オピニオン

国民を守るのが憲法 東海大学法学部 教授
吉川 和宏

2013年10月1日掲出

 1946年11月3日に公布され、47年5月3日に施行された日本国憲法。70年近くたち、改正論議もかまびすしい。第9条が議論されることが多いが、東海大法学部の吉川和宏教授は現在の日本を形作ってきたもので、国民を守るのが憲法と指摘する。最高法規、日本国憲法について聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 銅崎順子】

 

 ――憲法とは、そもそもなんでしょうか。

 難しい質問ですよね。究極の結論は、憲法は国民を守る法律ということでしょうか。

 憲法は、国家の基本法として国の枠組みを定めています。憲法が立法権、行政権、司法権の三権を創出して、国会、内閣、裁判所に委ねているのです。同時に、国会や内閣などの国家機関は委ねられた国家権力しか行使できませんから、憲法はそれらの国家機関の仕事の範囲を限定しているともいえます。国家機関の権力行使に枠をはめることによって、権力の濫用から国民を守るという伝統的な立憲主義の考え方に立脚して憲法は作られています。

 立憲主義は英語ではconstitutionalismといいます。憲法はconstitutionですから、直訳すれば「憲法主義」です。統治の基本ルールを定めて、王様ら支配者、権力者の権力濫用を防止したいということから憲法は生まれてきたのです。そして、その究極の目的は国民の権利、利益を守ることにあるのです。

 憲法はさまざまな人権を保障していますから、憲法が国民の権利を守るものであることは明らかでしょう。

 言いたいことを言う自由、好きな歌を歌う自由など、表現したいことを表現する自由(表現の自由)が憲法で保障されていますが、憲法がそれを権利として保障するということは、国が国民のそれらの表現行為を阻止したり、妨害したりしてはいけない、国民が政府を批判したからといって政府から不利益なことを強いられないということを意味します。憲法は思想の自由や信教の自由などさまざまな自由を権利として保障していますが、国民主権の憲法においては、それらの自由権を侵害しないことを国民が国に約束させているということができます。

 また、生存権などの社会権の保障は、それらの権利の実現する責務を国に課しているという側面を持っています。憲法が生存権を保障しているということは、国は国民に対して、健康で文化的な最低限度の生活を実現するための諸施策を実施するという約束をしていることを意味するのです。国民主権の憲法は国民が制定するものですから、憲法による社会権の保障を通して、国民は国に社会保障諸施策の推進を求めていることになります。

 国民主権の憲法ですので以上のようなことが言えますが、君主主権の憲法だと人権保障の位置づけや性質も変わってきます。

 

 ――そのような大事な憲法ですが、普段の生活ではあまり身近に感じません。

 身近に感じないのはちょっと残念ですが、プラスに考えれば、身近で当たり前になったからこそ憲法を意識しないですんでいるのかもしれません。今では社会保障は当たり前になり、それを維持することを前提として、増税が考えられていますよね。考え方としては、社会保障なんてしなくてもいいという意見もありえるでしょう。それは新しい国家像の提言ではありましょうが、現在の日本では相当な違和感を与えると思います。それは憲法の生存権の保障や各種社会保障施策の実施が社会に定着しているからだといえるでしょう。

 憲法を身近に感じないというのは、憲法を持ち出さなくてもよい、憲法を大上段に振りかざし、主張しなくてもよくなったということかもしれません。それはむしろ憲法が定着してきた証ともいえるのではないでしょうか。もっとも、第9条のように常に政治的議論の対象となる問題もありますが。

 憲法については、制定過程をめぐる論議も一方ではありますが、日本国民にどれほどの実益をもたらしたかを考えるべきでしょう。私は、この憲法は国民に相当な利益をもたらしてくれた、国民を守るという本来の役割を果たしてきたと思います。この憲法のもとで憲法の目指す国造りをしてきたからこそ、日本は今のような発展を遂げられたのだと思います。

 今の憲法があったから、自衛隊を作った時も事実上の厳しい条件が課せられました。結果として、わが国はベトナム戦争や湾岸戦争に直接巻き込まれることはなかったのです。戦後70年近く戦争で亡くなった国民がいないというのは、この憲法の成果の一つです。戦前戦中を経験した国民の「戦争はもういやだ」という感情から、この憲法が受け入れられたのでしょう。

