オピニオン

色彩計画で港を憩いの場に 企業の自主的努力促す仕組み作り 海洋学部 環境社会学科 教授
東 惠子

2012年11月1日掲出

 大型コンテナクレーンや倉庫が並ぶ清水港(静岡市清水区)。国際拠点港湾として発展してきたこの港は、産業港ゆえに殺風景で、かつては市民が足を踏み入れることがなかった。しかし今、親水エリアとして年間880万人が訪れ、市民の憩いの場にもなっている。富士山が見える港の景観を生かし、それに調和した人工景観を創出した「清水港・みなと色彩計画」によるものだ。プランの立案から20年間アドバイザーとして関わる東海大学海洋学部環境社会学科の東恵子教授に聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 江刺弘子】

 

 ――まず「清水港・みなと色彩計画」について教えてください。

 清水港は神戸港、長崎港と並び、日本3大美港といわれ、富士山を借景にした美しい港です。この素晴らしい風景を生かすように、建築物・工作物に定められた色を取り入れたのが「清水港・みなと色彩計画」です。

 約500ヘクタールの臨港地区にある建築物、工作物は、シンボルカラーと位置づけるアクアブルーとホワイトを一部に必ず入れることになっています。特徴的なのは、強制力のない仕組みです。計画の実施には事業者の届け出制にしていることです。塗り替えや改築、耐震工事などの時期を事務局に届け出てもらい、その時期にあわせて清水港の風景を創る色彩計画に協力してもらうのです。

 具体的な配色計画は私の研究室で取り組んでいます。企業にはそれぞれCI(コーポレートアイデンティティー)カラーがあり、プランに参画してもらうには多くの課題もありましたが、そこは協力を得やすい色彩構成を提示したり、CG(コンピューターグラフィックス)を用いて具体的なイメージを持ってもらえるようにアドバイスをするなど、企業が参画しやすい体制も整えています。

 

 ――「清水港・みなと色彩計画」に取り組むことになったきっかけは?

クレーン施工前

 1990年に静岡県清水港管理局企画振興課の声かけで、市民も立ち寄れない産業空間を暮らしの視点から協議する「レディズ・マリン・フォーラム」が設立され、20〜60代の女性23人が集まりました。港湾関係者、アナウンサーなど職種もさまざま。私はその座長を務めました。

 「神戸や横浜、函館のような港になったらいいわね。遊んだり、憩うことができたり、食べたり買い物できる、異国情緒あふれる場所も欲しいね。そんな港になったらいいな」と分科会を作って意見を出し合い1年間、フィールドワークを行いました。その結果を「レディズ・マリン・フォーラムリポート」としてシンポジウムで62の提案をしました。その一つに「みなと色彩計画」がありました。5〜7年に一度、港の建造物は塩害防止のために、塗り替えを行っています。その時期に風景に調和した色を提案できれば、10年たてば富士山に調和した美しい港湾景観ができると考えました。塗り替え費用は、企業の維持管理費で進めていけます。翌年、「色彩計画」を策定する委員会ができました。

 

 ――「みなと色彩計画」は、スムーズに進みましたか。

クレーン施工後

 色彩計画を策定するにあたり、港の利用者である企業・市民にアンケート調査を実施しました。企業からの回答は「協力できない」が約7割でした。理由は「費用がかかる」「企業カラーがあるから」「本社の意向が必要」など、さまざま。本当のところ「これはだめかな。すすめられることができるのかな」と思いました。

 市民からは清水港の将来像を尋ねたところ、「(旧)清水市のビジョンである国際海洋文化都市としてふさわしい港に刷新してほしい」との意見が多くあげられました。また、清水港をイメージする色として7割が「青系」をあげていました。

 

色彩計画配色構成

 

 ――清水港の色はそこから決まったのですね。

 色は言葉と同様に色にそれぞれ意味を持っています。「刷新」を意味する色として抽出したのがシンボルカラーになっている「アクアブルー(色票番号・10B7/8)」でした。

 そこで美しい港づくりを進めるためのシンボルカラーとしてアクアブルーとホワイト(色票番号・N9.5)を定め、▽屋根や壁面など広い面積のところに使うベースカラー▽配色全体の中で線や点に使うアクセントカラー▽企業のCIカラーをアクセサリーカラーとして、それぞれのゾーニングごとの配色と構成を決めました。清水港は、コンテナヤード、タンク群、冷凍倉庫群、チップヤード、海水浴場など多機能です。8つの機能ゾーンの特徴を生かす配色になっています。

 

富国有徳の風景

 

