オピニオン

サメからわかる海の生態系 サメ王国・駿河湾で研究 海洋学部海洋生物学科 教授
田中 彰

2014年6月2日掲出

 日本で最も深い駿河湾は、その特有の環境から、世界でも有数のサメの王国として知られている。水中の食物連鎖でトップにたつサメの研究は海の生態系の問題や環境保護にもつながるが、まだまだ秘密のベールに隠されている。40年近くサメの研究をしている海洋学部海洋生物学科の田中彰教授に話を聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 柴沼均】

 

 ――5月6日に世界で58例目という貴重な深海ザメ「メガマウス」(大口サメ)の公開解剖が東海大学海洋科学博物館で行われました。1500人もの人が集まり大盛況だったそうですね。

 昨年、NHKスペシャルで「深海ザメ」が放映されたり、国立科学博物館で「深海」の特別展が開かれたりしました。今年もリュウグウノツカイやダイオウイカなどが水揚げされるなどしており、一般の方も深海に関する興味が広がっているのではないでしょうか。

 

 ――駿河湾にはどうして「メガマウス」のような貴重なサメがいるのですか。

 駿河湾は地形、海洋構造から海洋生物学的にいって面白く、研究のしがいがある場所です。深いところで水深2500メートルもあり、岸からちょっと行ったところで急に深くなります。一方で、沖合を黒潮が流れており、伊豆諸島にあたって暖かい潮流が入ってきます。また、富士川、大井川、安倍川など大きな河川が複数あり、陸から栄養物が入ってきます。これらが混合して、プランクトンが増殖し、それを食べる生物も増える生産性の高い湾です。海中の食物連鎖で、上で死んだものが下に落ちてくることになりますので、岸に近い深海にもさまざまな生物がすめます。

 サメもかなりいろいろな種類があり、日本で130種類ぐらいいるうちの半分ぐらいは駿河湾にいて、そのなかには深海ザメも多く含まれています。世界の研究機関からの要請で取れたものを送ることもあります。昨年は沖縄で国際的な魚類会議があり、その帰りにここを視察する研究者もいました。世界的に見ても貴重な場所です。ただ、われわれが研究しているから分かってきたことで、相模湾、熊野灘など、ほかにも探せばサメが生息している場所はあるでしょうが、そういった場所は研究者がいないのです。

 

 ――サメというと映画「ジョーズ」のイメージがありますが、メガマウスはどのようなサメなのですか。

 メガマウスは大きくて6メートル弱です。大型のサメにはジョーズのモデルになったホホジロザメなど肉食、魚食のものもいますが、プランクトンを食べるものもいます。世界で一番大きいといわれるジンベエザメや、ウバザメはプランクトンを食べるおとなしいサメです。メガマウスは1976年に初めて見つかって、83年に正式に学名がついた新しいサメですが、なぜこんな大きなものが見つからなかったのかという疑問があります。

 大きなサメ、例えばジンベエザメの周りにはカツオやマグロがいるということが漁師に知られていました。また、ウバザメは肝臓が大きく、肝油がとれます。しかし、メガマウスは外洋の中深層でプランクトンを食べるため、漁業との関わりがありませんでした。最近では沿岸によってきて、定置網に入ることで知られるようになってきました。昼夜移動することがアメリカの研究で分かっており、夜間は水深20メートル前後、昼間は150〜200メートルにいます。今回のメガマウスは胃の中からオキアミとサクラエビが出てきましたが、こうしたプランクトンは夜は浅いところにきます。それを追ってメガマウスも昼夜移動することが考えられます。

 メガマウスはゆっくり泳ぎ、歯も米粒大と小さい。他のサメに襲われることもあると思います。しかし、世界に58例しか見つかっていないので、どこで子どもを産んでいるのか、寿命がどのくらいなのか、成熟まで何年かかり、子どもを何匹産むのかなど、どんな生活をしているのかまだまだ分かっていません。データを積み重ねて、何とか研究できないかと考えています。