 戦争は人権侵害の最たるものです。平和でないと人権保障、民主主義は実現できません。世界の過去の歴史が示しているとおりです。平和主義は話し合いで争いごとを解決することです。民主主義といっしょです。国際社会の中で民主主義が実現されれば、力で結論を出さない平和主義が実現されることになります。平和主義と国民主権(民主主義)、人権保障の三つは総合的につながっています。憲法解釈もそこから考えないといけないと思っています。

 人権が保障されているから、国からいろいろな規制を受けないで済んでいます。夜間外出禁止令や戒厳令などが出たら、自由でなくなり夜遊びもできません。個人の自由が保障されるべきだと考えられているから、自由を前提とした国家運営がなされていると言えるでしょう。憲法があまり意識されなくても、憲法の精神に沿った国家運営がなされていれば十分ではないでしょうか。意識されないほうがうまくいっている証拠です。ぎくしゃくしてくると、国民の切実な問題になってきます。憲法は意識されたいとは思っていないはずですよ。

 

 ――オーストラリアも研究されていますが、日本と比較するとどのようなものでしょうか。

 オーストラリアの憲法自体は、20世紀初頭にできていますので、日本より半世紀古いのです。憲法そのものより、国家運営など関連する法や運営の方法、直接的には選挙制度に興味があったので留学しました。オーストラリアは強制投票制なんですよ。また、区割り委員会を作って定期的に投票価値の格差を是正することや、1票の格差が約2倍を超えたら自動的に選挙区を分けることを法律で定めています。第三者機関が強制的にやるのです。イギリスにならって小選挙区を採用していますが、投票価値の平等は厳格に実現しています。わが国は未だにこの問題に苦しんでいますが、オーストラリアのシステムを参考にすべきだと思います。議員にとっては自分たちの利害にかかわることだけに、簡単には決定できない問題です。実質的な決定権を持たせた第三者機関を作ればいいだけですので、わが国の国会議員も前向きな決断をしてほしいですね。

 オーストラリアに留学したのはもう随分と前のことですが、日常生活の中で日本よりも進んでいると感じることが多々ありました。移民の国ということもあり、平等については法律上徹底していました。バリアフリー化も進んでいる印象を受けました。日本も東京五輪があることですし、見習うべきですね。

 

 ――憲法や法律に興味を持ったのはいつごろですか。

 小学生のころから比較的良く新聞を読んでいたので、何となく政治や社会問題に興味を持っていました。高校生のころに世の中の基礎は法律だろうと感じたので、法学部への進学を決意しました。大学では佐藤功先生(上智大名誉教授、東海大学法学部初代学部長、故人)の憲法講義に感銘し、先生の憲法ゼミに入りました。

 

 ――東海大法学部の特色を教えてください。

 海洋・宇宙法や医療の法と倫理などのめずらしい授業があります。統治機構(総論)など最小限の必修科目はありますが、基本的には自由なカリキュラムになっています。将来の目標を見据えて、その目標実現に有益な科目を選択できます。他学部の講義も受講できますので、総合大学のメリットを生かせます。学生にはよく言うのですが、法学部は大化けできる学部です。法学部で勉強して、司法試験や司法書士、行政書士などの国家試験に挑戦して合格することができるのですから。

 

 ――今後の研究テーマは?

 残された期間はあまり長くはありませんので、これもまた答えにくい質問ですね。やっておきたいことの一つは、憲法制定時期のさまざまな事がらの再確認です。なんせ生まれる前のことなものですから。もう一つは、ロシア憲法でしょうか。東海大学はソ連時代から交流を続けてきていますが、私自身はロシア憲法を全く承知していません。東海大学の教員として、少しは勉強しておこうかなと思っています。

 

 ――若者にメッセージを。

 夢と希望を持ってそれに向かってがんばりましょう。目標があれば、がんばれるものです。

 

東海大学法学部 教授 吉川 和宏 (よしかわ かずひろ)

1953年3月、北海道芦別市生まれ。71年に上智大法学部に入学し82年、同大学院博士課程を満期退学。84年、東海大法学研究所(現法学部)講師。96年から教授。2006年4月〜12年3月、法学部長を務める。