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ややパリには遠く~ルーアン留学記

なぜにほんごをべんきょうしますか?

大阪万博の記念メダルを手にするマリークロードさん。お土産に買って大切にしているそう=2018年7月9日午後3時17分、久野華代撮影

 フランス北部・ノルマンディー地方にあるルーアンという町に、フランス語習得のため今年の4月から留学しています。新聞記者の仕事を離れ、留学生活を日記風につづっています。

 語学学校は、夏休みを利用してやってきた学生が増え活気づいています。4月から一緒だった下宿先のルームメートたちは私を除いて総入れ替えになり、現在は同じ学校のスイス、ベルギー、スペイン、ブラジルの若者と一緒です。ブラジル以外の3人はフランスと時差がない国の人たちなので、夜遅くまで故郷の家族や恋人と電話でおしゃべりして楽しそう。スイス人の女子学生ネイラは「さびしいから、週末だけちょっと帰ってくる」と言っていました。この気軽さが欧州、という感じです。

 前回はフランス語習得の壁が高く、打ちひしがれている話を書きました。一方、彼らは日本語話者の私に比べればその壁は低いはずです。言語的に近く、フランス語に触れやすい環境もありそうです。でも油断せず、夏休みを利用して勉強にやって来ます。ある年齢を過ぎてからは自然と身につく外国語なんていうものはなく、学習には終わりがないことを、彼らを見ていると思い知らされます。

なぜ日本語を?

 さて、その高い壁を、私とは反対側からよじ登ろうとしている人たちがいます。つまり、フランス人の日本語学習者。人口約10万人の古都ルーアンにも、日本語教室がありました。年度末の慌ただしい時期でしたが、授業を見学させてもらいました。

 毎度毎度、引き合いに出して恐縮なのですが、学生時代にイランの言葉・ペルシャ語を勉強していました。自己紹介をして「なんでまたペルシャ語を?」と尋ねられなかったことはありません。だから、私も誰かに聞いてみたかった。15人ほどの日本語教室の学生さんを前にいざ。会話表現は未学習ということで、こう尋ねました。

 「なぜにほんごをべんきょうしますか?」

 「nintendoが好き」「アニメーションが好き」「日本食に興味がある」「日本人の親戚ができた」など、さまざまな答えをしてくれました。一方、「仕事上、必要で……」という人はいませんでした。好きやあこがれという気持ちが人を動かしている姿に胸が熱くなります。日本のサブカルチャーに明るい10代後半~30代が多くを占める教室。そんな中、銀色の髪のご婦人が言いました。「昔の文通相手を探しています。彼女ともう一度会って、話がしたい。その日のために日本語を勉強しています」

マリークロードさんの尋ね人

 「ヨーコと大阪万博へ行きました」

 この女性はマリークロード・ピカールさんといいます。1970年、文通相手だったヨーコさんを頼って日本を訪れました。当時はフランス北部リールに住む20歳の学生。ベビーシッターやフランス語教師などのアルバイトを掛け持ちして旅費をためたそうです。友人たちには、「そんなに働いて日本へ行きたいなんて、ちょっとおかしいんじゃないの」と笑われたといいます。

 でも、遠い日本へのあこがれは消えませんでした。ユーラシア大陸を東から西に向かう旅を書いた「深夜特急」で、作者の沢木耕太郎さんが旅をしたのも1970年代の初め。作中でも各国の若い旅行者の姿が描かれています。マリークロードさんもそんな時代の空気を吸った一人でした。大阪万博では、「3時間も並んで!月の石を見ました」と思い出を話してくれました。万博記念公園のホームページを見ると、「月の石」が展示された「アメリカ館」では、日本に関心を持つ56人のアメリカ人がいわば「展示」としてホスト・ホステスを務めたという記載があります。日本について知識のある外国人という存在がめずらしい時代だったのでしょう。

 マリークロードさんはこのとき2カ月間、ヨーコさんの家に滞在しました。「木の板の上にすしが載っていてびっくりした」「お風呂の中で体を洗って大笑いされた」--。ヨーコさんとその家族に受け入れられ、この2年後にはヨーコさんの兄弟の結婚式のために日本を再訪したそうです。

マリークロードさんが日本語の勉強のために作った単語ノート。あいうえお順に整理しています=2018年7月9日午後3時14分、久野華代撮影

 マリークロードさんとヨーコさんをつないだ文通。私も夢中になった時期があります。子供のころ読んでいた「毎日小学生新聞」には文通相手を募集するコーナーがありました。できるだけ遠くに住んでいて、趣味が合いそうな子を選び、新聞に記載されていた住所宛てに手紙を書きました。25年以上も前のことです。毎回、違う柄の便箋を用意しました。学校のこと、テレビのこと、好きな歌手のことなどを書き連ね、封筒に写真やらシールやらも入れて送りあいました。中学校で英語を習い始めると、香港とフランスとアメリカに文通相手ができました。フランス人の女の子は「(シュールレアリストのアメリカ人写真家)マン・レイが好き」と大人びたことを書いてきたため、のんきな中学生だった私は共通の話題探しに慌てたことを覚えています。

 マリークロードさんは、静岡県島田市で始まるヨーコさんの住所をすらすらと紙に書いてくれました。文通のきっかけは12歳の時、英語の先生が紹介してくれたこと。それ以来、繰り返し書いてきた宛先は、まるで手が覚えているようです。それぞれの結婚後も文通はしばらく続きました。でも引っ越しが重なり子育てと仕事で忙しくなると自然に途切れてしまったそうです。

 これも、文通の常かもしれません。たくさんいた文通相手との交流は、生活環境が変わるとどちらからともなく途絶えてしまうものです。「他のペンフレンドを訪ねて、いろいろな国へ行きました。でも、日本に私は心を動かされました」。どうしてかと尋ねると「私にとっては冒険でした。若くて、自分の好きなことをした最初の経験だったことが、そう思わせるのでしょう」。

 マリークロードさんは今、67歳。郵便局で長年勤務し、2人の子を育てました。退職後は家系図作成と洋裁、映画鑑賞と読書を趣味にして忙しく過ごしています。「周囲の人が遊んでいる時も、一生懸命に働いてきました。だからこれからは、好きなことをして楽しんで、みんなに追いつくんです」。マグカップを持つ手の指先は、オレンジ色のマニキュアでつやつやとしていました。

 もしヨーコさんと会えなかったら、日本語学習は無駄になりますか?そう尋ねると、「いいえ。毎朝2時間、日本語の勉強をすることが今の私の習慣です。健康にいいことだと思いませんか?だから、これからも続けます」。12歳で偶然に出会った日本とのつながりが、マリークロードさんの人生でかけがえのない存在になっていました。私とフランス語の関係も、いつかはそんなふうになればいいなと思います。【久野華代】

 マリークロードさんの文通相手に関する情報をお持ちの方はgaishinbu@mainichi.co.jpへお願いします。ご意見・ご感想も受け付けています。

久野華代

1983年三重県生まれ。東京外国語大学を卒業後、2006年に毎日新聞に入り北海道や東京で記者として働いた。日当たりの良いテーブルか、あたたかい布団で本を読むことが好き。寒い部屋ならルイボス茶をいれる。山菜採りも好き。

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