オピニオン

「さわる展示」で見えないものが見えてくる ユニバーサル・ミュージアムの可能性 課程資格教育センター(博物館学研究室)/ 松前記念館 准教授
篠原 聡

2015年5月1日掲出

 各地の美術館や博物館では車イス対応のトイレや館内の手すり設置などが進み、ハード面のユニバーサル化が浸透している。一方、ソフト面はどうだろうか。障害者、高齢者、子どもなど、だれもが楽しめる工夫はなされているか。「さわって楽しむ博物館」活動に取り組むなど、ユニバーサル・ミュージアムの普及に努める東海大学課程資格教育センターの教員で、同大松前記念館の学芸員でもある篠原聡准教授に聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 江刺弘子】

 

 ――ユニバーサル・ミュージアムとは具体的にどのようなことでしょうか。

 性別や年齢、国籍、障害の有無を問わず、だれもが楽しめる博物館のことです。博物館のひとつの理想形ですが、この言葉も取り組みも、まだ浸透していないのが現状です。

 ユニバーサル・ミュージアムが生まれる背景に、1990年代以降に盛んになった公共施設のバリアフリー化とユニバーサルデザインの導入があります。公共施設にスロープや障害者用トイレを設置するなど建築物のバリアフリーを促すハートビル法が1994年に制定されると、各地でハード面の整備が進みました。

 しかし、だれもが楽しめる博物館にするためには、ハード面の整備だけでなく、子ども、高齢者、障害者、外国人などさまざまな来館者を意識した展示設計や仕掛け、仕組みが必須になってきます。

 問題は、具体的に「だれも」を、どうやって実現するのか。私は「だれも」の切り口として、これまで博物館から疎外されてきた人に注目しました。「見学」という言葉が象徴するように、従来の博物館から最も縁遠い存在だったのは見ることができない視覚障害者です。国立民族学博物館(民博・大阪府吹田市)の広瀬浩二郎さんが主催するユニバーサル・ミュージアム研究会への参加がきっかけで、私は「さわる展示」に取り組みはじめました。

 

 ――美術館や博物館では「作品に触れてはいけない」というのが一般的です

 作品や資料を後世に守り伝えていくことは博物館の責務です。その意味で展示物に触れてはいけないという認識は正しいといえます。どんなに注意深くさわっても破損の危険がありますし、不特定多数の人が訪れるとなると資料の劣化のリスクは避けられません。

 「さわる」という意味は博物館の種類によっても異なります。民博の「世界をさわる」というコーナーでは実際に資料に触ることができますが、現代の衣食住、生活用具を展示している民博と、東京国立博物館(東京都台東区)のように国宝や重要文化財などを収蔵する館とでは、資料の活用と保存のバランスは明らかに異なります。

 イタリアにある国立オメロ触覚美術館は、目がみえる人もみえない人も、ともに作品にさわって楽しむことができる専門の美術館です。ヨーロッパの彫刻史を学べるように、ルーブル美術館にあるような著名な彫刻については精巧なレプリカ(複製)を展示しています。このようなレプリカの活用に加え、今後はデジタル技術を応用することで、現在さわることができない作品や資料の新たな活用の道も拓けてくると考えています。

 意識改革も大切です。欧米の大規模なミュージアムには障害者に対応する専門の担当部署があり、アクセス・コーディネーターとして障害者が運営に参画しています。そうすることで現場では当事者の声を重視する意識が定着し、ミュージアムの運営に反映されているわけです。全盲の広瀬さんは、「視覚を使わない」ユニークなライフスタイルが、21世紀の新たな博物館展示の方向性を考える上で重要なヒントを与えてくれると語っています。

 

 ――日本における「さわる展示」を展開している施設を紹介してください。

 東京都渋谷区にあるギャラリーTOMは、1984年に視覚障害者のための手で見るギャラリーとしてスタートしました。触って美術を体験するといった取り組みの、日本では先駆け的なギャラリーです。

 近年開館した六甲山の上美術館〜さわるアートみゅーじあむ〜(神戸市)では、設立者が収集した宝飾品や彫刻などを常設展示し、すべて触ることができます。館長自ら来館者に付き添い、ていねいに資料の解説をしているそうです。

 公立館でも取り組みが広がっています。吹田市立博物館(大阪府)では毎年、「さわって楽しむはくぶつかんinすいた」という企画展を開催していますし、川越市立美術館(埼玉県)は開館当初からタッチアートコーナーを常設しています。

 

 ――美術館や博物館でユニバーサル化が進むと、何が変わってきますか。

 「さわる展示」の例でいうと、「やさしく丁寧にさわる」体験を重ねれば、作品や資料に対する愛情や愛着の気持ちが芽生えるのではないでしょうか。さわることを通して、資料を作り使っている人々の生活や文化を想像し、「モノとの対話」を重ねてゆく。その積み重ねが多様な人々や文化を尊重するやさしさにつながると考えています。そんなやさしさが博物館から社会に広がっていくことを期待していています。

 街づくりや観光の面にも役立つでしょう。福祉や障害者サービスという観点からではなく、触覚という視点から、新しい取り組みが生まれてくると思います。

 

 ――東海大学が展開している「博物館プロジェクト」について教えてください。

 東海大学には教育や研究のうえで収集、蓄積してきた多種多様な学術資料、博物館資料があります。それを広く公開して、大学が知の拠点として社会に貢献することを目的にしたプロジェクトです。また大学博物館である松前記念館を出発点とした、新たな地域連携のあり方を模索、実践しています。

 プロジェクトは学生の関与が前提です。学生の視点で見ると気付かされることがたくさんあります。これはユーザー参加型のデザインプロセスで、気付きを重ねて、市民が起点となった文化創造や共生実現の学びの場を作っていきたいと思います。