 富士山や駿河湾など360度の眺望が楽しめる国の名勝地、日本平(標高307メートル)から見る清水港は、本当に日本的な風景が浮世絵のように展開されています。ですから清水港を眺望した時に美しい風景となるように、上屋(港湾倉庫)は風景にとけこむベースカラーと設定しています。また、コンテナクレーンは清水港が日本で唯一、シンボルカラーで配色されています。クレーン(crane)は鶴の意味があります。雪を抱いた富士の頂に映え、本当に鶴が舞い降りたように見え、経済と美しさの象徴「富国有徳の風景」です。

 

 ――企業からの協力を得ることのほかにも、ご苦労があったようですね。

 周囲の理解を得られても、法の壁にぶつかったケースもあります。航空法により60メートル以上の建造物は紅白でなければならないと定められています。色彩計画に沿ってアクアブルーとホワイトに塗り替える予定の煙突は145メートル。紅白以外にするには、中光高度障害灯の設置が義務付けられ、その設置には半径5キロ圏内の住民の9割の同意書が必要でした。半径5キロは旧市街地がすっぽり入るのですが、自治会の協力でわずか1カ月で6万5千世帯の同意書が集まりました。また景観に配慮したエリアでなければならないということで、市議会が景観条例を制定しました。また、企業は、塗替え、中光度障害灯設置、赤色障害灯設置で1億1千万円の費用負担をして、塗り替えが実現できたのです。これは私たちの協働の象徴です。

 

中部電力煙突施工前

 ――「みなと色彩計画」の成功のカギはどこにあったのでしょうか。

 色彩計画がスタートした当初、「協力できない」と言っていた企業側が、3年ぐらいたつと約80%が「よいことなので、進めるべきだ」と回答し、驚くべきは「地元企業として当然」との前向きな意見もありました。色彩計画の効果が目に見え美しい景観に変わると、人々の意識も変わってまいりました。

 成功のカギは、企業が自発的に参加できるよう、無理のない仕組み作りに工夫を凝らし、各企業の独自性を持たせたことでしょう。CIを発揮しながら、各事業者の結集力で美しい富士山と対峙する港湾景観を創ること、美しい風景は人の心に感動をよびます。

 今では企業の方が、補助金や減税制度もないのに、本当に積極的に参画しています。近年は企業側が自主的に自社の配色計画を発表する場をもうけています。

 

美しくなった産業景観の前に遊ぶ人々

 

 ――生まれ変わった清水港に対する市民の反応を教えてください。

 清水港を訪れる人の滞留時間は4〜5時間です。その結果や港の空間の使われ方を見て「居心地がいいんだな」と思いますし、朝の散歩やジョギングなど日常的に利用していただいています。私にはこれがとってもうれしいことです。

 清水港開港100年、色彩計画がスタートして8年たった1999年、港の再開発事業が完了し、ドリームプラザやマリンパークといった親水空間ができました。ドリームプラザは民間出資で建設され、映画館やちびまる子ちゃんのテーマランド、すしミュージアムなどアミューズメント施設が入っています。港の風景を見ながら、食べて、買い物ができ、楽しく憩うことができる、市民に開かれた港づくりを提案したレディズ・マリン・フォーラムの願いがかなったことになりました。

 港周辺では野外演劇やフラワーショー、まぐろまつりなども開かれ、清水港は年間880万人が集まる場所となりました。これは私たち、市民・企業・行政・学識のみなさんの協働でつくった環境で、大きな誇りです。

そして何より、各企業の取り組みによる風景づくりは、色彩計画に参加していなかった企業の塗り替えを促進し、植栽・ライトアップなどの取り組みも見られるようになりました。

計画以前の港湾荷約機械テルファー
有形文化財テルファー・ウオータフロント

 

 ――清水港のさらなる変化と課題は?

 港の環境は企業の撤退や新設などで、どんどん変化しています。10年、20年一律ではなく、色彩計画も進化しています。たとえば折戸地区は貯木場でしたが、今はマリーナになっています。人が集まる空間になったので、親しみやすい暖かい配色計画に変更しました。

 課題の一つはソーラーパネルでしょう。メガソーラー建設計画やソーラーパネルを設置する企業が増えています。現在、ソーラーパネルは黒色が主流ですが清水港では黒色は"ご遠慮色"です。今まで築いた景観形成を踏襲することに企業でも協力してくれて、ソーラーパネルのメーカーに「できる限り青色系を」と開発してもらい、色彩計画に添うように努力してくれています。

 清水港の緑化率は低く、しかし企業の敷地内の緑化に取り組んでいる企業もあります。港には、遊休地もありますし、潤いのある景観形成にはもちろんのこと、CO2削減、レクリエーション、防災面での緑化を進めていきたいですね。

 

