オピニオン

ヨーロッパをキリスト教美術から読み解く 文学部ヨーロッパ文明学科 准教授
金沢 百枝

2013年5月1日掲出

 ヨーロッパ美術というと古代ギリシャの彫刻や「ルネサンス」「印象派」などが浮かぶ。東海大学文学部ヨーロッパ文明学科の金沢百枝准教授は、ヨーロッパが現在の形を作り始めた重要な時代である中世のキリスト教美術を通して、「ヨーロッパとは何か」を研究している。理学博士号も持つ異色の美術史家が語る中世の魅力とは。【毎日新聞社デジタルメディア局 銅崎順子】

 

 ――中世ヨーロッパのキリスト教美術がご専門です。

イタリア・トルチェッロ島の「サンタ・マリア・アッスンタ聖堂」にて

 ロマネスクと呼ばれる11〜12世紀ごろにかけての時代を研究しています。ロマネスク期の建物、特に教会ですが、アーチは丸く、柱頭彫刻(柱の上部の飾り)が古代ローマに比べて多様なのが特徴です。天井も後代と比べると低いので、ちょうど良い高さに柱頭彫刻が見えます。

 後のゴシック期の聖堂は、尖ったアーチが特徴です。ルネサンスやバロック期には、古代ローマ建築由来の三角屋根の破風や巨大な円蓋を作りました。バロック聖堂には「どうだ大きいだろ」と圧倒的な権力や美を誇示しているところがありますが、ロマネスクの聖堂は人のサイズと言いましょうか。入ると包まれるように居心地がよいのです。

 ロマネスクの教会の多くは、後の時代に都市部では多くが建て替えられました。 ロマネスクの教会は田舎に残っていることが多いのです。だから必然的に旅が多くなります。

 中世はヨーロッパの基礎ができた時代です。都市ができはじめ、封建制が形作られ、ローマ教皇の力も強くなっていきます。 十字軍やイングランド征服、シチリア王国の誕生もこの時代です。 美術も革命的に違います。今の人から見たら「下手な絵」と思われるでしょうが、教会の床のモザイク画は、シンプルでわかりやすいものです。ポスターを思い出してください。ポスターは平面です。何か伝えたいことがあるときは平面がよいのです。この時代を通じて「ヨーロッパとは何か」に迫りたいと思っています。

 

犬とウサギの彫刻

 ――魅力はどこですか。

 かわいいところです。教会の一部に犬とウサギの彫刻があります。かわいいでしょう。ヨーロッパには「かわいい」という概念があまりないらしく、西洋人とは違う切り口で見えるのでおもしろいですね。このほかにも牛や鳥、人魚やドラゴンなど、よく見るといろいろなものがいるので見つけて喜んでいます。

 研究的な側面からいうと、教会なのに非キリスト教的なものがなぜあるのか。子孫繁栄を祈ったものであるとか、キリスト教以前の宗教に関わっているとか、キリスト教的な解釈を求めるものとか、いろいろな説があります。今データを集めている段階ですが、私は聖域を表しているのではないかと考えています。教会の内部にはないからです。

 

 ――ロマネスクとはどんな時代だったのでしょうか。美術にもそれが反映していますか。

 11世紀、イギリスではノルマン人がフランスから渡ってきて、イングランドを制圧しました。その時、諸侯が4000から200ほどに減りました。少数で治めるので、豊かな諸侯が誕生し、ロマネスク様式の新しい教会を建てました。地中海のシチリアでは、ノルマン人がアラブ人を制圧します。ここでも富の集約があり、イスラム様式の天井、ギリシャのモザイクなどを使った新しい教会が建てられました。

 柱頭彫刻の種類は、古代ギリシアやローマではパターンが限られていたのですが、ロマネスクには無限大になりました。いろいろと表現したいことが増えた時代だったのでしょう。

 

 ――教会建築など美術の楽しみ方を教えてください。

 ヨーロッパではぜひ、教会を訪ねてほしい。教会には、建てられたそれぞれの時代の一番良いものがあります。絵画は美術館に移されたものも多いですが、壁画や天井画、ステンドグラスは教会にあります。

 骨格やアーチの形を見るとその建物が何が言いたいのか分かります。大英博物館は、ギリシャ神殿を模したものです。収蔵品をみんなに見せるための建物です。19世紀の創建時、民主制の祖ギリシャとの繋がりを表現したかったのでしょう。またイギリスの国会議事堂「ビッグベン」は、教会堂でもないのにゴシック様式風です。中世の大聖堂をまねしているのです。これは「我が国は中世に起源がある」と言っています。ナショナリズムですね。

