オピニオン

「里川」から実践する環境教育 幅広い視野を持ち考える 教養学部人間環境学科自然環境課程 教授
藤野 裕弘

2015年8月3日掲出

 6月に開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)は、温室効果ガスを「世界全体で2050年までに10年比で40〜70%の幅の上方で削減する」ことで一致し、首脳宣言に盛り込んだ。環境問題は、人類の生存をかけた大きな課題と言える。しかもそれは、私たち一人一人の日々の暮らしのあり方が、密接に影響している。身近な生活用水の水質調査から民間の「里川づくり」まで、幅広い活動を通じて環境教育を実践している東海大学教養学部人間環境学科自然環境課程の藤野裕弘教授に話を聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 相良美成】

 

 ――「里川づくり」を提唱されていますが、「里川」とは聞き慣れない言葉ですね。

 「里海」という言葉もありますが、基本概念は「里山」と同じです。人間の生活圏の中にある山や川、海の内里山だけ守ればいいというわけではありません。その山には川があって、山は川によって海とつながっているわけですから、「里山」の概念をもっと広くして、山・川・海の全体を「里」として守っていこうという考え方です。

 

 ――では「里川づくり」は、単に「川をきれいにしよう」ということではないんですね。

 流域の場所ごとにテーマは変わります。上流で比較的自然が残っているところは、その環境を壊さないことが目的になるでしょうし、住宅街であれば、住宅の中に流れる川を生活の中でいかに気持ちよく利用できるようにするかということになります。例えば、私が会長を務める「湘南里川づくりみんなの会」の参加団体でも、ごみ拾いを積極的に行うところや、ホタルを取り戻そうとがんばっている団体など、いろいろです。里川のありようは、一つの形ではないと思います。

 

 ――「湘南里川づくりみんなの会」というのは、市民団体の組織ですか。

 神奈川県の湘南地域県政総合センターと、平塚・秦野・伊勢原の3市、その近辺の流域で活動している市民団体、我々が立ち上げたNPO(非営利組織)法人東海大学地域環境ネットワーク及び東海大学が集まり、市民・行政・学術が連携して里川づくりを進めようという組織です。

 

 ――先生は、もともと環境問題を専門に研究されていたのですか。

 いえ。東海大学海洋学部水産学科の増殖課程(当時)にいましたから、魚類へのワクチンの投与方法とか、今とは全く違う研究をしていました。

 

 ――では、環境問題に関心を持たれたきっかけは。

 1989年10月に東海大学教養学部にきてからです。90年代後半から、どのような人材が将来の日本に必要になるかを考え、どのようにカリキュラムを再編するか議論していく中で、「環境に焦点を当てなくてはいけない」という方向になりました。当初はまだ、環境に配慮して資源をどう利用するかとか、エネルギーをどうやって使うかという科学技術的な発想が中心でした。しかし、議論していく中で「環境問題を広い視野で考え、解決に向けて行動できる人材の育成」をカリキュラム構築の柱にすべきであるという話になっていったわけです。

 

 ――経済成長優先の考え方から転換されたわけですね。

 資源とエネルギーを利用して、人の欲望充足型の生活を維持しようとしているのが日本の状況です。その認識から「これだけ問題が起きていることから、自然環境と人間活動の調和、つまり環境保全が重要である」というところが次の議論となりました。そして、人間による資源・エネルギーの利用を中心とするのではなく「環境を壊さないことを前提にした人間の経済活動、そのための人間のありようを考えないといけない」という方向に、だんだん軸足が移ったわけです。

 

 ――今の日本に住んでいる人であれば、誰もが「環境が大事」という意識は持っていると思うのですが。

 それはどうでしょう。森林・身近な川・美しかった海岸線の現状は、野生生物の現状は、食料の廃棄量は、水の無駄遣いは、食文化を大事にする心は、家族に対する価値観は、子供を育てる環境は、若者の実体験不足は、若者の政治離れは、コマーシャリズムの倫理観は、いろいろ考えると・・・?