 メガマウスに限らず、深海のものは獲るのが難しいということがあります。以前は大学の小型舟艇でサメを捕らえて、情報を集めることもありました。最近は熱心な漁師さんから提供されます。しかし、次のステップで1つの生命でも無駄なく使って研究するにはどうしたらよいかという点があります。サメの場合、脊椎骨に輪紋ができて年齢を知ることができますが、メガマウスにも同様に輪紋ができるのか、もし観察されるならそれは年1回形成されるのか、これらを調べるためにはある程度の個体数が必要です。年齢研究以外にも今回は外部の研究者にも試料を供与しました。

 

 ――サメは海中で食物連鎖の頂点ですから、サメを調べれば生態系への影響もわかるのですか。

 海の栄養段階の生産ピラミッドの頂点にサメがいます。植物プランクトン、動物プランクトン、小型の魚、中型の魚が下にいます。頂点にいるサメがもしいなくなれば、エサとして食べられる下位グループの数が増え、さらにその下のグループはたくさん食べられ、生態系のバランスが崩れていきます。

 アメリカの例ですが、東部の海岸で大型のサメが減った後、捕食されていたエイが増え、エイがエサにしていた海底の貝をたくさん食べてしまった。貝を捕獲していた漁師は大きな打撃を受け、また、貝には環境浄化作用があり、貝がいなくなることで、海域がだんだん濁って環境が悪化してきた。漁師は貝を守るためにエイを殺していったら、生態系が単純化し、もしも貝に病気が発生すれば生態系が壊滅的な状態になってしまう。サメはエイを適正量食べているので、エイの体の弱いものが淘汰(とうた)され、生態系を健全にしている。このように、生態系のバランスは、トップにいるものが下のものに影響を与える「トップダウン効果」によっても維持されていると、最近いわれるようになりました。サメは生態系維持のため重要な役割を果たしていることになります。

 

 ――サメなど大型の魚は下位の動物を食べているため、環境の影響がでやすいのですか。

 生物濃縮という形ですね。例えば、環境ホルモン-PCBやDDTなどの有機化合物が女性様ホルモンを増やすと言われています。サメは肝臓が大きいのでPCBなどがたまりやすく、濃度が高い。本来、サメは完全に雄と雌が分かれていますが、雄が雌化した雌雄同体の個体が見つかったこともありました。

 

 ――サメの研究を始められたきっかけは。

 今から40年近く前の大学院生時代、先生から「サメ」や「イカ」の研究者がいないので、どちらかをやりなさいと勧められました。そこで、サメの論文を読んだり、図書館で調べましたが、日本の文献はほとんどなく、海外でもほとんど研究されていませんでした。長崎の大学にいたのですが、魚市場を回ってサメを見つけたり、船でサメを捕まえに行き、自分たちでサンプルを集めていました。そうしたことも面白く、研究を続け、大学に奉職後、アフリカやニューギニアなど世界中を回って淡水域に生息するサメ・エイの研究もしました。ただ、当時は日本が世界の研究をリードしていましたが、最近は研究者が少なくなり、アメリカに逆転されてしまいました。

 

 ――サメの研究をしたいという若い人へのアドバイスをお願いします。

 最初は興味を持って実際に手で触って、死んでいるものだったら解剖して、内臓を観察するなど自分でやることを勧めたいですね。実態を知るためにはさまざまなことをやらなければなりません。凶暴だと思うならば、なぜ歯があのような形をしているのかなど疑問を持ちながらやってほしい。

 

 ――最後にサメの魅力を教えてください。

 サメは非常に無駄なく生きています。なぜこんな生態をしているのかと考えていると、効率的だということが分かります。それはたくさん観察しないと分からない。教えられたからではなく、自分で研究してみないとわからない。発見の連続なので面白かったです。

 

海洋学部海洋生物学科 教授 田中 彰 (たなか しょう)

1952年神奈川県生まれ。1975年東海大学海洋学部水産学科卒業。1980年東京大学大学院農学系研究科博士課程修了(農学博士)。同年東海大学海洋学部水産学科助手。1982年に専任講師、1988年に助教授、1994年から教授、2014年から大学院生物科学研究科長。1990-1991年に米国ウッズホール海洋研究所訪問研究員。専門は海洋動物学、保全生態学、特にサメ類などの高次捕食者の生態、生活史の研究。国際自然保護連合(IUCN)種の保全委員会サメ専門家グループ、日本水産学会、日本魚類学会、日本板鰓類研究会などに所属。著書に「深海ザメを追え」(宝島社)など。