 アーチや柱頭の装飾、窓の形などがポイントですが、何でもよく見ると、いろいろなものが見えてきます。見慣れたものでも何か発見があると思います。最近、展覧会の絵を見て文章を書いてほしいと依頼されたので、改めてその絵をよく見ました。何度も見ていた絵なのですが、「あれ、鳥が指輪をくわえている」「この植物は何カ所も描かれているけれど、何の植物だろう。これだけ種類がわからないなぁ」など、新たな発見がありました。

 

 ――ヨーロッパ文明学科の特色について教えてください。

 ヨーロッパを歴史だけでなく、いろいろな側面からアプローチしています。文学部ですと一般的にテキストで学びますが、芸術や科学史、哲学、言語学などを使い、文化的な人々の暮らし、営みからヨーロッパを読み解いていきます。私は通史ももちろん講義しますが、モザイク画をつくる実習もしています。石を割るところから始めます。多角的な視点を養うためです。「よく分からないけれどヨーロッパに興味がある」という人は、深く学べます。

 

 ――最初は理学部に進まれたそうですね。どんな学生だったのですか。

 展覧会に行ったり、映画を作ったり。理系だったけど文系が得意でした。学生時代に大病を患い、好きなことをして生きていこうと決めました。生き物の形に興味があったので、植物学に進んだのですが、あるとき気付いたら、植物をすりつぶしていました。私は何に興味があるのかと問い直しました。理系は世界を知るためにあるけれど、私は人のまなざしのほうに興味があるのではないかと思い、以前から興味のあった美術の世界に変わりました。

 

南イタリアの八角形の城「カステル・デル・モンテ」にて

 

 ――今後取り組んでいきたいテーマは?

 中世の人々の世界観の移り変わりでしょうか。例えばドラゴンの翼はロマネスク期の絵にすでにありますが、文章ではっきりと翼があると書かれるのは13世紀です。形の方が先行しているのは興味深いです。ロマネスク期は怪物や動物など訳の分からないものが生まれた時代でした。肩の力が抜けていて、へなちょこでのんびりしていて、ゆるやかでおおらか。モザイク画なんてまっすぐにならないところが良いです。2000年ごろから欧米でもロマネスクとは何なのかと問い直しが始まっていますが、ロマネスクのおもしろさを日本に紹介していきたいですね。

 古代から中世の床モザイクの研究もしています。壁は戦争などの混乱で破壊されることが多いですが、床まではがされることは少ないので、結構、残っています。アーカイブを作っているのですが、ロマネスクらしさ、ヨーロッパらしさがわかるのではないか、と考えています。

 

 ――若者へのメッセージをください。

 一瞬一瞬を大事に生きてください。自分で考えて行動してほしいです。そして、本を読み、美術館にも行ってください。

 

◇金沢准教授からおすすめの本を紹介してもらいました。

<中世美術を知るために>

『イタリア古寺巡礼シチリア→ナポリ』(金沢百枝・小澤実、新潮社、2012年)

『大系世界の美術11 ロマネスク』(柳宗玄、学習研究社1972年)

『天使が舞い降りるところ』(辻佐保子、岩波書店、1990年)

<学生時代に影響を受け、学生にもすすめたい本>

『豊穣と再生』(ミルチャ・エリアーデ、せりか書房、1974年)

『偶然と必然』(ジャック・モノー、みすず書房、1972年)

『イメージと人間』(ロジェ・カイヨワ、思索社、1988年)

<小説・エッセー好きの学生に>

『犬隠しの庭』(多田智満子、平凡社、2002年)

『Xのアーチ』(スティーヴ・エリクソン、集英社、1996年)

『ほんとうはちがうんだ日記』(穂村弘、集英社、2008年)

『キンディッシュ』(阿部日奈子、書肆山田、2012年)

 

文学部ヨーロッパ文明学科 准教授 金沢 百枝 (かなざわ ももえ)

東京都生まれ。’97年、東京大学大学院理学系研究科植物学専攻にて博士号(理学)、2007年同大学大学院総合文化研究科にて博士号取得。’00〜’01年ロンドン大学付属コートールド美術史研究所留学。専門はロマネスク美術。著書『ロマネスクの宇宙―ジローナの《天地創造の刺繍布》を読む』(東大出版会、2008年)。2011年、島田勤二賞受賞。共著に『イタリア古寺巡礼シチリア→ナポリ』(新潮社)2012年など。新潮社とんぼの本HPにて【キリスト教美術をたのしむ】連載中。