オピニオン

児童文学から探る北欧文化 知られざるアンデルセン童話の魅力 文学部北欧学科 教授
福井 信子

2014年12月1日掲出

~ アナ雪からクリスマス伝承まで ~

 

 インテリア、家具、雑貨など近年北欧文化が関心を集めているなかで、2014年はアンデルセン童話を題材としたディズニー映画「アナと雪の女王」が大ヒットした。クリスマスシーズンを前に、文学部北欧学科、福井信子教授に北欧文化やアンデルセン童話の魅力について聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 垂水友里香】

 

 ――「アナと雪の女王」がヒットしました。作品をどうご覧になりましたか。

 とてもおもしろい作品だと思って拝見しました。原作となったアンデルセンの「雪の女王」を読むと、題名になっているにもかかわらず「雪の女王」があまり出てこないのです。雪の女王とはどういう存在なのか、きっと多くの人が気になっていたと思います。ですから、雪の女王があのように描かれたことがとても興味深かったです。

 

 ――映画の中でどういう部分に北欧的な要素をお感じになりましたか。

 主人公アナの冒険のお供をする雪だるまをモチーフにしたキャラクター「オラフ」とトナカイがモチーフの「スヴェン」、名前がいかにも北欧らしいです。冒険の過程でサウナも出てきました。またアナが姉のエルサと十数年ぶりに再会する戴冠式の場面では、式場となった教会もノルウェーの異教的な雰囲気の木造スターブ教会でした。祝いの舞踏会も、素朴な農民の踊りのように見えます。また国王夫妻の乗った船が難破するほんの一瞬の映像ですが、デンマークのアンデルセン童話の「人魚姫」を連想しました。

 

 ――アンデルセン童話の魅力を教えてください。

 アンデルセン童話は全部で156編ありますが、知られているのはごく一部です。あまり知られていない作品にこそ、アンデルセンの人生への思いがよく表れているような気がして、心ひかれます。物語の主人公はヒキガエル、コガネムシ、アザミ、ヒナギクなどさまざま。それぞれが運、不運はあれど、自分自身の人生を理解し最後は納得しているように見えるところがとても魅力的です。子どものときよりも、むしろ大人になってから楽しめるものが多いように思います。

 

 ――アンデルセン作品の中には「人魚姫」や「もみの木」のようにハッピーエンドにならない作品もあります。

 子どもの心をかき乱すような作品もありますね。デンマークでも、日本の子どもがしてもらうように寝る前に読み聞かせはよく行われますが、そんな時アンデルセン童話が選ばれることはまずありません。寝る前にこうした話を聞くと、子どもたちの頭や心が混乱してしまうからで、それだけ印象が強いのでしょう。それにしても、心をかき乱し人々の心に長く深く刻まれていく話というのはすごいものだと思います。そして、深く解釈できる部分もあり、年齢を重ねるにつれて、それまで理解できなかった部分も納得するようになっていきます。幼いころからそうした童話に触れ、共に育っていくことはすばらしい文化だと思います。

 

 ――もうすぐクリスマスです。北欧のクリスマスとはどんなものなのですか。

 私が専門にしているデンマークを考えてみると、意外に思われるかもしれませんが、お話のなかであまりサンタクロースは強調されていないように思います。デンマークは北欧の中で南に位置し、あまり寒くないため、雪もそれほど積もりません。サンタクロースの代わりに、プレゼントを配る手伝いなどをする妖精ニッセの活躍が描かれます。また、クリスマスにどういう飾り付けをするか、どう過ごすかということが重要視されていて、古典的なものでは「ペーターのクリスマス」という19世紀の絵本もあります。ノルウェーではこの時期、「大工のアンネシェンとクリスマスのニッセ」というお話がよく読まれたり演じられたりします。アンネシェンがクリスマスに子どもたちにプレゼントを渡しに行こうとすると、途中でニッセに出会います。そこで役割を交換し、手先が器用なアンネシェンがニッセの家に行って大工仕事をしてあげるというお話です。クリスマスにちなんだお話を見ても、このようにそれぞれの土地柄があります。

 

