オピニオン

健康づくり、幼児期から習慣付けを 課題は働き盛りの年代 体育学部生涯スポーツ学科 教授
須藤 美智子

2014年9月1日掲出

 「何歳になっても元気で」とは万人の願いだ。それには日々の運動も必要だが、行動に移せずにいる人も多い。急速に進む高齢化社会に向け、ますますその重要性に注目が集まる生涯スポーツの意義と課題について、体育学部生涯スポーツ学科の須藤美智子教授に聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 江刺弘子】

 

 ――ランニングや登山がブームになるなど、さまざまなスポーツや身体づくりが注目されています。

 背景には高齢化率の高まりがあります。日本全体が健康に目を向け、最後まで自分の足で歩き、健康に暮らして日常生活をコントロールしたいという意識が浸透してきています。

 そういった中で東京マラソンや、厚生労働省の健康づくり運動「健康日本21」などが身体活動・運動促進活動の火付け役になりました。千葉県市川市ではウォーキングマップを作成し、スタンプラリーをするなどウォーキングを通じて市民の健康づくりに積極的に取り組んでいます。このようにハード、システム、ルールなどの環境が醸成されて、健康づくりが必要と感じる人が少しですが多くなってきたのでしょう。

 

 ――「少し多くなってきた」ということは、スポーツ活動の浸透はまだ途上ですか?

 ランニングや登山に取り組む中高年が多いと言われていますが、中高年といってもその中で働き盛りの人はどれだけいるでしょう。ブームといっても、働き盛りの年代が増えていないのです。そして健康診断で問題となるのはその年代です。30〜40代のメタボが多く、企業は必死になって特定健診、特定保健指導をしていますが、なかなか効果が出てきません。

 

 ――健康づくりの重要性を浸透させるにはどうすればよいのでしょうか。

 そこが非常に難しいのです。私は大手企業で従業員の健康づくりに携わっていました。しかし運動習慣保有者がなかなか増えないのです。一方で健康診断結果のデータは年齢とともにじりじりと悪化していきます。解決策も難しく、具体的にどういう人たちが運動をやってくれるかも、まだはっきりとはわかりません。

 運動をすれば精神的に健康になることは知られています。そして人は精神的に健康でないと運動はしません。企業は社員に一定水準の心の余裕を持たせてあげられるように配慮するのがカギなのかと考えます。

 

 ――心の安定は個々によるところが大きいように感じますが、企業が取り組むべきこととは?

 私は長く企業に勤めていましたので、今、大学で運動を教えている教員たちを見ると、こんなにも感覚が違うのかと驚きました。そもそも教員は運動をすることは楽しいことだと捉えていますが、企業では健康診断の結果をよくするために、社員にいかに運動をやってもらおうかと考えています。運動に対しての発想が違うのです。

 昨年の冬、大学でスキー実習に行ったのですが、そこで学生たちが一列に並んで、かけ声にあわせて、目をつぶったまま右を向いたり、左を向いたりするゲームをする機会がありました。何度か繰り返して、目をあけると、同じ向きに並んでいたはずが、向かい合わせになっていたり、全く別の方向を向いていたりで、学生たちは大笑いでした。

 私はその時、人はこんな簡単なことでも楽しいのだと気付きました。会社ではこの学生たちのように心の底から笑う場面をしばし見たことはありません。隣の席の人にもメールで用件を伝える時代です。コミュニケーションが薄れてしまい、人と人がふれあうことで笑う瞬間が作られていないと感じました。五感を使って笑うということが、社会人には少ないのです。

 「今日はこんなことで笑った、楽しかった」。そういうことがあって身体活動レベルを上げようという気持ちにつながることもあるはずです。

 TVの世界に目を転じると、TBS系で放送していた「ルーズヴェルト・ゲーム」では、野球部を通じて会社が一丸となります。「運動をしなくてもいい、応援に行く。そういうことで健康でいられる」ということがメッセージとして伝わりました。運動にはそういう力があり、スポーツに関わることも生涯スポーツなのです。

 

