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大和森林物語

/24 紀伊半島の探検家群像/6 畔田翠山/中 魚鳥木から民俗まで研究 /奈良

 畔田翠山は1792年に和歌山城下に生まれた。現在の和歌山市南中間町である。

 記憶力がすごく一度聞いたら忘れない、探究心が強く記録魔だった、などと伝えられている。画才にも恵まれていたという。

 若い頃は本草学を藩医の小原桃洞に学んだ。桃洞は日本の本草学を確立したとされる小野蘭山の弟子である。加えて国学の師は、本居大平(本居宣長の養子)。いずれも当代随一の師を得たわけだ。また漢学にも優れ、これらの見識が古今の膨大な文献を駆使した研究を支えたと思われる。

 時は紀州徳川家10代藩主治宝の時代。役職は庭園や薬園の管理が仕事だったが、しょっちゅう山々に分け入ったようだ。一度入ると何日も帰らないため、あだ名が天狗(てんぎゃん)だったという。くしくも南方熊楠と同じである。

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