。

 企業と人権にかんする授業では、半期15回の授業のなかで、企業社会についての基礎的知識や障害者雇用などにも触れています。また世界にも目を向け、世界企業における人権、児童労働問題等についても講義をしています。世界の問題も、日本に全く関係のないことではないのです。それを理解してもらうために「今、皆さんが着ている服は、もしかしたらどこかの国で、低賃金で働く子どもによって生産されているかもしれませんよ」というふうに伝えます。学生たちは、将来自分が会社に雇用された時、ブラックな働かせ方をされないかとか、非常に心配しているわけですが、世界的に俯瞰すると、今現在自分がブラック企業の原因を作っているかもしれない、と気づくのです。物事を多面的に見て考えることの大切さを教えたいと思っています。

 

 ――授業を受ける学生にはどんなことを望みますか。

 授業で3分遅刻したら、受けられないルールにしています。厳しいようですが、社会人は1分でも遅れたら遅刻。就職活動の時に急に遅刻をしない習慣を身につけるよりも、授業の中で早めに身につけるほうが楽だからです。「遅刻をしないためには、定刻ではなく、10〜20分早めに到着することを目指せばいいのですよ」などと具体的なアドバイスもしています。良い習慣を早めに身につけることで、学生生活や就活にも自信がつくはずだと思っています。

 

 ――授業だけでなく、学内で教員を対象に講座を開いていると聞きました。

 はい、私は大学のハラスメント防止人権委員会にも属していて、学内でワーク・ライフ・バランス推進やハラスメント防止のための啓発活動なども担当しています。今年6月から湘南校舎で各学部の教員対象にスタートし、8月には熊本校舎で教職員向けに話をしてきました。

 若い世代は自分のスタイルで自分らしく働ける職場を期待している面があり、ワーク・ライフ・バランスの概念も割とすんなり受け入れているようです。一方、年配者は昭和型のライフスタイルが定着していて、なかなか考え方を転換するのが難しいようです。しかし「女性が活躍する社会」の実現は、世界的要請でもあります。そしてワーク・ライフ・バランスは今や大学生も知っておくべき知識です。教育する教職員側も、意識改革が必要であり、従来型の性別固定役割の意識を払拭していくことは、教育の質を高めるためにも大切だと伝えています。

 

 ――イクメンに加え、最近はイクボスという言葉を耳にするようになりました。

 2014年に書いた博士論文の内容を「ワーク・ライフ・バランスとケアの倫理―イクボスの研究」(静岡新聞社)という本にまとめました。女性が働きやすい職場を実現するには制度を充実させるだけでなく、上司が重要になってきます。イクボスというのは仕事と育児を両立する部下に理解を示し、配慮ができ、部下のキャリアも考えて教育や機会を与えてあげられる上司のことです。論文を書くにあたり、女性たちにインタビューをしたところ、実際に企業には多数のイクボスが存在しました。イクボスを増やすことが企業の課題であり、イクボスがさらに増えればワーク・ライフ・バランスの実現にもつながっていくと考えます

 

 ――イクボスは具体的にどんな対応をするのでしょうか。

 私の調査では、例えば、短時間勤務制度はあるけれども、子どもを保育園に迎えに行くのに早めに退社するのには抵抗があるという声がありました。仕事が残っていれば同僚に頼まねばならず肩身が狭いのだそうです。そういうなかでイクボスは「帰っていいよ」「仕事残っているなら同僚に頼んでおくから」といったスタンスで応援してくれるそうです。そうやって職場の雰囲気を変えていくのが重要です。女性もイクボスがいると助かるし、うれしいものです。「子どもが大きくなったら恩返ししたい」という前向きなコメントもありました。これまでの研究では、職場で具体的にどのような配慮がなされているかまで踏み込んだものはありませんでした。

 

 ――仕事と育児の両立というのは、男性にも当てはまるのでは。

 男性でも育児をしていたら配慮すべきですが、実際にはメインで子育てしている割合は女性がほとんどです。育児休業取得も女性が90%近いのに対し、男性は2014年度、2.3%でした。ただ、男性も育児休業は取らないけれども、保育園の送り迎えをしている人もいて、今後そういう人が増えれば男性の子育て支援も出てくるのでないかと思います。

 最近は若い男性で子育てを頑張っていると公言することにちゅうちょしない人も増えています。例えば、ワーク・ライフ・バランス推進室で子育て中の教職員を集めたランチミーティングをやりますが、当初は女性教職員が対象だったのが、最近は子育て中の男性教職員を集めて開くことも増えました。男性も自分の子育ての苦労や悩み、職場の配慮の有無などを打ち明けてくれますし、推進室のホームページには教員が自らの育児を語ったページもあるので読んでみてください。

 実は今年になって30代半ばの男性から「イクメンと呼ばれたくない」と言われました。なぜかというと、男性が子育てするのは当たり前のことだからだと。また、「育児休業を取るにはどうしたらいいか」と質問に来た2人の男性教員がいました。ああ、そこまで来たんだ、すばらしいなと。これは時代が変わってきたなと思いました。

