オピニオン

アルコールによる社会問題 依存症者の支援研究実践教育に生かす 健康科学部社会福祉学科 准教授
稗田 里香

2015年4月1日掲出

 成人年齢を18歳に引き下げる民法改正議論は、20歳以上という飲酒可能年齢に対する意識にも関わってくる。一方で飲酒による重大な交通事故や事件は後を絶たず、依存症や暴力、自殺など、アルコールが引き起こす社会問題は根深い。私たちはアルコールをどう捉え、付き合っていくべきなのだろうか。長年ソーシャルワーカーとして医療現場で働き、依存症者の支援方法の研究や、若者の飲酒問題に取り組んできた東海大健康科学部社会福祉学科の稗田里香准教授に話を聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 中村好見】

 

 ――お酒を飲むことは良くないことなのでしょうか。改めて、飲酒に伴う危険について教えてください。

 まず言いたいのは、私たち一人一人が「アルコールは薬物である」ということをきちんと認識しなければならないということです。20歳以上は摂取できる合法的な依存性薬物です。コカインや大麻、覚醒剤やシンナー、睡眠薬の仲間で、中でも依存性が高いです。知ってほしいのはアルコールの薬理作用として、依存症までいかなくても、ひどい行為に及ぶことがあるということです。例えば自殺とアルコールは関係性が高い。DVや虐待などに、アルコールが介在しているというデータも出ています。お酒との付き合い方を考えるためには、まず子どものころからアルコールについてきちんと学ぶ教育や体制を整えることが必要です。

 

 ――取り組まれている研究について教えてください。

 研究の中心はアルコール依存症者の回復の支援方法についてです。研究成果を昨年、実践ガイドにまとめました(実践ガイドは、「アル法ネット」より自由に入手できます)。当事者や家族、ソーシャルワーカーへのインタビューを基に作った実践的なガイドで、今はこれを使って、ソーシャルワーカーの人たちへの研修を始めています。ポイントの一つは、なぜアルコール依存症者が、一般医療機関を受診していながら専門治療を受ける機会に恵まれていないかです。これは、依存症者自身が「自分は病気ではない」と否認する傾向が強いこと、医療従事者も「自業自得」と考えるなど偏見があること、一般医療機関でアルコール医療サービスを提供しても診療報酬に反映できないなどの問題が背景にあります。ガイドでは、アルコール依存症は病気で、依存症者は専門治療を受ける権利、健康権があることを明記しました。また医療機関や消防、警察、地域などと連携し、専門治療につなげることの重要性や、今ある資源を活用してできることを説きました。

 

 ――現場での経験が長いですが、研究の原点を教えてください。

 医療機関で16年、医療ソーシャルワーカーとして働きました。研究の原点になったのは、大学を卒業してすぐ就職した東京都台東区山谷地区近くの病院での経験です。カップ酒を片手に、寒い日にはドラム缶に火をたいて暖を取るようなホームレスや日雇い労働者は、けがをしたり、病気をしたりしても健康保険がなく、病院では単発の無料診療をしていました。窓口になったのが、ソーシャルワーカー。大学ではほとんどアルコール依存について学ぶ機会はなく、支援方法も確立されていませんでした。肝硬変で亡くなった身寄りのない人をみとって骨を拾ったり、酔っ払ってドラム缶の火が燃え移ったことに気づかず大やけどをした人の支援をしたりしていました。その後に勤めたのは大学病院で、たまたまアルコール依存の合併症を診られる科がそろっており、潜在的に依存者の患者さんがたくさんいました。「入院費が払えません」と相談室に来た家族に聞くと、背景には依存の問題があるのです。そこで、アルコール依存症を早期発見し、早期治療につなげるシステムを病院として作ることになりました。院内でミーティングを開いたり、教育プログラムを作ったり、内科など他科の医療スタッフとチームを組んで10年くらいかけて作りました。専門病院に行ってからでは遅いことはたくさんあります。体がぼろぼろになったり、失業したり、家族が離散してしまったり。そうなる前に一般医療機関で介入したことに意味があり、たくさんの回復者が出て手応えを感じました。

