オウム事件

死刑言い渡し その時、松本死刑囚身動きせず

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松本智津夫死刑囚の初公判。東京拘置所を出て、東京地裁に向かう松本死刑囚を乗せた護送車=東京都葛飾区小菅の東京拘置所で1996年4月24日午前7時15分、中村琢磨撮影
松本智津夫死刑囚の初公判。東京拘置所を出て、東京地裁に向かう松本死刑囚を乗せた護送車=東京都葛飾区小菅の東京拘置所で1996年4月24日午前7時15分、中村琢磨撮影

04年2月27日の東京地裁判決

 「麻原彰晃と言います。その名前(本名の松本智津夫)は捨てました」「(職業は)オウム真理教の主宰者です」。東京地裁で1996年4月24日にあった初公判で、松本智津夫死刑囚(63)は自身を「教祖」と明言。約7年10カ月間で257回に及んだ1審公判はこうして幕を開けた。

 当初は弁護団との打ち合わせにも積極的だったが、96年9月の第8回公判で始まった弟子たちの証人尋問を境に態度が変化していく。松本死刑囚による指示を証言する弟子たち。翌10月の第13回公判では、地下鉄サリン事件の謀議を証言した井上嘉浩死刑囚(48)への尋問を中止するよう求めたこともあった…

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