 ――子どもの運動不足も心配されます。

 子どもの身体能力の低下は、ゲームやスマホなどITの弊害のように言われることがあります。しかしゲームやスマホも使い方が問題なのであって、機器そのものや開発企業の問題ではありません。

 親が自分の子どもをどう育てたいかを考え、ルールを作ることで子どもの運動不足を防ぐことはできます。子どもの人生の軸をどこに置くか、親は真剣に考えるべきです。身体を動かすこともしつけです。不便を便利にすることで運動不足になっていないでしょうか。例えば、朝のラジオ体操は早起きがつらいけれど、やらなければいけない。それが将来的に健康な身体づくりにつながっているのです。

 健康診断の結果がよくなかったから、少し身体を動かしてみようかと思うことがありますよね。小さい時に身体を動かす体験をしていると、大人になった時にそれを思い出すことができます。親は子どもを、自分の健康のためには現状の運動量が足りているかを振り返ることができる人に育ててほしいです。

 

 ――学校はどうでしょうか。

 企業で社員の体重を10年間ぐらい追ってみると、入社直後が一番、体重が増加しています。学生時代を終え、企業に入ると一番太る。太ると血圧や血中脂質が上がり、体重コントロールができなくなります。

 東海大学は体育が必修科目ですが、大抵の大学はそうではありません。学習指導要領は高校までなので、大学で体力がすっかり衰える可能性があるのです。人間は安易なほうに流れ、身体を動かすチャンスがなくなればやらなくなり、就職後もそのままです。

 大学教育の中で体育の重要性を考えてもらいたいと願います。大学生時代に運動を肯定的にとらえると、生涯スポーツにつながっているという研究結果もあります。

 

 ――近年はコミュニティースポーツも盛んですね。

 全国各地でヘルスプロモーションが展開されています。最初は自治体やNPOなどが先導しますが、最後は自分たちで続けていかなくてはいけません。根付くかどうかのカギはコミュニケーションです。地域のコミュニティーが発達しているかどうかで、結果は異なります。

 東日本大震災の直後、被災地ではさまざまな団体が健康教室を開き、被災者と関わってきました。しかし3年がたつと、それらの団体も引き揚げ、自分たちの力で持続していかなくてはいけなくなっています。ある研究によると、コミュニティーがしっかりしているところ、もともとコミュニティーがあるところは、ノウハウが入ってくると根付きやすいという結果が出ています。地域にはコミュニティースポーツを根付かせる力があるのです。

 

 ――スポーツそのものが持つ力はどんなものでしょうか。

 運動することによって、人は時間の使い方が変わります。たとえば仕事のあとにジムに行こうと考えると、飲み会に行く回数を減らしてでもスポーツジムに行ったり、仕事の順番を効率よく組み立てたり、残業しないで頑張るといった時間管理ができます。運動には生理学的な意義とともに、タイムマネジメントの力もあるのです。

 

 ――具体的にどのようなことから取り組めばいいのでしょうか。

 大上段に「サッカーや水泳をしなさい」というのではありません。「運動する」というのは身体と対話することです。朝起きて、調子がよいように思えても、実際に身体を動かすと「あれっ」ということはありませんか。また駅の階段を上ると、息がゼーゼーするようになった。すると「あれっ、身体が前より動かなくなっていないかな(動かしづらくなっていないかな)?」と気付きます。そうすると、何か運動をしてみようかなと思うようにもなります。自分の体調と対話して、はじめて身体の感じがわかるのが運動だと思っています。身体と対話をしないと健康は保てません。身体を動かすことは、自分の健康を自分自身で見る最大限の武器です。

 

 ――生涯スポーツ指導者に求められるものは何でしょうか。

 企業の場合、社員の健康増進のための管理と、病気が悪化しないようにするリスク管理の二つが求められます。病気のリスク管理はエビデンスに基づいて行うもので、医療、スポーツ医学、運動生理学などエビデンスを把握・指導できる力が必要になります。