 

 ――昨年6月、アルコール問題に関連する包括的な施策を定めた「アルコール健康障害対策基本法」が施行されました。どのような法律なのでしょうか。

 日本にはこれまでアルコールを規制する法律はありましたが、包括的な施策を定めた法律がありませんでした。支援者や当事者から声が上がり、法律を作ろうという機運が高まったのが3、4年前。私も国会議員への説明会に呼ばれて話をし、法律の文言にも現場の声を入れるよう働きかけました。アルコールを販売する側と、どのように共存していくかというのが難しかったですが、アルコール議員連盟の方々と連携し、最終的には賛同を得て、衆参全会一致で可決されました。背景には世界保健機関(WHO)がたばこ対策の次はアルコール、というようにターゲットを絞っていたこともあったと思います。この法律は理念法で、施行後2年以内に、国が具体的な対策を盛り込んだ基本計画をつくることになっています。究極の目標は、不適切な飲酒を減らすことです。未成年の飲酒、妊婦さんの飲酒、大学生の一気飲みの問題などです。また毎年4万人近いアルコールの関連死があるので、それを減らすことです。このために啓発や人材教育、子ども向けの教育の見直し、一般医療機関での介入、拠点病院の指定などが必要です。まだまだ法律への関心が薄いので、啓発活動をしています。

 

 ――民法を改正し、成人年齢を18歳に引き下げることが議論されていますが、現在の20歳以上という飲酒可能年齢についてはどう思われますか。

 アルコールは脳の萎縮をまねいたりしますが、発育途上の脳細胞は、より強くアルコールの影響を受けます。アルコールの薬理作用をきちんと捉えれば、飲酒可能年齢を18歳に引き下げることにはならないはずです。逆にこの議論がクローズアップされた時が、社会全体でアルコールの問題について真剣に考えるチャンスではないかと思っています。自動販売機でもすぐ手に入るような日本の緩い飲酒文化は世界的にも珍しい。子どもや女性が手を出しやすい、ジュースと見間違うような商品やそのCMがあふれています。急性アルコール中毒で搬送される人の数は減っていません。大学生の死亡者も毎年出続けています。問題が実際に起きないと、大学はなかなか動きません。健康科学部では一気飲ませの被害者の遺族が語るDVDを、4月のガイダンスで全学年の学生に見せています。ブルーのシートに包まれ、ふん尿にまみれて帰ってきた息子。それを見て泣く母親。学生にはインパクトがあるようです。個々の大学では取り組みを始めていますが、施行された法律を後ろ盾にし、システムを作っていきたいです。

 

 ――東海大学ではどのような学びの場を提供していますか。

 私自身は、ソーシャルワーカー、特に精神保健福祉士の養成を主に担当しています。その際に、自分の研究をできるだけ取り入れるようにしています。なぜなら、アルコール依存者の支援について学ぶことで、他の社会福祉の支援で必要なことのほとんどを身につけることができると言われているからです。社会福祉の実践家は、偏見、巻き込まれる家族、経済的な問題、精神的、身体の問題……さまざまな苦しみに現場で向き合わなければなりません。社会福祉学科の授業では実践力をつけることに力を入れており、最大の魅力になっていると思います。例えば、実際にアルコール依存症やうつ病の回復者、支援者の方々に授業に入ってもらうのです。具体的には、演習や面接のトレーニングにはアルコール依存症の回復者が当事者として参加します。もちろん練習はしていますが、実際に当事者を目の前にすると、緊張したときに自分がどんな態度になってしまうかが分かります。そしてこれは学生にとってだけではなく、回復者にとっても力づけられる機会となっているようです。アルコール依存症は完治できない慢性疾患なので、一生向き合っていかなければなりません。学生に協力することで、回復者もさらに回復につながるとおっしゃってくれています。これは他大学ではあまりない取り組みだと思います。回復者は、私が現場にいたころやその後研究で関わった人たち、自助グループのつながりで来てくれています。地域のサポートも盛んです。地域にある精神科病院や、精神障がい者の支援施設が実習先になっています。「よいソーシャルワーカーや看護師になってね、私たちのためにも」とすごく応援してくれています。

