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椎間板再生医療の実現を促進 細胞の分化の過程明らかに 医学部整形外科学 准教授
酒井 大輔

2013年4月1日掲出

 日本人の約1000万人が悩む腰痛。姿勢の良しあしから心因性まで原因はさまざまだが、主なものは椎間板(ついかんばん)ヘルニアなど、椎間板の障害とされる。実は、椎間板については研究が少なく、分かっていないことが多いという。東海大学医学部の酒井大輔准教授らの研究グループは12年12月、椎間板の幹細胞を識別し、細胞表面のたんぱく質から分化の過程を分析できるようになったとの研究成果を発表した。幹細胞はさまざまな細胞に分化できる性質があり、椎間板の再生医療に一歩を踏み出した。【デジタルメディア局・岡礼子】

 

 ――椎間板について、教えてください。

 椎間板は、人間の背骨を形作っている軟骨で24個あり、骨と骨を連結する役割を担っています。体内には顎(あご)関節や鼻骨など、さまざまな軟骨があって、それぞれ構造も組成も違います。椎間板は人体の軟骨では最大で、円盤形をしています。円盤の外側は、繊維でできたチューブのようになっていて、内側にゼリー状の髄核があります。体重に耐えるため、髄核が水を含んで圧力を保つ「タイヤ」のような構造になっているのです。

 ゼリー部分が減ってしまうと、「タイヤ」がパンクしたようにぐらぐらしてきます。そしてある時、重いものを持ち上げようと力を入れた瞬間などに、「タイヤ」に穴があいて髄核が飛び出してしまうのです。これが椎間板ヘルニアです。ヘルニアは、椎間板の変性としては初期の症状で、もっと進行すると、椎間板自体が無くなったり、骨が変形したりします。神経を圧迫しやすい場所にあって、ひとつひとつの神経は腰椎なら下肢、頚椎(けいつい)であれば首や手の運動機能、筋肉、血管の働きまでコントロールしているので、椎間板を傷めると、坐骨神経痛や下肢のしびれといった症状が出てくるのです。

 背骨は、私たちの体で一番重い胸郭と頭を支えて、バランスよく立ったり座ったりするために、S字形に湾曲しています。その形を保つことが大事なのですが、年齢を重ねて筋力が落ちたり、関節が磨耗したりすると、背骨が曲がってしまいます。また、過度に筋力が弱かったり、姿勢が悪い場合には、通常の老化以上のスピードで、問題が生じます。現代は高齢化社会ですから、長く生きることで、さまざまな部位が変形し、腰椎や頚椎の疾患の原因になるのです。

 

 ――一般的な疾患なのに、研究は少ないそうですが、なぜでしょうか。

 椎間板は、人体で最大の「無血管臓器」です。血流がないので、栄養も乏しいですし、細胞の増殖や、修復などの作用が起きにくい。椎間板ヘルニアなどで手術をした患者さんから同意の上、採取した椎間板組織と幹細胞(高い自己複製能力を持ち、ほかの組織の細胞に分化できる未熟な細胞)の割合を調べた研究によると、10代では7、8割が未熟な細胞なのに対し、30代後半になると2割以下でした。一般的には、30代後半を過ぎると、椎間板の中にはポテンシャル(潜在性)の高い細胞はいないということになります。

 そのため、筋肉などの細胞と同じように採取してみても、死んだ細胞がほとんどで、一般的な培養方法では、なかなか成功しません。培養するにもノウハウが必要で、研究がしにくいのです。さらに、椎間板の変性は、心筋梗塞(こうそく)や脳梗塞のように死に至る病気ではなく、ヘルニアを切除したり、背骨を固定するといった対症療法で、ある程度の状態を維持できることも、理由の一つでしょう。

 

 ――そんな中、椎間板に関連する疾患の予防と対策の研究をされているのですね。

 東海大学としては1996年ごろ、私は2000年ごろに研究を始めて、実績を積んできました。研究者も研究論文も少なく、始めは分からないことばかりでした。椎間板の「チューブ」の内側にある髄核の細胞に、ほかの体内組織と同じような修復能力があるかどうか、ということさえわかっていなかったのです。

