オピニオン

古代エジプトの「本物」にふれる 文学部アジア文明学科 准教授
山花 京子

2014年2月3日掲出

 ナイルの河畔に興り、地中海沿岸、さらにはオリエントに至る地域で栄えた「古代エジプト文明」。その雄大なスケールと華麗な文化は、研究者はもちろん、冒険家や旅行者の心を捉えて離さない。歴史ロマンの極みとも言える「エジプト考古学」について、東海大学文学部アジア文明学科の山花京子准教授に聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 湯浅啓】

 

 ―――般に「エジプト考古学」というと、遺跡などの発掘調査をイメージしますが、具体的には、どんな方法で、どのような研究が行われているのでしょうか。

 よく「考古学と歴史学は、どう違うのか?」という質問を受けます。大学を受験されるお子さんをお持ちの方は、特にそうですね。その答えとしては、一般に「歴史学」というのは「文献学」が主になります。つまり、文字で書かれた文献を正しく読み、そこから当時の社会や暮らし、人々の考え方や文化を再構築しようという学問です。それに対して「考古学」は、歴史の中でも文字のない時代を扱います。その場合は「物」にあたるしかない。つまり、小さな物では、当時の人たちが残したお茶わんのカケラとか、煮炊きの跡とか、大きな物では、あの巨大なピラミッドなどをじっくりと観察して、文字のなかった当時を復元・再構築する、そこが考古学という学問の一番大きなところだと思います。

 ただ、古代エジプトの歴史は多くが分かっているように見えて、実のところ、その内容の多くは、王様や王族、貴族などの支配層の人たちの死生観を表したものです。それでは、本当に古代のエジプトを理解したことにはなりません。そこで、私自身の研究は、遺跡などから発掘されたガラスや金属、そしてファイアンスという陶器とガラスの中間物をテーマとしています。特にファイアンスは古代にのみ存在した物質で、現代には伝えられていません。そのような謎の物質の形などを分類し、理科系の研究者と共同で化学分析も行っています。そうすると、一つ一つの遺物から分かることは少ないのですが、データを集積することで、どのような原材料が、どんな流通経路でもたらされたのか、製作にかかわる技術革新なども推定できます。考古学・美術史・技術史・分析化学などの学問領域の間を埋めるような研究をめざしています。

 

 ――エジプトを見る「考古学的な目」というのは、あるんでしょうか。印象的な経験を聞かせてください。

 現在のエジプト、特に都市部の人たちの暮らしは、もう、ほとんど日本のそれと大きな違いはありません。しかし、地方の村などに発掘調査に行くと、まだ古代の生活様式を踏襲している人たちがたくさんいらっしゃいます。1998年ごろでしょうか、まったく観光地化されていないナイル中流域の地域に調査に入った時は、非常に古い慣習や伝承、生活様式がまだたくさん残っていて驚きました。そういうところを目の当たりにすると、現代というのは単にいろいろなものが便利になっただけで、実際の暮らし方や生活のクオリティーというのは、あまり古代と変わらなかったんだな、と思いました。発掘に参加している現地の人たちの家などに行くと、実際の発掘で出てくる煮炊きの道具などと、現代の道具が基本的には違わないのです。おそらく、古代の人たちも、似たようなものを、似たような方法で料理して、食べていたんでしょうね。まあ、それが、ツタンカーメンやクレオパトラとなると、違っていたでしょうけれど。

 一般の方々が観光旅行などでエジプトへいらっしゃる場合は、何か、一つ、テーマをお持ちになることをお勧めします。と申しますのも、たとえば、神殿などは三つ行けば、ほとんど違いが分からなくなってしまうんですね。私の場合も、最初はそうでした。勉強しようと思って行っても、四つ目からはどこを見ていいのかわからない(笑い)。ただ、本当に心に残る旅にしようと思ったら、行く先行く先で何か探す目標を決めていくんです。たとえば、古代エジプトの神殿は後の時代にキリスト教の礼拝堂に転用されたケースが多く、そこにはキリスト教の「十字」を彫られた場所があるのです。その十字を探して歩く。十字がある場所は当時の人々にとって最も神聖な場所ですから、それを探してみるという作業は、意外と遺跡の中の核心部分に触れるということがあるんです。また、最近のエジプトの街は電気が通って、夜が明るくなりましたが、ナイル川でボートに乗って夜空を見上げると「天の川」が何とも雄大に、美しく広がっています。古代エジプトの人たちは天の川を「女神の胎内」だと考え、その女神が自分たちを守ってくれていると信じていました。そういった当時の人たちの価値観を、身をもって感じることができるでしょう。

 

 ――そういった専門研究の一方で、故鈴木八司・東海大学名誉教授が残した「鈴木コレクション」の研究・整理業務も担当されています。

 鈴木先生は、私にとって「エジプト学の師」です。エジプト考古学の研究者だった先生は、ユネスコの世界遺産第1号といわれているエジプトのアブシンベル大神殿の移築に際して、外務省から派遣されたただ一人の日本人です。先生が集めたコレクションは、古代エジプトおよび中東のパピルス文書・土器・織物など5000点余り、調査の際の記録写真など約1万5000点にも達する、質・量ともに日本有数のものです。2010年にご遺族から寄贈いただき、現在、大学院生や学部生なども参加して整理作業を進めています。