 

 ――一方で女性にはどんな変化がありますか。

 推進室ができるころは研究か子どもかとなると研究を選ぶ女性教員が多かったのです。理系の教員は昼夜問わず張りついての実験、研究になるので。でも、推進室ができてから研究を続けながら出産もする教員が増えました。30〜40代の教員たちで急に出産率が上がったんです。推進室を作り、啓蒙(けいもう)活動をして、東海大としても子育て支援に力を入れているというメッセージを発信していたというのも大きいですね。大学の育児サポートとして「祝日保育」というのを開設していて、外部のベビーシッター派遣会社からスタッフを呼んで教職員や学生の子どもを預かっています。以前は預ける人がいない日もあったんですが、一度預けるとリピーターになってくれて、今では多くの方に利用していただいています。

 

 ――ところで、先生ご自身のワーク・ライフ・バランスはどうなっていますか。

 私は20年近く電気空調メーカーに勤務し、人事部で採用や研修、そしてワーク・ライフ・バランスに取り組むとともに、労働組合の役員もやっていました。仕事大好き人間で時間外労働も多かったです。それが家族の転勤を機に会社を退職して専業主婦になりました。再度家族の転勤で関東に戻り、大学で教えるようになりました。だから、ある時期を切り取ると、仕事中心だったり、家庭だけだったりとなります。でも、最初に話したようにワーク・ライフ・バランスというのは、人生トータルで実現できていればいいという考え方があります。それだと私自身は今のところ、いいのではないかと思います。

 もう50歳になりましたので、健康のことも大切にしたいと思っています。今は住まいも大学に近く、企業にいたモーレツ社員だった頃よりも時間にゆとりが持てるようになりました。週に3回フィットネスに通えるし、食事は毎日3食自分で作って食べています。今の生活は理想的かもしれません。

 趣味は着物を着ることで、大学の授業でも着たりします。学生たちも喜んでくれるようで、着物の日は話しかけたり、質問してくれる回数が増えるような気がします。

 

 ――ワーク・ライフ・バランスは企業の大小、都市と地方で状況に違いはありますか。

 大手企業は制度も充実してきましたし、イクメン、イクボスも浸透してきています。意識も高まって働きやすくなっているのは確かです。地方では親が手伝ってくれて子育てしやすい状況ですね。親が近くにいることで夫婦共働きも多く、そこは都市部と違っていて、地方の方が意識せずにワーク・ライフ・バランスを実現できているのかなという感じはします。

 

 ――次の研究テーマはありますか。

 今取り組んでいるのは非正規雇用の処遇です。意識の高い大企業でも派遣社員は別扱いというか、そういう人たちが子どもを産むと雇用は継続しないという前提になっています。私は経営倫理学が専門ですので、倫理面から考えると同じ人間でそういう状況が果たしていいのかという疑問はあります。就職氷河期に就職した人たちは30〜40代で、子どもを産み育てる世代になっているのに、そういう人たちに非正規雇用が多いと出生率も上がらないですし。

 

 ――労働形態だけの問題でないと。

 そうです。本来は国として放置できない問題のはずですが、派遣法が改正されても決して非正規雇用として働く人たちの労働環境が改善に向かっているとは思えません。日本は正社員が過剰に保護され、非正規雇用の人々がその調節弁になってきたという歴史があり、それを急に変えることは難しいでしょう。しかし、何かしらの解決策はあると信じて、あきらめずに社会に提言を続けていくつもりです。

 研究する上で、大切にしたいのは、働く人々の生きがいや喜びです。もちろん利潤を追求することが企業の使命として第一番目に大切なことはわかっています。企業は従業員の喜びを生みだすために存在しているわけではありませんが、できる限り両立する方法はないものか、考えることを続けていきたいと思っています。そして働く人々が生きがいや喜びを感じられる企業は不祥事を起こす可能性も低く、結果的に長期に安定して存続していく、という立場から発言をしていきたいと考えています。企業経験のある研究者としては、働く現場で日々頑張っている人たちの姿を、常にイメージしながら研究することが使命であると思っています。

 

ワーク・ライフ・バランス推進室 助教 谷 俊子 (たに としこ)

1965年生まれ。電気空調メーカー人事部において採用・研修・評価・異動・労働時間課題等の職務を担当し、障害者のための特例子会社設立にも携わって3年間運営スタッフとして勤務。産業別労働組合JAM全国組織中央執行委員として男女共同参画社会の推進などに取り組む。2009年より東海大学に勤務。ワーク・ライフ・バランス推進室で教職員の子育て支援等も推進している。慶応義塾大学文学部人間関係学科卒業。東北公益文科大学大学院公益学研究科修士課程修了、同博士後期課程単位取得退学。専門は、経営倫理学、ダイバーシティマネジメント。博士(公益学)。