 一方の健康管理は、健康を増進させるためには、どんな方法がよく、どんな人にそれがヒットするのか、多種多様なケースごとに工夫して実行する力が求められます。

 そして生涯スポーツ指導者はこの二つを兼ね備えていなければいけないのです。指導者が「運動をしましょう」と言っても、なかなか簡単には運動開始、運動継続にはいたりません。運動の効果▽運動をしない理由▽健康だけれど運動したくない人はどうするのか--生涯スポーツといっても、想定される事象はさまざまで、課題はたくさんあります。それら個々に対応できる能力が求められるのです。

 生涯スポーツは持続力が大切です。何かに取り組んでも飽きが必ずきます。手をかえ、品をかえ、参加者が飽きないような創意工夫力も求められます。

 

 ――生涯スポーツに興味をもったきっかけを教えてください。

 私は大学を卒業して8年間、病院で心臓病や糖尿病の患者の運動療法に携わりました。次に大手企業で20年、産業保健に関わっていました。

 病院での勤務時代は、患者を通して「なぜ病状がこんなになるまでに何とかしなかったんだろう」と感じていました。ですから企業に移った時は、病気予防と健康づくりのために、禁煙活動やフィットネス教室、ウォーキング大会などさまざまなことに取り組みました。しかし、ここでも健康問題は一朝一夕にはいきませんでした。私が現場で出合った問題が生涯スポーツだったのです。

 

 ――今後、取り組んでいきたいテーマを教えてください。

 職域の中で身体活動を実施する人を増やすためには何をすべきか。これが私が医療機関から会社勤務を通して今日まで持ち続けている課題です。この課題にもうちょっと向き合いたいです。働き盛りの人の健康問題や身体活動の向上にむけた調査、分析、介入をやっていこうと考えています。

 

 ――学生へのメッセージをお願いします。

 東海大学は社会的・職業的自立を図るための「自ら考える力」「集い力」「挑み力」「成し遂げ力」の四つの能力を定義しています。生涯スポーツ学科は卒論を書くのですが、卒論を仕上げるプロセスにはまさに四つの能力が必要です。自分で研究課題を考えて、自分でそれに挑む、それには協力が必要で、最後に成し遂げる。

 実は幼稚園でも同じことをやっています。ある幼稚園では、「ダンゴムシの生態」や「鉄はどこからきているの」など、園児がテーマを決めて、調べて、発表しています。そして社会でも同じです。上司から課題を与えられて、自分で調べて、最終的に練り上げてプレゼンテーションする。気付かぬうちに、子どものころから四つの能力は求められているわけです。

 苦手なことは投げ出したくなります。しかし途中で投げ出さないで、しっかりと考えてください。四つの能力を培って、大学で集大成の時期を迎えてほしいです。自分で考えて、調べて、構築して、解決策を作る。それができてくると、社会でも同じ力が発揮できます。

 

体育学部生涯スポーツ学科 教授 須藤 美智子 (すとう みちこ)

1981年3月東京学芸大学教育学部卒業。1999年4月順天堂大学医学部にて博士(医学)の学位取得。大学卒業後、社会保険埼玉中央病院にて虚血性心疾患および糖尿病等、内部障害に対する運動療法指導に携わる。1990年より、ソニー株式会社産業保健部およびソニー健康保険組合にて、健康管理・健康づくり活動の企画、推進およびマネジメントに携わる。2013年4月より現職。専門は体力科学、産業保健。今後は、職域における健康問題改善および身体活動・運動習慣の保有率向上のための解決策をさらに研究していきたい。 [学会および社会活動] ・日本体力医学会評議員および学会員、日本産業衛生学会員、日本公衆衛生学会員、等 ・2012年 厚生労働省 運動基準・運動指針の改定に関する検討会 構成員 [論文、著書等] ・企業におけるスポーツ導入の戦略、スポーツ精神医学会誌、第9巻、2011 ・職場への運動習慣の導入 ―「働き盛り」こそ、運動しよう―、こころと社会 148号、2011 ・職域における健康づくりのための身体活動基準・指針の活用、臨床栄養123(1):50-56、2013