 昨年末に私たちが発表した研究成果とは、まず椎間板内の細胞を識別し、その細胞の増減や修復をコントロールするニッチ(細胞を囲む環境要因)の一部を明らかにしたことで、これはこれまで世界的に報告がなかったものです。さらに、複数の細胞から幹細胞だけを分離する方法を見出し、細胞表面にあるたんぱく質の組み合わせを調べることで、一番未熟な細胞から、より成熟して椎間板の細胞に近い状態になっていく過程の、どの段階にあるか分かるようになったのです。

 これで、例えば椎間板ヘルニアの手術の際に、特定の細胞がどの程度減っているかを診断できるようになり、それを増やしたり、減らしたり、あるいは活性化する治療のスキームが組めるわけです。椎間板に幹細胞を移植しようとする時も、人工多能性幹細胞(iPS細胞)やES細胞(受精卵からつくる胚性細胞)を注入しただけでは、その細胞が椎間板の細胞に分化していくかどうか分かりません。移植した後で細胞表面のたんぱく質を調べて、椎間板の細胞に近いものに分化したかどうか判断できるようになります。

 椎間板の幹細胞は、自己複製能力が高く、同細胞のクローンからは骨、脂肪など、椎間板以外の組織に分化できることも分かりました。骨折させたマウスに、椎間板の幹細胞を移植すると、その細胞が骨になって機能するのです。さらにポテンシャルが高くて、神経細胞に分化できる細胞も発見しました。将来は、神経を損傷した場合などでも、椎間板由来細胞を保存しておいて、神経細胞として使うことが可能になるかもしれません。また、たいていの場合は、椎間板の細胞は椎間板の内部でしか生きることができませんが、発見した幹細胞は皮膚の下で椎間板の組織を作ることが可能であることも明らかになりました。

 

 ――今は、どのような治療法があるのですか。

 世界で多く行われている治療は、悪くなった椎間板をきれいに取り除き、上下の骨をくっつけてしまう方法です。その部分の椎間板は無いことにしてしまう。ほかに、人工椎間板を入れる方法もありますが、合併症のリスクがあります。

 体内には、股関節やひざ関節など、人工関節がうまく機能する場所もあって、磨耗した軟骨を取り替えながら、10〜20年、歩くことも可能なのですが、いずれも関節が一つの部位です。椎間板は23個もあって、神経も近いので、あまりにも負担が大きい。欧米などでは、人工椎間板を入れる治療をしていますが、1、2年でずれてしまう例もあって、うまくいっているとはいえませんし、日本では、承認もされていません。椎間板の損傷を根本的に修復する治療法は、今のところ存在しないのです。

 椎間板を維持するためには、できるだけ早く変性を察知して、細胞がまだ元気なうちに対応することが必要です。方法としては、元気な細胞を移植することのほかに、体内の環境を改善するためにダイエットをしたり、筋力をつけて、バランスを整えるといった指導もしなければなりません。椎間板の細胞の状態を判断する基準が分かれば、的確な診療方針を立てることができるでしょう。

 

 ――変性の大きな原因は加齢ですか。

 加齢といっても、50代でまったく問題がない人もいるし、椎間板が変性しているのに痛みがない人もいるので、科学的に調べる必要があります。しかし、明らかに変性があってヘルニアの痛みがある患者さんの場合は、取り除かないと痛みは取れない。椎間板ヘルニアが多く起きる年代は30〜40代の壮年期で、体に負担がかかる生活が原因になっていることが多いです。

 過去のデータでは、椎間板への圧力は、直立している時を1とすると、横になっている時が半分で、座っている姿勢が1.5倍。中腰は2倍以上になります。20キロの荷物を持つと4倍です。引越しや運送業で働く人は、普通の人より大きなリスクを背負っていることになります。重い荷物はなるべく中腰で持たない方がいいでしょう。

 ぎっくり腰のような、急性の腰痛のほとんどは椎間板が原因ではなく、筋肉の中を通る神経が炎症を起こしているためです。そういう時は、横になって負担を減らしてください。「寝る」という治療法が一番いいと思います。

 

図)椎間板幹細胞由来コロニー Sakai D et al. Nature Communications. 2012;3:1264より抜粋

 

