オピニオン

経済に必須な金融、投資は「社会貢献」の側面も 教養学部人間環境学科 社会環境課程 教授
新保 恵志

2013年6月3日掲出

 東海大学教養学部人間環境学科社会環境課程の新保恵志教授は、専門の金融論・証券市場論の立場から、1997年に実施された金融の自由化・国際化、いわゆる金融ビッグバンを機に激変した我が国の金融環境について分析・研究を行っている。サブプライムローン問題に端を発し世界経済が混乱をきたした、米金融大手のリーマン・ブラザーズの破綻から4年半。金融機関の社会的な存在意義とは何か、私たち消費者は、どう金融機関とつきあっていけばよいのか。【毎日新聞社デジタルメディア局 松沢敬介】

 

 ――5年4カ月ぶりに東証平均株価が1万5000円を回復しました。巷間(こうかん)言われる「アベノミクス」の評価は。

 アベノミクスの基本方針、いわゆる三本の矢は、「機動的な財政政策」「大胆な金融政策」「民間投資を喚起する成長戦略」です。財政では、国債増発による公共工事の増加、金融では、日銀が国債を無制限に買い続ける、という政策です。3番目の成長戦略は、6月に産業競争力会議で方向性が固まり、現在はまだ姿が見えない状態です。

 ですが、農業、福祉、医療といった分野での規制緩和が、中心になっていくものと思われます。過去の歴史をひもとけば、自由競争制度の下では、保護された産業が延命に成功した事実はありません。米の代表的産業だった自動車産業は保護されていましたが、日本企業などの攻勢にあい、大手のゼネラル・モーターズも一度倒産しているわけです。成長戦略では、国内の保護されている産業にもメスを入れていく必要があるでしょう。具体的には、株式会社組織の農業への参入であるとか、農地法の改革、医療面では診療報酬制度の改革です。

 アベノミクスは今のところ、景気が良くなるという人々の期待を高めるという意味では、成功しています。ただ、手放しで成功するか、と問われれば、成長戦略で、競争導入的な政策を打ち出すことができるかどうかにかかっている、と言えるでしょう。

 

 ――民間企業の一部では、賃上げの動きも見られます。

 アベノミクスの要諦の一つに、物価上昇率2%の目標があります。半年で1ドル20円近く円安が進んだことで、物価目標は達成できる可能性がでてきました。しかし、もう一つの目標である名目経済成長率3%の達成には、私の試算では5〜6%の名目賃金の上昇が不可欠です。

 自動車や電機など輸出関連産業が、円安で得た利益をある程度、従業員に還元しても、賃金ではなく賞与などの一時金で報いる形が主流になっています。これだと年収ベースで3〜4%程度の上昇にとどまります。円安により収益が圧迫される業界もあることを考えると、賃金が首相の思うような形で上昇することは考えづらいですね。株価上昇などによる資産効果で消費が増加する、などの副次的効果がないと成長率3%の達成は難しいでしょう。

 

 ――バブル崩壊後、日本経済の「失われた20年」が転換するわけではないのですね。

 これまでも日銀のスタンスは金融緩和でしたが、今回のような無制限な金融緩和継続という政策はありませんでした。かなり踏み込んだ政策を実行している、という点では評価はできます。

 しかし、日本経済にはぬぐいきれない不安感があります。不安感の根っこにあるのは、社会保障・年金問題。この問題が大きな重荷になっています。この問題を取り除くためには、私たち国民全員が痛みを分かち合う政策が必要になってきます。

 例えば、消費税率は来年4月から5%から8%に、再来年10月から10%に上がるわけですが、年金制度を維持するためには、20%の消費税率が避けられないものになります。将来、子供たち孫たちの世代が安心して生活設計するために、消費税増税を説明することが政治家に求められている役割です。この年金制度の問題を解決に導いていくというのは、アベノミクスで行うべき重要な施策であろう、と考えます。

 

 ――社会保障と財政の問題ですね。教養学部人間環境学科社会環境課程のカリキュラムは、環境、福祉、ビジネスを組み合わせた形をとっています。

 経済を経済のみで語るのは、今の時代に合いません。経済成長すれば二酸化炭素が発生し、環境問題を考える必要が出ます。経済発展で、女性が働きたいという意欲を持てば保育所の問題、育児の問題が出てきます。経済・ビジネスと環境、福祉の問題は切っても切れない関係なのです。

 40年前、私が学生時代に経済を学んでいた頃は、理論や数学を使って経済を解明するという学問でした。大学を卒業後、銀行に就職すると、融資先の企業が環境問題を扱ったり、福祉ビジネスを行っていたりするわけです。経済や金融に、こうした分野を有機的につなげていくことが、ビジネスの中で求められたわけです。

 銀行員時代には、お金の問題だけを扱っていれば良いわけではなく、環境問題や福祉問題などを含め、社会的にどのような貢献ができるか、を考えて仕事をする必要がありました。そのようなことをずっと銀行勤務時代に考えていた結果、大学で教えるようになっても役立っているのかもしれません。

 