 

 ――昨年12月には、そのパピルス文書を修復保存するワークショップを開催して大きな話題になりました。

 東海大学の文学部が持っている最大の強みは、学内に「本物」があるということです。そして、ここにも持ってきましたが、それに手でふれられる、そういう機会がある大学は、ほかにないんです。実は、ほかの大学にもこういった歴史的遺物はあるのですが、それらは点数も数十点ほどで、既に整理・分析の終わった「ガラスの向こうにある物」です。でも、ここにあるのは、まだもらったばかり、しかも、教育の資料としていただいたものです。それじゃあ、すべてを教育のために使おう--「鈴木コレクション」を整理するにあたって、すべての機会を学生たちにオープンにしようということになったのです。整理作業に参加した、あるサウジアラビアからの留学生が驚いていました--「こういったものは、博物館で見るものだと思っていた……さわってもいいのか?」。

 

 ――確かに、見ていると、くしゃみをするのが怖い感じです。

 ワークショップの参加者は極度に緊張しましたし、私たちもドキドキしました。扱いを間違って粉々になったら、終わり、というものばかりですから(笑い)。ドイツから来ていただいたパピルス修復師の方にも「学生たちが扱うので、なるべく状態の良いものから先にしてください」とお願いしました。その修復師の方を学生たちが机で取り囲むようにして、ひと月ぐらいかけて作業をしました。手がブルブル震えて、ピンセットを落とす子が続出しました。

 最初のうち、学生たちは怖いから何でも聞いてくるんです--「これは、こうしていいですか?」「これはどうしましょう?」。だから、ぜんぜん先に進まない。でも、そんな子たちが2週間もすると「ここまでなら、自分でできる」と自信を持ってくる。そして、講師にたずねるのではなく、隣の友だちと相談するようなチームワークも生まれたのです。こういう体験は、大教室での講義や座学だけでは決してできないものですね。大学や講師の立場からすれば、準備には相当のものが必要でしたが、今、思うと本当にやってよかったなと思います。若い時に「本物」にふれられるというのは大きいのです。

 

 ――来年度の予定を聞かせてください。

 来年の1〜3月に「横浜ユーラシア文化館」(横浜市中区日本大通)で大きな展示会を開きます。これは東海大学が文化財にどのように取り組んでいるのかということをテーマに、主眼をエジプトと中東に置きながら、整理作業を続けている「鈴木コレクション」をパピルスだけでなく、もっと幅広いジャンルで一般の方々にも見ていただこうという展示会です。美術的価値の非常に高いものがいくつもあります。この展示会には、東海大学中央図書館の貴重本コレクションの中からナポレオンの『エジプト誌』という、非常に貴重な、畳1畳ほどもある書物を展示する予定です。これはフランスのナポレオン皇帝が18世紀末にエジプト遠征した時、連れていった画家と版画家にエジプトの風景や発掘物などを描かせたもので、ものすごく迫力のあるものです。また、鈴木先生がアブシンベル神殿の移築時に撮影された写真を展示します。ただ、いずれも60年ぐらい時間の経過したものなので、色が変わってしまっていますので、本物の色に戻すデジタル化の作業を東海大学の情報技術センターの協力で行っています。そういったすべての作業を、展示会に集約させる形にしたいと思います。

 

 ――展示会には、大学院生や学部の学生などもかかわるのですか?

 そうしてもらわないと絶対にできません、壮大なプロジェクトですから(笑い)。

 

 ――これから大学や学問をめざす若い人たちに向けてメッセージをお願いします。

 よく遊び、よく学び、そして、よく悩んでください。大学生活は4年しかありません。就職活動の期間を除くと実質3年しかない。もちろん、すべての学生が学問の道に進むわけではありませんし、多くの学生は「就職」という現実にも向き合うことになります。また、学生同士の人間関係に苦しむこともあるでしょう。しかし、それらは大学の4年間をどうすごすかによって、違ったものになっていくでしょう。どうか、高校時代からあまり先のことを決めないでください。ただ、大学で何をやりたいのかは、ボンヤリでいいから考えてください。高校生の時の成績と大学に入ってからの成績はぜんぜん違うものです。良い先生や良い研究分野にめぐり合えた場合は、180度人生が変わることだってあるのです。

 

文学部アジア文明学科 准教授 山花 京子 (やまはな きょうこ)

1965年生まれ。シカゴ大学大学院人文学部修士課程修了(MA)。東海大学文学博士(論文)。専攻はエジプト学。2013年4月より東海大学文学部アジア文明学科准教授。 主な業績として、『古代エジプトの歴史−新王国時代からプトレマイオス朝時代まで』(慶応義塾大学出版会、2010年)、『古代エジプト 青の秘宝ファイアンス』横浜ユーラシア文化館特別企画展示会図録(監修)(2010年)、「古代エジプトでの地中海文化の受容‐ギリシア・ローマ時代の浮彫付壺の文様変遷を追う‐」(共著、『日々の考古学2』東海大学文学部考古学研究室編、六一書房、2009年)ほか。