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私の記念碑

表現者たちが転機になった一作を語ります。

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バンドネオン奏者・小松亮太の「ブエノスアイレスの四季」 「革命児」の挑戦受け継ぐ

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=根岸基弘撮影
=根岸基弘撮影

 電話をかけては断られる毎日だった。1990年代半ば、自身のバンドを結成し、出演先を探していた小松亮太は情報誌『ぴあ』に掲載されているライブハウスの番号をひたすらダイヤルしていた。

 「バンドネオン弾きの小松です」「タンゴをやっているのですが」。必死に売り込むも、「バンドネオンって何ですか」と判で押したように冷たくあしらわれた。「今から考えると信じられないのですが、タンゴと言うだけで電話を切られました」。小松は当時を振り返る。

 そんなある日、「ピアソラの曲とかやるのですが」と言ってみた。クラシックやジャズなどの要素を取り入れ、斬新なタンゴを創造したアルゼンチンのバンドネオン奏者、アストル・ピアソラ(21~92年)。「タンゴの革命児」とも呼ばれた巨匠の名が名刺代わりになった。「それからライブハウスに出始めて、お客さんも5人ほどずつ増えていきました。やがて、ホールでもコンサートをしようとなったのです」

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