 ――今後、取り組んでいきたいテーマを教えてください。

 松島、天橋立、宮島と日本三景はすべて海景です。日本は海の国です。しかし、いまだ多くの港は産業に特化しています。各地の港の特徴を生かした景観形成は、地域アイデンティティの核として活性化のカギを握ると考えています。港の魅力は、大自然と活気ある港湾活動、憩いの親水空間、人々の感性を育む港づくりを展開していきたいです。

 

 ――全国に色彩を使った街作りのケースはありますか。

 港湾では、清水港のほかに神戸港や名古屋港をはじめ全国に13港あります。まちづくりでは、景観法が平成16年に制定され、現在景観行政団体が全国557(2012年6月1日)と地域の個性を生かした景観形成に取り組んでいます。清水港では、風景づくりを目標に配色計画をつくりましたが、地区の機能毎に色分けしているケースもあり、アプローチの仕方は地域ごとに異なっています。

 5年ぐらい前のことですが、韓国・釜山港では市街地との隣接エリアのウォーターフロント開発計画が進められていて、韓国海洋建築大学の国際シンポジウムへの招へいで色彩計画の取り組みの話をしてきました。講演の翌月にはさっそく釜山から大学・行政の視察団が清水港に訪れました。先日、釜山に出張に行った清水の知人が「釜山でも色彩計画すすめているよ」と報告して頂き、実際に進んでいるようです。

 

 ――「みなと色彩計画」にもかかわっている環境社会学科を紹介してください。

 2011年に新設学科として設置されました。地球温暖化や海洋汚染、エネルギー問題にどのように取り組むかは国際的にも大きな課題になっています。地球環境と共生をテーマにし持続可能な社会の実現に向けての知識とスキルを学び、社会に活用できる力を担う環境リーダーの人材育成が目的です。海洋学部は理系の学科が多いのですが、環境社会学科は文理融合の幅広い視野で、深刻さを増す環境問題を科学的、社会学的な双方の分野のカリキュラムにより構成されています。社会的視野を重視しながら、輻輳(ふくそう)する環境社会に向けての学習を進めています。

 環境社会の実現には、地域特性に立脚し、社会・経済・環境的に持続可能な都市・地域づくりを目指すこと、市民・事業者・行政など多様な人たちと共に創りあげていかなければなりません。社会の現場をフィールドワークとして、実践の中から学ぶことを積極的に取り入れています。

 1学年80人で、まだ2学年までしかいませんが、1年生の時から「共に拓くしずおか環境社会の新時代」をテーマに、地域と連携した地域公開セミナーを自主企画、運営している30名ほどの学生たちもいます。

 

 ――フィールドワークを中心に進めているのですね。

 特に社会の中で、率先して環境問題に取り組むことの実践力を身に付けた人材育成のため、フィールドワークを行っています。沿岸域には多様な生態系とともに漂流ゴミの問題など、社会的現象もあります。私たちの暮らしのあり方を見つめる大切なフィールドがあります。

 

セミナースタッフの学生達

 ――学生へのメッセージをお願いします。

 学生には大きな期待を寄せています。時代の変化とともに、社会構造も大きく変わっております。前向きに自分たちで社会をつくるという気持ちで臨んでもらいたいです。たくさん勉強して、いろいろなものを見て、創意工夫する経験を積んで、様々な分野の方々と協働してものをつくり上げることを学んで欲しいと思います。

 私の周りの学生たちは、意欲的です。エネルギッシュな彼らを見ているととても楽しくなります。自分の意見を言い、他人の意見も尊重する。その意見交換から新しいものが生まれています。大学時代に多くの人たちと語り共に経験し、豊かな人間性と知識を持った人になってほしいと期待しています。

 

海洋学部 環境社会学科 教授 東 惠子 (ひがし けいこ)

1953年東京都生まれ。1977年、多摩美術大学大学院美術学科修了。1980年、東海大学短期大学部専任講師。1990年同大学助教授、2004年同大学教授に。2007年、東海大学開発工学部感性デザイン学科教授を経て、2011年より現職。専門は環境デザイン、色彩、LANDSCAPEなど。特に景観設計、環境色彩による利便性・便利性・美しさを備えた快適な空間づくりのまちづくりの研究およびデザイン設計を研究テーマに掲げる。 芸術工学会 理事、日本沿岸域学会 理事、土木学会、都市計画学会会員。国や県・市の各種審議会・協議会の委員も多数務める。著作には、「みなととまちの賑わい再生-景観形成からの取り組み」観光文化VOL.202 財団法人日本交通公社、「都市の景観形成への企業の貢献『港湾の景観形成のプロセスと企業群の貢献』」環境経営学会、など多数。また、東京ゲートブリッジ景観・配色デザインや、新湊大橋景観・配色デザインなど、多数の作品も手掛ける。