オピニオン

未来の燃料「水素エネルギー」世界リードする研究を 工学部原子力工学科 教授
内田 裕久

2014年12月26日掲出

 次世代の再生可能エネルギーとして、環境負荷が低く、エネルギー効率は高い水素への注目が集まっている。水素と酸素の化学反応で電気を起こす燃料電池で走る自動車の開発競争も本格化、700万円台のモデルも登場した。水素エネルギーに関する研究の権威である内田裕久教授に、水素を使うメリットや、最新の研究成果などを語ってもらった。【毎日新聞社デジタルメディア局 太田圭介】

 

 ――水素への期待が高まる背景は何なのでしょうか。エネルギー源としての水素の特徴を含めて教えてください。

 石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料は使い果たせばなくなります。一方で水素は、水を電気分解すればいくらでもとることができ、燃料電池を使えば発電もできます。また、自然条件に発電量が左右される太陽光や風力による発電も、作った電気で水を分解すれば水素の形で電力を貯蔵できるので、水素がこれら再生可能エネルギーの普及にも役立つと言えます。資源小国の日本にとって、水素は将来性のある有力なエネルギーなのです。

 

 ――水素エネルギーに興味を持ったきっかけは何だったのですか。

 東海大学工学部の学生時代は、応用物理学などエネルギーとは直接関係のない研究をしていました。大学院で指導教員から「水素と金属の反応に関する研究をやってみないか」と勧められ、この分野の研究を始めました。修士課程を終えてからドイツのシュツットガルト大学大学院で博士号を取得し、シュツットガルトにあるマックス・プランク金属研究所というドイツを代表する研究機関に移りました。

ベトナムの経済政策などを話し合う国際シンポジウムに出展された燃料電池バイクにまたがる内田裕久教授=ベトナム・ハノイで2005年2月(内田教授提供)

 シュツットガルトにはダイムラー・ベンツの本拠地があり、私がいた1970年代後半から水素を燃料とするエンジンを積んだ自動車が街中を走っていました。未来の燃料で走る車がすでに普通のナンバーを付けて走っている姿を見て「すごいな」と感動しました。水素エネルギーへの関心が一気に高まり、現地で水素エンジン自動車の研究開発にも関わりました。その後、「後輩たちの指導をしないか」と東海大学から打診を受けて帰国し、今日まで母校で教壇に立っています。

 

 ――水素エネルギーに関する研究が進み、すでに製品化された技術もあるようですね。

 実用化された代表例は何と言っても、水しか排出しないことから究極のエコカーと呼ばれる燃料電池自動車でしょう。燃料電池自動車の技術に関して日本は世界トップレベルにあり、日本のトヨタとホンダがドイツのダイムラー・ベンツと競い合っている状況です。10年前には1台1億円はする非常に高価な乗り物でしたが、世界初の量産モデルとして先日発売されたトヨタのMIRAI(ミライ)は、さまざまな技術開発で700万円程度まで値段が下がりました。

 これに加え、発電と給湯の双方をこなす家庭用燃料電池の「エネファーム」も人気が高まり、累計販売台数が全国で10万台を突破しています。国や自治体の手厚い補助金が普及を後押ししているようです。

 

燃料電池と水素技術に関する国際シンポジウムの会場で、来場者に研究内容を説明する内田研究室の大学院生=インドネシア・ジョグジャカルタで2013年10月(内田教授提供)

 ――水素エネルギーの実用化を加速するために、どのような支援体制が必要と考えますか。

 高価な燃料電池自動車を普及させるには補助金が当面、必要不可欠です。MIRAIを例に取れば、国から1台200万円の補助金が出ます。これに加え、舛添要一東京都知事は都独自の補助金を1台当たり100万円出し、実質400万円程度の負担で購入できるよう支援する構えです。東京都は2020年東京五輪までに燃料電池自動車6000台の普及を目指していて、舛添知事が11月の都議会本会議で「50年前の五輪では新幹線が残ったが、2020年の後に何を残すか。私の答えは水素社会だ」と所信表明するなど、強い覚悟が伝わってきます。

 東京都以外にも神奈川県が黒岩祐治知事の「水素革命」政策にあわせて、経済産業省、自動車・石油・ガスなどの関連企業を集めて、県庁内に「かながわ次世代自動車普及推進協議会」という勉強会を設けています。県参与をしていた関係もあり、協議会には私も協力しています。

 

 ――水素エネルギーの利用が広がれば、近い将来、化石燃料を使った火力発電は不要になりますか。

 水素社会に今すぐ移行できるかといえば、そんなに簡単ではありません。水素で発電する方法は今のところ、発電量が限定される燃料電池しか実用化されていません。一方では、川崎市とプラントメーカー大手の千代田化工建設は、既存の火力発電所で天然ガスと水素を混ぜて燃焼させることを検討しています。将来的に水素ガスだけを燃料にした、よりクリーンで高効率な発電所が登場する可能性もあります。ただ、天然ガスより燃焼温度がかなり高くなるので特殊なタービンの開発が必須となり、実用化には時間がかかりそうです。

 

神奈川県などが出資する第3セクターの(株)ケイエスピーで社長業もこなす内田裕久教授=川崎市高津区のかながわサイエンスパークで2014年12月、太田圭介撮影

 ――先生の研究室での活動について教えてください。

 水素エネルギーや、水素を大量に貯蔵できる特殊な合金などについて長年、研究してきました。この技術を磨けば燃料電池の小型化や大容量化が進み、燃料電池自動車の普及にも役立ちます。また、この合金はため込んだ水素を放出する際に周囲の熱を奪います。我々は最近、この性質を第1次産業に応用する研究も手がけています。熱を奪われて冷たくなった水を使い、愛媛県西条市でサツキマスの養殖とイチゴの栽培をしています。どちらもとてもおいしいと評判です。こうした研究成果はほぼ毎年、国際会議で発表しており、修士課程の大学院生にも英語でプレゼンテーションをさせています。

