オピニオン

不安や悩みに向き合う 臨床心理学に高まる重要性 文学研究科コミュニケーション学専攻 教授
宮森 孝史

2014年4月1日掲出

 震災被災者の「心のケア」のように、不安や悩みに向き合うメンタルヘルスの重要性が高まっている。うつ病など脳の病気に対する臨床心理学からアプローチの大切さや、カウンセリングを担う臨床心理士の養成について、東海大学大学院文学研究科コミュニケーション学専攻の宮森孝史教授に聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 小島昇】

 

 ――「プチうつ」ということばが広まるほど、現代はうつ病が増えていると言われています。なぜなんでしょうか。

 心の問題を抱えるような社会構造の大きな変化が起きたからでしょう。私が大学に入った1971年の1年前ですが、未来学者としてのちに有名になるアルビン・トフラー氏が『未来の衝撃』という本を70年に書いてベストセラーとなり、「これからはうつ病が増える」と書きました。実際に80年代には米国でうつ病がどんどん増え、日本はそれから10年ぐらい遅れて90年代から「うつ病の時代」という言葉が使われるようになってきました。

 米国の精神医学の診断基準のDSMが昨年5月に第5版に改訂されました。初版が1952年ですから、この60年で5回も改訂されている。つまり精神疾患とは、時代とか社会背景とか文化の影響を受けて、どんどん姿を変えるのです。私が学んだ精神医学の疾患名でなくなったものや新しく登場したものがある。以前は「ギャンブル依存症」といっていたが、新しいDSMでは「ギャンブル障害」と病気の一つになりました。

 「心が病む」という状態は、そのときの時代性をすごく反映するのでしょうね。それを象徴するものとして、うつ病が増えている。現代の心の病気です。うつは自殺の問題などにつながっていくので、社会的にもきちんと対応しなくてはいけなくなっています。

 

 ――社会の変化でうつ病が増えてきたということですが、どのような変化がうつ病を生んでいるのでしょうか。ストレスでしょうか。

 人間がつくった組織が複雑になり、そこで求められる人間関係をうまくやることに、以前よりも特別なスキルが必要になってきたからだと思います。例えば核家族化が進み、子供が何か問題を起こすと、学校の中でその子が孤立する。その相談に保護者が行くと、地域の中でその家族が孤立する。まわりとの連携が図れず、家族という小さな空間で問題が起きて、最悪の場合は親子間で殺人事件が起こったりする。日本では、閉じた社会の中での関係性がどんどん問題を引き起こしてしまう。まわりで支える構造がうまくできあがってこなかったのでしょうね。

 そうしたものの反応として、うつ病みたいな病気がまん延します。ある問題が生じると、それに対処する行動のひとつに病気を選ぶというのがあるのです。病気を持つことで安定を選ぶのです。心がそれ以上崩れないようにする。うつ病はその代表例といえるかもしれません。

 

 ――うつ病は治療できるのでしょうか。

 うつ病のメカニズムはかなり解明されています。脳の中の神経伝達物質の過不足で起こり、多いとそう(躁)、少ないとうつ(鬱)になります。神経伝達物質の伝達を活性化する薬が開発されており、完成された治療法として、うつの病態を回復します。

 また、うつ病になる人は、その人が持っている「考え方の癖」があります。思考パターンが似ていて、「全か無か」みたいな考え方をする。「こうでないとダメ」と他の人に比べて要求水準が高く、満足できない状態が蓄積すると、気も意欲も落ち込む。「うまくやった」という自己評価が非常に低い人が多いのです。

 そこで、欧米で注目され、薬と同じ効果が得られると実証された認知療法がありますが、日本でもやっと導入されはじめました。認知とは「そのようなとらえ方」という意味で、「考え方の癖」を修正します。自分の考え方の癖に気づいて、「こんな視点からもある」と練習します。専門医の指示のもと、私たち臨床心理士も対応します。

 薬で治療できるのは、活動性があがるレベルですが、認知療法で心の状態も上向きにしていきます。「こういう考え方をするからまた落ち込むんだよね」と、自分の癖を客観的にとらえられるようになります。

 

 ――うつ病が増えるような社会環境の中で、臨床心理学の大切さも増しているそうですね。「心のプロフェッショナル」である臨床心理士を目指す若い人もいます。臨床心理士とは具体的にどのような仕事に従事しているのでしょうか。

 臨床心理士の資格をもった人が、社会のさまざまなところで働いています。法務関係なら犯罪被害者をカウンセリングする人、家庭裁判所の調査官で臨床心理士の資格を持っている人もいます。医療であれば精神科の領域はもちろんです。私は医療でリハビリテーションの分野から仕事を始めましたが、認知症や高次脳機能障害も臨床心理士の職域ですし、スクールカウンセラーの学校教育相談もそうです。産業カウンセラーでも臨床心理士が活躍しています。

 災害が起こった時は、心のケアを臨床心理士が果たします。岩手県の臨床心理士会の事務局をしている知人は、今も毎週土日に沿岸部でカウンセリングを続けているそうです。心に大きなインパクトをあたえるようなことが、世の中で起きやすくなっていますね。そのケアを「心の専門家」と自称している臨床心理士が担っています。

 臨床心理士という名称は、心理学をもとに臨床で活動していた人たちが、その資格となる基準を自分たちでつくったものです。日本臨床心理士資格認定協会が設立され、資格認定がスタートしたのは1988(昭和63)年です。認定者はまもなく3万人になり、日本中にいます。それまでは「心理技術職」とか「心理判定員」などいろいろな名称で呼ばれていました。民間の資格ですが、それなりの歴史があるし、社会的な認知はかなり上がっている。「国の資格じゃないんですか」とよく言われます。