 ――金融教育に関わる分野もご専門です。

 50代以上の人をターゲットにして、為替レートや平均株価が一定の水準に達すると、大損するような金融派生商品(デリバティブ)を組み込んだ商品を銀行や証券会社が販売して、高齢者が大きな損害を被る例が少なくありません。リスクの高い金融商品を勧められるままに買ってしまう。国民生活センターに苦情として届けられただけで年間4万件にも達しています。

 危ない金融商品を売ることも問題ですが、消費者もしっかりした金融知識を持つ必要があります。「金融は難しい」「デリバティブといわれて理解できない」とあきらめてしまうのではいけません。2008年に「金融商品とどうつき合うか」(岩波新書)という本を書きましたが、高い利回りの背後に高いリスクがあるという「リスクとリターンの関係」という金融の大原則を理解することが、重要なのです。

 最近表面化した、米MRIインターナショナル資金消失問題もそうですが、国債の利回りが1%を下回っている市場の状況で、「金融商品の利回りが5%とか10%というのはおかしい」と考えるのが順当なのです。こうした投資を行う際の基本的な考え方を身につけるべきなのです。

 

 ――投資を行ったり、融資を受ける際に金融機関とどのように関わっていくことが肝要になるのでしょうか。

 多くの人がイメージする銀行と、今の銀行は、かなり異なってきています。融資をして利益をあげるというビジネスが難しくなる中、金融機関が力を注いでいるのは、金融商品を販売して手数料を上げるというビジネスです。それが先ほどの金融商品をめぐるトラブルにつながっています。

 また、大企業には融資をするが、町工場には貸さない。金融機関がこういった短絡的な姿勢に陥っているのでは、と感じる時があります。「クレジット・スコアリング・モデル」で企業を点数化して、融資の可否を決定するところもありますが、そうではなく、融資先の企業の持つ技術力や潜在成長力、経営者が持つ資質などを総合的に見極めることが金融機関としてのあるべき姿ではないのでしょうか。

 企業の成長がなければ銀行の成長はありません。銀行だけが成長して、企業が成長しない経済はありえません。銀行が、手数料を追い求めるビジネスを続けていては、信用を失いかねません。日本には、特異な技術を持つ中小企業が数多くあります。最近では多額の利益を出している銀行が、小額の貸し倒れを恐れて成長性のある中小企業への融資をしない、というのは問題です。地道に中小の企業を調査して、有望とあれば融資を実行する、そうすることで、銀行も成長する。銀行融資に「蛮勇」があっても良いのではないでしょうか。

 

 ――経済や金融に関心を持つ学生や受験生にメッセージを。

 最近の学生はおとなしい人が多いので、ぜひさまざまな挑戦をしてほしい。それと、今自分の身の回りのモノや出来事を当たり前と受けとめるのではなく、立ち止まって考える作業をしてほしいのです。例えば「携帯電話」。これは昔は無かったもので、人間が工夫して、考えて作り出したものです。何も考えず便利だと思って使っているのですが、この道具は、過去の人たちの発明や工夫で、今の生活を支えているモノなのです。

 何を作れば、私たちが便利になるのか。今有るものが当たり前、ではなく、なぜこれが商品化されたのか、なぜ携帯電話が商品化され、スマートフォンが商品化されたのか。それを考えることで、これから自分たちの生活に必要なものは何かを考えるきっかけにしてもらいたいのです。それが「ビジネス」につながっていきます。これからの学生には、アイデアが求められるようになります。基礎的な知識が無いとアイデアは出すことはできません。ぜひ考える作業をしてください。

 

 ――今後、取り組んでいきたい分野があれば教えてください。

 中学生や高校生に出前授業をしたいと考えています。もちろん無料で。金融もそうですが、株式会社って何なの?投資って何なの? ということを若い人に伝えることができれば。

 ソニーも昔は、従業員十数人の会社でした。ソニーが大きくなって、全世界で20万人弱の人が働く会社になったわけです。このことは、全世界の経済活動の発展に貢献したという意味を持ちます。そのソニー株を買った投資家は、雇用を生み出す社会貢献に加わった、ということです。そのような考え方、視点を中学生や高校生にわかってもらいたいと思います。

 社会貢献というと、震災のボランティアのようなことに意識がいってしまいがちですが、株式投資、資金提供も立派な「資金ボランティア」です。少額でもベンチャー企業や中小企業に資金が流れると、成長をしていく仕組みが社会にあるわけです。株式投資は、株価の値上がり分を取ってもうけを得ることが重要な事ではなく、そうした株式投資が持つ社会貢献にこそ、大きな意味があるのだと考えます。株式投資には「あぶく銭を得る」というイメージがありがちですが、そうではなく「社会貢献の一種」であるという側面があることを若い人には理解してほしいと考えています。

 

教養学部人間環境学科 社会環境課程 教授 新保 恵志 (しんぼ けいし)

石川県生まれ。1978年、一橋大学経済学部卒業。同年、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。82年日本経済研究センター出向、84年日本開発銀行調査部配属、88年住友信託銀行入社、調査部配属。97年4月に東海大学教養学部助教授、2002年4月より東海大学教養学部教授、現在に至る。専門は、日本経済論、金融論、証券市場論。著書に、『金融商品とどうつき合うか』(岩波新書)、『金融・投資教育のススメ』(共著、金融財政事情研究会)など。