 ――土地柄、というお話がありましたが、北欧それぞれの国の特色を教えてください。

 自然の捉え方一つとっても違います。ノルウェー人は自然と一体化して自然の中で安らぎを得るといわれています。一方、スウェーデン人はどちらかというと自然を管理することを好み、都会に住んで時間があるときに自然の中に出かけていくというふうです。フィンランドは、森と湖に囲まれており、そこに住む人々からは自然に対する畏敬(いけい)の念が感じられます。国民性の違いは国の成り立ちとも関係します。ノルウェーとフィンランドは20世紀に入ってから独立しましたので、国を思う気持ちが非常に強いのも理解できます。デンマークは大国が縮小していったという歴史のため、屈折した思いを抱いているようで、反対にスウェーデンは大国を築いてきた自信にあふれているように見えます。北欧の中で社会制度などの新しい実験を始めるのはたいていスウェーデンだといわれています。

 

 ――福井先生が北欧に関心を持たれたきっかけや、ご専門、現在の研究内容について教えてください。

 専門はデンマーク語と北欧の児童文学で、現在は「アンデルセンの多面性」や「北欧の児童文学の歴史」について研究しています。もともと大学でドイツ語を専攻していましたが、ドイツ語に近いデンマークの言語に関心を持ちました。これまでにデンマーク語辞書の編纂(へんさん)や北欧の昔話など児童文学の翻訳などに携わりました。おもしろいことに、翻訳の過程で、日本でよく知られている「赤い靴」や「パンを踏んだ娘」などのアンデルセン作品が、本国デンマークではあまり知られていないことを知りました。そのようなことも興味深く感じます。

 

 ――所属されている北欧学科の特徴や、学生の進路などを教えてください。

 東海大学は、デンマークの思想家N・F・S・グルントヴィ(1783〜1872年)が提唱した国民高等学校の影響を受けて作られた大学で、北欧と深い関わりをもっています。コペンハーゲン近郊には東海大学ヨーロッパ学術センターという施設があり、北欧における日本語教育についてなど様々なシンポジウムが開催され、デンマークおよび北欧と日本をつなぐ活動を行っています。学科では、北欧4カ国の言語を初歩から学ぶことができます。4カ国の基礎が学べるのは日本でも東海大学だけです。入学時にその中の一言語を専門に学び始めます。他にも北欧の歴史や文学の科目、社会系の科目では「北欧の自然と環境」、「北欧の女性と社会」などがあります。卒業生の就職先は、多方面にわたり、他の文学部生とあまり変わりませんが、なんらかの形で北欧に関わりたいという思いを抱いて社会に出て行く学生は多いように感じます。実際、フィンランド語をさらに勉強し、翻訳を手がけるようになった卒業生もいます。英語のように多くの人が学ぶ言語ではないからこそ、いろいろと思いがけない可能性が広がるのではないでしょうか。

 

 ――北欧に興味を持っている若い方にメッセージを。

 読みたい物に出会うためには、日本語で本をたくさん読んでいることが必要になります。その上で北欧関係の本を積極的に読んでもらいたい。とくに北欧のミステリーは、スウェ―デンの推理小説「ミレニアム」がきっかけとなって、今盛んに翻訳されるようになりました。そこから移民問題や福祉社会の破綻、家族の問題など、北欧社会が抱える暗い部分も読み取ることができます。北欧は物語が豊富なので、物語から北欧に入っていってはどうでしょうか。アンデルセン童話やムーミンを始めとして、北欧にはどんどん読めてたっぷり楽しめるお話がたくさんありますので。

 

文学部北欧学科 教授 福井 信子 (ふくい のぶこ)

北海道生まれ。東京大学教養学部教養学科ドイツ分科卒業。在学中にコペンハーゲン大学留学、デンマーク語学を学ぶ。1983年東京大学大学院言語学専攻修士課程修了。1985年に東海大学非常勤講師となり、1994年から専任、現在は文学部北欧学科教授として、デンマーク語、北欧の児童文学、北欧文化論などの授業を担当。『こどもに語る北欧の昔話』(共訳)、『本当に読みたかったアンデルセン童話』(共訳)などの訳書があり、2006年に国立国会図書館国際子ども図書館で開催された北欧の子どもの本の展示会「北欧からのおくりもの」を監修。東海大学の源流であるデンマークおよびグルントヴィを概説する『生者の国』を監訳。2011年に『現代デンマーク語辞典』(共編)を刊行。2014年5月、ノルウェーのオスロで開催された国際翻訳者会議に参加。