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オウム死刑執行

病理は消えたのか 元社会部長・小川一

オウム真理教の信者によってサリンが散布された電車が停車した地下鉄築地駅。東京消防庁の救急隊員らが、地上に出て倒れたサリン中毒症の乗客を駅の出入り口(中央)で手当てした=東京都中央区築地で1995年3月20日、本社ヘリから

 「松本智津夫」の名前が毎日新聞の紙面に初めて登場したのは1989年10月26日朝刊である。サンデー毎日のオウム真理教報道で名誉を傷つけられたと主張し毎日新聞社を提訴したと伝える記事だった。バブル真っ盛りの平成元年。社会に異様な姿をみせた教団はこの記事が出た9日後、坂本堤弁護士一家を殺害し、戦後50年の95年3月、地下鉄サリン事件を引き起こした。そして平成が終わろうとする中、「松本智津夫」は死刑となった。

 一連の事件を振り返る時、時代との因縁を思わざるを得ない。

 「一人の詐欺師が教祖を名乗った戦後50年の悲劇」。強引な布教活動を報道で告発し教団から命を狙われた牧太郎・元サンデー毎日編集長は事件をこう総括した。一流大学の理系学生が超能力や空中浮揚を信じ込んだ現実に、当時の東京大学長も「なぜだ」と悲憤慷慨(こうがい)した。彼が詐欺師なら、何につけ込み、誰をだましたのか。

 日本の戦後は、豊かさが必ずしも幸せにはつながらないことを教えていた。人々を包む共同体は崩れ孤独を抱える人が増えた。そのすき間につけ込むように若者を呼び込み、教団という疑似共同体の中で化学兵器をつくらせ、ハルマゲドン(人類最終戦争)を自作自演し世界を変えようと自らの妄想を膨張させた。忘れてならないのは、その妄想は、実現寸前だったことだ。詐欺師の彼が狙ったのは若者の心だけではない。善意や良識、理性や知性を前提にした社会そのものではなかったか。

 90年、まだ「失跡」とされていた坂本弁護士一家事件の担当記者になった私は、逮捕前の彼に直接インタビューし、教団の会見では質問に立ち、逮捕後は公判を傍聴した。私の見た彼は冗談が好きなどこにでもいる男性だった。法廷でも笑いを取ろうとし悲惨な事件の審理にもかかわらず傍聴席で笑いも起きた。英語で陳述したこともあった。若者は気さくな人柄と信じたと思う。彼が詐欺師と呼ばれたゆえんでもある。

 地下鉄サリン事件の年、ウィンドウズ95が発売され、本格的なネット時代に突入する。私はそこにも時代との因縁を思わざるを得ない。誰もが瞬時に世界とつながり自由に発信できる情報革命。皮肉にもその環境が教団にも似た無数の閉じた共同体をつくり、妄想を増大させ、共同体の外には平気で罵詈(ばり)雑言を浴びせる事態を招いた。現実と仮想の境目を危うくするフェイクニュースもはびこっている。

 オウムの病理は消えてはいない。むしろ、形を変え威力を増して拡散しているのではないか。私はそんな危機感を持っている。

(毎日新聞グループホールディングス取締役、前編集編成担当)

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