 

 ――特徴的な授業はありますか。

 社会福祉学科と看護学科の学生が1年次生から履修できる「看護福祉パートナーシップ実践法」の授業です。地域の医療機関や支援施設の当事者の人たち、現場で働く人たちが授業に来てくれて、「つながるってどういうことだろう、相手を思いやるってどういうことだろう、連携ってどういうことだろう」ということを一緒に考えます。座学では得られない学びの機会です。例えば精神障がい者と会う機会は普段なかなかありません。でも、4年次生になったら実習先で、また数年後には仕事として支援することが求められます。最初偏見があったり、恐れがあったりというのは自然なこと。それをどう乗り越えて克服していくか。私が教科書を持って話すよりも何倍も気付きがあります。「うちらと全く変わらない人たちじゃん」というような感想が学生からは出てきます。社会福祉学科全体としては、少人数制も魅力です。目が行き届いた教育ができ、就職も支援体制が整っています。2014年度は精神保健福祉士国家試験受験希望者10人全員が国家試験に合格し、進学希望の1人を除いて9人が医療機関や社会復帰施設などに就職しました。現場で働く学生の率も他大学に比べると高いです。

 

 ――どのような学生時代を過ごしましたか。

 まじめな学生ではありませんでした。座学よりも人との出会いや、ボランティアに力を入れていました。自転車にはまり、2日間で北海道・オホーツクの200キロを走るイベントにどうしても出たくて、試験を顧みず行ったこともあります。初海外でフィリピンに行き、スラムの若者や子どもたちと排水溝掘りもしました。学んだのは、自分たちは何もできないということと、豊かさはお金ではないということです。貧しくても、自分たちが持っているものを惜しみなく提供してくれる姿に、がつんとやられました。

 

 ――目標と、学生へのメッセージをお願いします。

 若者の飲酒も、アルコール依存症も、すべての問題はつながっていると思います。社会全体で自分たちの問題として、お酒という薬物についてきちんと認識することが必要です。それがアルコールで亡くなった多くの人を見てきた自分の責任だと思っています。国民全体の年間飲酒量は全体的には減っていますが、週に3回以上飲酒する習慣飲酒者は、男性は減っている一方、女性は増加しています。特に、若い女性が大きく増えています。また高齢者の飲酒の問題も深刻になっています。ヘルパーさんがお酒を買うことを求められ、怒鳴られ、泣く泣く怖いから買ってきたり、事業所がそのような訪問先を断ったりしています。だれも訪問しなくなったらその人はどうなるのでしょう。社会が連携して問題に当たることが大切です。後は本当に困っている人たちにきちんと手を差し伸べられるよう、専門職を育成していくことです。興味を持ったら、実践的な学びの場がある東海大学にぜひ来てください。

 

健康科学部社会福祉学科 准教授 稗田 里香 (ひえだ りか)

明治学院大社会学部社会福祉学科卒業後、医療機関のソーシャルワーカーとして16年間勤務する。2009年に明治学院大大学院社会学研究科社会福祉学専攻博士後期課程満期退学。06年より現職。ソーシャルワーカー(社会福祉士・精神保健福祉士)として相談支援活動も。アルコール薬物問題全国市民協会(ASK)運営委員、同協会飲酒運転対策特別委員会委員、アルコール健康障害対策基本法推進ネット幹事、イッキ飲み防止対策協議会専門委員、日本医療社会福祉協会医療ソーシャルワーカー認定機構検討委員会委員。