 

 ――理念として「環境が大事」と言っていても、行動が伴っていないということでしょうか。

 そう思います。結局は個人の意識が大事ですね。仮に町や市が分別収集するシステムを作っても、一般家庭が全く分別しないでごみを大量に出してきたらお手上げになりますから、倫理観とか教育とか、人の心の問題がやはり一番重要ではなかろうかと。カリキュラム再編の議論でも、そういう話になりました。

 

 ――単に科学技術を教えているだけでは駄目だということですか。

 ええ。コストのかかる環境保全に効果的な技術があっても、経済が困窮すると「環境保全」なんて言ってられず「経済優先」となるでしょう。そう考えると、環境保全に関しては、経済とか政策のほうが技術よりも影響力が大きいのではないかと。だんだんそういう話になり、最も影響力が大きく基本となるのが、人の考え方であるというところに落ち着きました。それで、私たちの自然環境課程はもともと理系ですが、環境倫理や環境教育、環境に関わる経済や環境法・政策論など、環境にかかわる幅広い科目を開講するに至りました。結果として、理系・文系コースのどちらからでも進学できる内容となりました。また、環境問題は現場に接し、多くの社会人と交流を持つことが視野を広げ、行動力を養うことにつながります。結果として、多様な実践系科目の充実につながりました。今では理系、文系関係なく環境問題をいろんな視点から捉え・考えて・解決に向けて行動できる人材を育てようとするカリキュラム体系になっています。

 

金目川上流
金目川中流
小田急東海大学前駅付近の大根川

 ――この湘南キャンパスは丹沢山地にも近いわけですが、そうした立地条件も、環境教育に役立っていますか。

 そうですね。例えば、普通の川は上流がきれいで、海に下るに従い汚れていきますが、キャンパス近くの金目川水系は水源から数キロの上流域で一気に汚れています。中流の水田地帯で少し改善されて、また海に近くなって汚れている。その調査結果を学生が疑問に思って調べれば、丹沢のすぐ山麓(さんろく)の上流域に人口が多い生活圏があって汚れているとすぐに分かります。では、なぜ山に人口が多い地域があるかという次の疑問にぶつかります。学生が疑問点を引き継ぎながら調べていき、古い時代の東海道はこのあたりから御殿場を抜けて沼津(現在の国道246号線と大体重なるルート)を通っていたこと、富士山の噴火で御殿場経由の古東海道が駄目になったこと、その後江戸時代によく知られる箱根越えの東海道が整備されたことなどの調査結果を積み上げてきました。水質調査から始まり、そうした歴史を調べるようになりました。

 

 ――関心が専門分野以外にも広がっていったわけですね。

 よく言う「T型人材」。縦に一本、専門があり、「T」の字の上の横棒のように、視野を幅広く広げていく。環境保全を考える場合には、特にそうした素養が要求されると思います。いろいろな視点で見ることができる、客観的に本質を見抜くような、そうした力のある人材を育てないといけない。原発の問題も、水環境の問題も、一つの方向からしか見てないと偏った考えになり、間違った方向に行く可能性があります。

 

 ――一つの方向だけから見ていると危険だと?

 野生生物を守ることについても、最初から「保護」を前面に押し出すことはしません。野生生物を保護するために人間の生活を無視して守ればいいという先鋭的な考え方は取りません。人間生活と自然環境の調和をどうするかを考えますので、ことは複雑で難しくなります。単に保護するのであれば、そこから人間が出て行けばいいわけですから、保全に比べれば単純な話になります。

 

 ――保護を最優先にするのは間違いですか。

 保護を否定するわけではありません。例えば絶滅危惧種を守るためには、人間活動を控えて、ある場合は、人間が撤退する必要もあるでしょう。それも時と場合で、どこでも同じやり方を当てはめると、クジラの問題のようになる。また、保護する基準を「賢い」とか「かわいい」という主観にしてしまうと、差別にもつながりかねませんので、これは危険です。

 

 ――NPO法人「東海大学地域環境ネットワーク」の理事長を務められていますが、NPOを設立されたのは、どういう理由からでしょう。

 環境の問題では、自然の状態を言葉で理解するだけでなく、現場に行って、学生が五感を使って体験するというのが大事ですので、実践の授業を重視しています。NPOを作ったのは、地域の一般の方にも協力頂いて実践の場を設けようと考えたからです。地域連携により実践の場を広げる発想です。地域の商店街など街の活性化や、地域の環境教育の活性化が活動の柱で、学生が授業とは別に、そうした大人たちとの活動も体験できると考えています。