 「世界をさわる」コーナーを実現した民博は設立以来、露出展示を基本理念としてきました。初代館長の梅棹忠夫氏(故人)には「民博は大学博物館」という認識があったのだと思います。大学博物館では資料は「切りきざみ、分析するもの」だと。梅棹氏の考えを引き継いだ民博の小山修三名誉教授は「本来は研究からにじみ出てくるものを展示するのが博物館で、フィールドワークの成果を見てさわって感じてもらいたい」と話しています。博物館プロジェクトもこの考え方を取り入れています。

 

 ――松前記念館でのイベントを紹介してください。

 東海大学には著名作家の屋外彫刻があるので、それを活用して「ハンズ・オン(触れる)体験ワークショップ」というイベントを昨年夏に、小・中・高校生および地域の方々を対象に開きました。ブロンズ溶解炉で1200度にもなる溶解炉から発せられる熱風を肌で感じ、溶解炉から流れ出るブロンズの様子を見て、それを使ってペンダントを制作しました。修復の専門家を招いて、屋外彫刻のメンテナンス、洗浄からワックスがけまでの作品保存のプロセスも体験しました。

 また地域連携の観点から、大磯町郷土資料館(神奈川県)から民俗資料を借りて、記念館内にさわる展示コーナーを設置しました。民博の小山氏を招いて資料の保存と活用に関するワークショップも開き、近隣の中学生や学生が参加しました。「さわる展示」は学生にも大好評ですが、触るマナーの普及が課題です。

 

 ――ここからは東海大学の課程資格教育センターについて教えてください。

 中学・高校の教員資格取得のための「教職課程」、図書館司書や司書教諭資格取得のための「司書課程」、学芸員の資格を取得するための「学芸員課程」、各自治体に置かれる「社会教育主事」の資格を取得する課程があり、「教職課程」の2014年度教員採用人数では中学が全国7位、高校10位の実績があります。

 課程資格教育センターの特徴は、各資格に関する専門的な知識や技術だけでなく、実践的な学びの場を展開している点にあります。学習ボランティア、教員採用試験ガイダンス、学校教育ゼミナールをはじめ、各種講座やインターンシップなど、学生が切磋琢磨しながら実践的に学べる環境づくりが近年の採用実績にもつながっています。

 学芸員課程では今年度から民博の広瀬浩二郎准教授を講師に招き、ユニバーサル・ミュージアムに関する実習もはじめます。いわゆる当事者が障害者サービスの観点でなく、ユニバーサルの観点で実習科目を担当するのは東海大学が初めてだと思います。

 また、川崎市市民ミュージアムで開催中の渡辺豊重展(4月4日〜6月21日)の関連イベントとして、誰もが楽しめるようなワークショップを学生とともに計画中です。渡辺豊重さんはギャラリーTOMでさわる作品を制作し、展示したこともある美術家です。

 

 ――美術の研究者になったきっかけを教えてください。

 大学在学中に運命的に恩師に出逢い、美術の魅力に惹かれて研究者を目指しました。おっかない先生でしたが、美術への愛に満ち溢れ、ヒューマニズムの視点から、連綿と続く美術のありようを私に見せてくれました。

 院生時代にはいろんな研究室に顔を出していたのですが、その中に車イス生活の先生がいらっしゃいました。先生と一緒に美術館に入ると、車イスからの視点では一部の展示物が見えないことがあることに気づき、作品の見せ方やマジョリティー(多数派)偏向への疑問を感じました。私のユニバーサル・ミュージアムの出発点です。

 

 ――今後、取り組んでいきたいテーマを教えてください。

 近代だけでなく現代美術にも目を向けていきたいと考えています。現代美術は来館者が関与することで成り立つ参加型の作品もあり、ユニバーサル・ミュージムの活動にもつながっていくと考えています。

 そしてもう一つ。生まれた時から目が見えず、色の概念がない方に、色を伝え、実感として色を伝えられるような仕組みを研究してみたいと思っています。

 

 ――学生に対するメッセージをお願いします。

 時代の流れが加速化し、失敗のできない世の中になってきているように思えます。東海大学の創立者、松前重義博士は青年時代にキリスト教思想家・内村鑑三の影響を受け、教育者の道に進みました。内村鑑三は「失敗は罪でない、目的の低いのが罪である」と語っています。失敗をおそれず、いろいろなことにチャレンジしてください。高い目標を持って人生を歩めば、おのずと道は拓けます。

 

課程資格教育センター(博物館学研究室)/ 松前記念館 准教授 篠原 聡 (しのはら さとし)

1973年東京生まれ。専門は日本近代美術史(美人画)と博物館学。2006年成城大学大学院文学研究科(美学・美術史専攻)博士課程後期単位取得退学。東海大学課程資格教育センター講師を経て、12年より同センター准教授。松前記念館学芸員、鏑木清方記念美術館客員研究員(2006-)、成城大学非常勤講師(2014-)などを務める。13年より彫刻の森美術館と連携したキュレーターの“たまご”プロジェクトを開始し、ユニバーサル・ミュージアムやメディアとミュージアムをテーマとした公開連続講座やシンポジウム等を開催。14年から松前記念館の「博物館プロジェクト」を、15年から「ミュージアム・コミュニケーター」を立ち上げ、博物館との連携を主軸に、次世代のミュージアムを担う学生の育成やユニバーサル・ミュージアムの普及に力を入れている。現在、川崎市市民ミュージアムで開催中の渡辺豊重展(4/4-6/21)のワークショップを学生とともに企画運営中。