 

 ――臨床心理士になるためプロセスや必要な資格や経験を教えてください。

 日本臨床心理士資格認定協会が定めた大学院のカリキュラムを学びます。実習もちゃんと経験して、認定協会が実施する筆記試験と面接試験をクリアすると、臨床心理士となります。今、臨床心理士養成のカリキュラムを持っている大学院は全国で167校です。専門職大学院が6校、指定大学院第1種が148校、第2種が13校です。

 第1種では、在学しながらカリキュラムの中で実習を受けられ、卒業した年に行われる試験の受験資格を得られます。一方、第2種では、有給で1年間実習を兼ねた臨床の実務経験が義務づけられており、それを終えてから次の年の試験を受けます。大学院を出てから2年目の年の試験を受けることになります。

 

 ――第1種指定に向けて、東海大学大学院はどんなことに取り組んでいますか。

 当大学院は現在、第2種指定ですが、協会に第1種指定大学院としての指定を申請しています。文学研究科コミュニケーション学専攻は、「メディア学系」「社会学系」「臨床心理学系」の三つに分かれていますが、当大学院で臨床心理士の受験資格が取れることが対外的にもわかる名称に変更する準備をしています。学内手続きがありますが、整いしだい正式に協会に認定申請します。2014年度中に1種認定されれば、4月にさかのぼって遡及適用される見通しです。臨床心理士資格を持っている教員も5名そろいました。

 

 ――東海大学湘南キャンパスに設けた「東海大学心理教育相談室」は、どんな役割を果たすのでしょうか。

 一般の方を対象に心理相談を行いますが、大学院生が実習し、臨床の経験を積む施設でもあります。2013年4月に開設し、昨年から1年間の延べ相談件数で150件を超える実績を残しました。

 相談はまず臨床心理士資格を持っている教員が最初の面接を行い、問題を整理して、大学院生が継続的な臨床活動にどう関わるかの役割を決めて進めます。教育機関から紹介される相談が多いですが、幼児から高校生までが対象です。最近、よく聞かれるようになった、アスペルガーやADHDなどの発達障害系の相談も受けています。幼児や小学生ならプレイルームで自由に大学院生と遊び、その観察記録を残します。実習として認められる協会基準で、一人の大学院生が3ケース以上を担当します。

 

 ――ご自身の学生時代や、この分野に興味を持ったきっかけなどをお聞かせください。

 臨床心理士の仕事を長くしてきましたが、私は1カ所にずっととどまっていなかったので、「さすらいのカウンセラー」と自称しています。神奈川県の総合リハビリテーションセンターにある、七沢リハビリテーション病院脳血管センターに採用された最初の心理士としてスタートしました。そこには19年いたあと、大学教員になり教育相談室をやったり、厚木市の「心の相談室」のカウンセラーとしてよろず相談も経験したりしました。今は神奈川県の被害者支援センターの登録カウンセラーもしています。交通事故で家族を亡くした人や殺人事件を目撃した人のカウンセリングをしました。犯罪被害者や交通事故被害者を支援する心理相談が重要ですが、神奈川県はこの分野では日本一進んでいます。

 

 ――臨床心理士を目指す学生や若者へのメッセージをお願いします。

 東海大学では、心理学をきちんと学べる体制を整えて、歴史を積み重ねてきました。昨年から心理教育相談室もでき、臨床心理士を養成するしっかりした体制に移行しつつあります。この分野をめざす学生さんに、ぜひ来ていただきたいです。

 学生に望むことは、教わる「勉強」から「学び」への切り替えです。ラーニングからスタディーへの姿勢が大切です。自分から問題を感じて見つけ出し、自分から分からないことを聞く。教えてくれるのを待っているだけではだれも教えてくれません。私は「聞かなければ教えない」といっています。

 カウンセリングの基本は相手が話すのを受け止める傾聴ですが、待っていてはだめで、相手から引き出さなければなりません。聞くためには、話してやり取りするスキルが必要です。カウンセラーを目指す学生が「私は人の話を聞くのが上手です」とよく言うのですが、実際には人前でうまく話せないタイプが多いです。私は「話ができない人はカウンセラーになれません」と言っています。

 悩みを抱えている人は、自分の心の状態をきちんと言葉で語れないことが共通しています。うまく話ができないのが前提なんです。だから、こちらから引き出すために、「今の状態はこんな感じですか」と、気持ちや心の状態を語る表現を身につけなければなりません。「なんとなくもやもやする」と言う相手に、具体的にどんな感じなのか、こちらに選択肢がないと語れませんね。

 

文学研究科コミュニケーション学専攻 教授 宮森 孝史 (みやもり たかし)

1951年北海道生まれ。専修大学文学部、青山学院大学大学院博士課程修了。神奈川県総合リハビリテーションセンター、専修大学教授を経て2005年より現職。臨床心理学・脳と心・心理療法演習など担当。特定非営利活動法人神奈川県メンタルヘルスサポート協会理事長。臨床心理士として、神奈川県被害者支援カウンセラー、学校教育相談員など務める。著書論文に『講座臨床心理学2』(東大出版)、『臨床心理学研究の技法』(福村出版)、『視覚認知障害のリハビリテーション』(診断と治療社)、『よくわかる失語症と高次脳機能障害』(永井書店)など多数。