 

 ――環境を守るために、一人一人心がけないといけないことはなんでしょう。

 「心がけ」よりも、それが「当たり前」と思う次世代を育てる必要があると思います。便利な生活を覚えてしまうと、やはり人間の性(さが)として不便なほうへは行かない。無理して車を使わないとか、無理して何かをしないのではなく、それが当たり前だと思う次世代を育てないと。そう考えると、教育の力はすごく大事ですので、自然環境課程では、実践的な環境教育を企画し、実施できる力を持った理科教員の養成に力を注いでいます。

 

 ――不便を不便と思わないようになるには、何が必要でしょう。

 欲望充足型の、今の日本の生活のありようを考えた時に、物やお金がたくさんあるのが豊かさの基準になっていますが、そうではない、「心地よさ」とか「居心地のよさ」、「安全&安心感」など心の問題が、豊かさの客観基準あるいは新しい価値観の一つになり得ないかなと思っています。

 

 ――教育という点では、小中学生の子供たちへの教育も大事ですね。

 子供たち向けの、川での生物観察会は結構やっています。何でもいいので興味を持ってもらいたい。今の親御さんは、すでに自然に接する機会が少なくなった世代ですから、当然、子供たちも野外に出ることは少ない。そうすると自然に対する興味も湧かないでしょう。里山、里川、里海というものは、大人になってから「自分は子供の時にあんなことして遊んだな」という思い出がないと、なかなか価値を感じてもらえないと思います。ですから、生物観察会でもできるだけ親子で参加してもらいたい。

 

 ――今後の抱負をお聞かせください。

 環境教育を、さらに推進していきたい。そして、東海大学でしかできない、他大学ではまねのできないことをやりたいと考えています。例えば、沖縄の西表島には「沖縄地域研究センター」があり、施設の一部は、今年2月に環境省が定めた自然環境保全地域の中にあります。海域としては、国内初となります。その施設を活用して、保護区の中で自然体験を行い、さらに、沖縄の歴史や文化、産業を含めた広い視野から共生社会を考える演習を実施しています。また、本学が所有する船舶「望星丸」を使った実習も行っています。望星丸は、外国航路の客船の資格を持つ研修船であり、海洋調査船でもあります。普段は静岡の清水港に停泊していますが、そこまで学生を連れて行って、駿河湾での環境調査を見せたり、伊豆大島に行ってシュノーケリングで海の生物を観察させたりします。希望すれば、どの学部の学生でも参加可能です。そういう施設・設備を活用して環境教育を行えば、東海大学でしかできないオリジナルの実践プログラムが、いくつもできるのではないかと考えています。

 

 ――学生たちには、どういう経験をさせたいですか。

 日本人で初めて宇宙に行かれた秋山豊寛さんが、TBSを退職した後農業を始められましたよね。私の勝手な想像ですが、たぶん宇宙に行かれて、価値観を揺り動かされたのではないかと思っています。私も学生時代、望星丸に初めて乗った時に、価値観が揺さぶられたように記憶しています。学生たちには、そういう体験が必要だと思います。加えて、大学が生涯付き合う友人を作る最後の機会になる可能性が大ですので、できればクラブなり学生会なりに入って、できるだけたくさんの人間関係を作ってほしいと思います。

 

教養学部人間環境学科自然環境課程 教授 藤野 裕弘 (ふじの やすひろ)

東海大学教養学部人間環境学科自然環境課程教授(大学院人間環境学専攻)、同大沖縄地域研究センター所長。 1957年生まれ。石川県出身。専門は陸水(淡水)域の水環境調査。環境汚染物質、特に合成洗剤など一般家庭の生活から排出される人工化学物質による生物への影響などを研究。近年は、理系・文系の垣根を越えた学際的で実践的な環境教育プログラムの企画・実践や、地域連携と世代間連携による里川づくりを学生と共同で進めている。NPO法人東海大学地域環境ネットワーク理事長、湘南里川づくりみんなの会会長、居ごこち学会会長。私立大学環境保全協議会理事や平塚市廃棄物対策審議会会長も務める。