 ――近い将来の治療法としては、どのような方法があるのでしょうか。

 現在、東海大学で臨床研究をしているのは、20代で椎間板が変性し、背骨を固定しなければならないほど症状が悪化した患者さんで、手術の際、固定して使わなくなる場所の椎間板の細胞を採取し、上か下の椎間板に移植するという治療法です。10例実施して、安全性を確認している状況です。あと1、2例の経過観察を終えれば、日本で初めて椎間板の高度先進医療として、治療できるようになります。ただ、この治療法は対象が限られています。現段階では幹細胞の研究とは関連しませんが、将来は、再生治療につなげていきたいと思っています。

 

 ――iPS細胞の可能性について、どのように考えていますか。

 安全性が保証される見通しがたてば、椎間板の細胞に分化させるなどの方向性が考えられると思います。東海大学は、京都大学、米カリフォルニア大学、スイスの研究所などと共同で、iPS細胞に関わる研究を始めました。今はまだ、細胞が分化していく段階を調べるには、われわれが椎間板の研究で確立したような、たんぱく質の発現状況を分析する方法しかありません。iPS細胞を使った網膜治療の臨床研究が始まっていますが、細かい細胞の分化の過程が分からないまま進められている状況です。そのため、分化の過程を検証する研究をしていく予定です。東海大学が主導する研究になるので、春からカリフォルニア大サンディエゴ校でプロジェクトの運営にあたります。椎間板再生については、最先端の研究です。

 

 ――椎間板の研究を始めたきっかけを教えてください。

 研究者が少なく、難しい研究だとわかったので、挑戦してみようと思ったからです。大学院に入る前は研修医をしましたし、整形外科医として2年間、診療もしました。外来に来る患者さんの半分くらいは腰痛、肩こり、首の痛みなどですが、今の治療は、痛み止めを処方したり、温める、引っ張るといった古典的な方法です。手術でも根治しません。より根本的な治療を開発する必要を痛感したのです。

 椎間板のほかに、脊柱側弯(せきちゅうそくわん)症も研究しています。これは、成長するにつれて背骨がねじれてしまう病気で、11〜16歳の思春期の女子に多く発症します。50〜100人に1人の割合です。原因は椎間板だけではなく、多くの遺伝子が関与するため、よく分かっていません。大きく曲がってしまうケースもあって、そうなるとバランスが悪く、体の片側ばかりに体重がかかるため、椎間板も傷みます。症状が重いと手術をして鉄の棒を埋め込み、真っ直ぐになるように椎間板を固めるため、椎間板がほとんど機能しなくなることもあります。

 椎間板の研究成果を生かせば、手術の時に患者さんから椎間板の細胞を採取しておいて、将来その細胞を使うことが可能になるかもしれません。あるいは、安全な「万能細胞」が使えるようになるかもしれません。脊柱外科医として、脊柱側弯症の子供たちが腰痛などに悩まずに生きてほしい。そのために治療法を改良しなければならないと思っています。

 

 ――若者や後輩へのメッセージをお願いします。

 僕は小さい頃、海外で過ごした経験から、いずれどこかの町で開業医をするとしても、一度は自分が治療にあたっている分野での世界の頂点や、その広さ、深さを知るべきだと思っています。若い整形外科医には、本で読んだことをベースに治療をするのではなく、細胞や組織がどのような形をしているか、自分の目で見て治療にあたることが大事だと説いています。実は、顕微鏡をのぞいたことがないまま、手術をしているような医師も少なくないのです。東海大学では、ほとんどの医師が一時期は研究をします。さまざまな角度から治療方針を、理論的に説明できるようになると思います。

 東海大学は、共同研究のための施設が充実しています。僕の椎間板の研究も最初は、ほかの診療科の先生に意見をもらって始めたのです。大学によっては、横のつながりが少なく、科を横断した指導が受けにくい場合もありますが、よい研究環境を求めることも大切だと思います。そんなフィールドが母校にある事に感謝しています。

 

医学部整形外科学 准教授 酒井 大輔 (さかい だいすけ)

1999年東海大学医学部卒業。2005年東海大学大学院医学研究科修了。2008年医学部講師、2012年より現職。専門は整形外科学、脊椎脊髄病学。小児や高齢者の脊柱側弯症(そくわんしょう)などの高度な技術を要する手術治療を実践する傍ら、椎間板の再生医学研究にも従事。2012には様々な脊椎疾患の引き金となる椎間板障害の一因が幹細胞の消耗である事を発見し、Nature Communications誌に掲載された。