 東海大学に戻ったばかりの頃は、シュツットガルトの研究所と比べて研究設備も研究費も全く足りませんでした。そうした厳しい環境下でも身近にあるもので装置を作り、他の研究者が手がけていない研究をやっていくうちに、優秀な学生がどんどん育ち始めました。これまで約300人が私の研究室から巣立ち、大手企業の幹部に出世した人も大勢います。研究生活で壁を感じたことはありません。研究をまともにやっていればテーマは広がる一方です。

 

 ――水素という専門分野に加え、スポーツ医学の分野にも貢献されているそうですね。

 高校時代はワンダーフォーゲル部で山歩きをし、大学時代はスキーをやるなど、若い頃は健康に自信がありました。しかし、工学部長をしていた2003年ごろから、運動不足で体重が増えてきました。医学部の知人の医師に診てもらったところ、血圧も血糖値も高いことが分かり、不整脈もでていました。そこで医師から「東海大学スポーツ医科学研究所に行って」と告げられ、自分のデータを提供しながら体質改善に関する研究に協力することになったのです。

 スポーツ医科学研究所の寺尾保所長の指導で、1週間に2回、時速4キロ程度で1回1時間、標高1500メートルの場所と同程度の酸素濃度に下げた減圧室で歩行するメニューをこなしました。3カ月ほど続けた結果、始める前より体脂肪は30〜40%減り、体重も、一番重かった84キロから75キロくらいまで落とすのに成功したのです。落ちたのはほぼ脂肪だけで、筋肉は落ちませんでした。運動による体質改善でやせたので、リバウンドもありませんよ。

 

国際水素エネルギー協会から日本人として初めてフェローの称号を授与される内田教授=2014年6月(内田教授提供)

 ――ご自身の東海大学での学生生活を振り返り、印象的だった出来事にはどんなことがありますか。

 私が大学受験をした1969年は東京大学安田講堂事件があり、受験生も混乱に巻き込まれました。「もう、日本にはいたくない。米国など海外で学びたい」との思いもありましたが、まずは、合格した東海大学に進学することにしました。この大学で出会った先生方に多くの影響を受けました。

 学生運動も完全には収束していない頃で、私自身も「高校で勉強したようなことを、なぜ大学でも勉強するのですか」などと教員に議論をふっかける嫌な学生でした(笑)。ゼミが終わると先生が大学付近の飲み屋に連れて行ってくださることもあり、勉強はもちろん、社会勉強もたくさんできた有意義な学生生活を送ることができました。

 

 ――水素エネルギーが普及するために今後、どのような研究成果が求められそうですか。

 より安価に水素を利用できる技術開発が待たれます。その一つとして評価されるのが、千代田化工建設が開発した、トルエンにためた水素を特殊な白金を介して簡単に取り出す技術です。この技術を進化させ、低コストで水素を大量に貯蔵したり運んだりできるようになれば、海外のガス田で採取した天然ガスから水素を取り出し、トルエンにためてタンカーで運んでくることも可能になるのです。

 水素は現在、1立方メートルで100〜120円程度します。燃料電池自動車の燃費をガソリン車並みにするには、大体60円くらいにする必要があります。ハイブリッド車に対抗するにはさらに安い30円くらいまで下げないといけません。千代田化工建設の技術を使えば将来的に、これら既存の車に対抗できる水準まで水素の値段を下げられるのではないかと考えています。

 天然ガスから水素を取り出したときに発生する二酸化炭素をどう処理するかも課題です。東京ガスは水素ステーションで販売する水素を製造した後に出た二酸化炭素を千葉大学に供給しています。千葉大学はこれを学内の植物工場に注入して、植物が光合成しやすくして成長を促す研究を進めています。厄介者に見られがちな二酸化炭素を有効利用する方法も最近は世界で大いに注目されています。

 

 ――最後に、大学生や大学をめざす若者にメッセージをお願いします。

 日本では偏差値という無意味な指標が若者を振りまわしています。偏差値など小さな日本列島でしか通用しません。そんな意味のないことにとらわれず、大学在学中にまず異文化圏へ行くことを考えてください。異文化圏に滞在すれば、その後必ず自分の中に新しい感覚が生まれてくることに気付くはずです。留学生たちと付き合うこともいいでしょう。これらの経験がグローバルな感覚を持てるようになるきっかけになるでしょう。失敗を恐れずに思い切り羽ばたいてください。

 

工学部原子力工学科 教授 内田 裕久 (うちだ ひろひさ)

1949年生まれ。73年東海大学工学部応用物理学科卒業、75年同大学院工学研究科修士課程金属材料工学専攻修了。工学修士。75年マックス・プランク金属研究所研究員。77年独シュツットガルト大学大学院化学科金属学専攻博士課程修了。理学博士。81年東海大学工学部専任講師。工学部長、副学長、国際教育センター所長、学校法人東海大学理事、評議員など歴任。現在、工学部・大学院総合理工学研究科・工学研究科教授、国際水素エネルギー協会(IAHE)フェロー・副会長、(公財)松前国際友好財団(MIF)理事長、(株)ケイエスピー代表取締役社長。著書「金属と水素」(98年)=共著、「3.11自然災害・原発災害後の日本のエネルギー政策」(13年)など。文部大臣賞(92年)、日本希土類学会賞(97年)、国際連合工業開発機関(UNIDO)賞(05年・07年)など受賞。国際学術論文誌の名誉編集長も務める。