オピニオン

特別対談 「チーム医療の推進」を目指し、新たな連携 東海大学 医学部 学部長
今井 裕
武蔵野大学 薬学部 学部長
榎本 武美

2012年8月1日掲出

 7月1日、東海大学医学部・大学院医学研究科(神奈川県伊勢原市)と武蔵野大学薬学部・大学院薬学研究科(東京都西東京市)の学術交流に関する協定が締結された。さまざまな職種の医療従事者が連携したチーム医療の重要性が増す中、両大学は互いの強みを生かし、教育、研究など多方面での交流を進めていく。「ぜひ武蔵野大学さんと手を携えたかった」と話す今井裕・東海大学医学部長、「すばらしい話をいただいた」と応える榎本武美・武蔵野大学薬学部長に協定の狙いと展望を聞いた。【聞き手・毎日新聞デジタルメディア局 奥野敦史】

 

 ――協定締結を実現した現在の思いは。

 今井学部長(以下、今井):東海大学は総合大学ですが薬学部がありません。私たちの研究の柱は現在、ゲノム、再生医学、そして創薬で、特に難病や悪性腫瘍の薬の開発に力を入れています。そもそも医学と薬学は切り離せないものですし、薬学の高度な知識を持つ先生方に我々の研究に参加していただければ、もっとうまく進むだろうという思いがありました。

また国の政策として「チーム医療の推進」があります。医師、看護師、薬剤師などが、それぞれの役割をきちんとこなし、チームで質の高い医療をするということです。これまで大学病院の薬剤師は調剤室の窓口で応対することが主な業務でした。しかし、薬の専門知識を持つ薬剤師が、病棟で患者に処方している薬が適正かを判断してこそ、初めて医師との連携がとれるはずです。これらの課題を解決するには、薬学部との連携が必要でした。武蔵野大学とパートナーシップが組めたことを本当にうれしく思っています。

 榎本学部長(以下、榎本):今井先生のお話の通り、薬剤師も病院の中でチーム医療の一員として活躍していく必要があります。さらに地域医療、在宅医療でも他職種とチームを組んだ活動が不可欠です。我々には医師、看護師と連携ができ、薬学の知識を生かせる学生の育成が責務でした。協定でそのきっかけができたことをありがたく思っています。

  武蔵野大学は「薬学研究所」を持ち、薬学分野の基礎研究にも力を入れています。今後、医学部と連携することにより医療の現場、ニーズに合った創薬の研究を進めることができるでしょう。この点でも有意義な連携になると思っています。

 

 ――協定締結に至る経緯を教えてください。

 今井:実は非常に短期間で決まりました。今年に入り薬学部との提携を目指して、さまざまな検討をしました。武蔵野大学にお願いした理由は、まず東海大学とよく似た建学の精神を持っている点です。武蔵野大学は仏教を基礎に、カリキュラムにも「人間関係学」や「人間学」などの授業が多数あります。東海大学も人間教育、人格教育に力を注いできた歴史があります。その共通点が大きな魅力でした。

 2番目の理由は、どこの大学とも連携していなかったこと。そして3番目が学生の学力が高い点です。ここしかない、と決めて3月16日、武蔵野大学に初めて榎本先生を訪ね、すぐに話がまとまりました。

 榎本:我々も医学部と連携せねばならないと考えていたのですが、近隣の医学部は他大学と既に連携をしていて、様子見だったんです。正直なところ、東海大学は地理的に私たちの候補に入っておらず、それ以前にこちらがお願いしても受けてもらえないのでは、と思っていました。

 かなり頭を悩ませていたのですが、3月16日、今井先生がおいでくださり、その場で「ぜひとも」とお願いしました。

 

 ――締結まではトントン拍子ですね。今後の取り組みもかなり深いものができるのでは、と期待します。

 榎本:すでに連携の動きが出ています。武蔵野大学の学生が東海大学医学部付属病院薬剤部を見学させていただき、来年度の採用試験を受けることになりました。

 今井:武蔵野大学の学生さんを来年の病院実習に受け入れる準備もしています。また私たちから武蔵野大学にお願いしているのは、東海大学の各病院で働いている薬剤師を大学院に受け入れていただくことです。経験を積んだプロもより専門性を高めるキャリアアップが必要です。能力が高くてやる気のある現役の薬剤師が、より高いキャリアを積む環境が東海大学にはありません。武蔵野大学の大学院で働きながら学位を取得できれば、彼ら個人だけでなく病院薬剤部の質を高める効果も生まれます。

 榎本:武蔵野大学の大学院博士課程には元々、社会人として働いている薬剤師を受け入れて教育するコースがあります。長年の実績を持っていますので、レベルの高い教育を提供できると思います。

 

 ――両大学の連携の効果が期待できる場の一つが、質の高いチーム医療の実現です。多くの職種が関わるチーム医療では、患者さんはもちろん他職種とも密な交流ができるコミュニケーション能力が必要ですね。

 今井:その通りです。東海大学には医学部の全学年に「医師学」というカリキュラムがありますが、これがコミュニケーション能力を育てる重要な教育なんです。

 例を挙げると、1年生の講座の中にはアナウンサーや航空会社の接遇教育担当の方を講師として迎え、話し方や応対に関する考え方を学ぶ機会があります。2年生は地域の福祉施設での約2週間の実習で介護の仕事を体験し、コミュニケーションが言葉だけではないことを学びます。医学知識がかなりついてくる3年生になると、専門のトレーニングを受けた模擬患者を相手に実際の診察のような医療面接を通じて臨床を学び、4年生は更に模擬患者の検査データを分析して診断をします。5年生からは「病院実習」で実際の診療に参加します。各段階で、コミュニケーションのスキルを磨き続ける、これは東海大学の医学教育の大きな特徴です。

 榎本:医療従事者のコミュニケーションの基盤は「命をどのようにとらえるか」という視点にあるのではないでしょうか。武蔵野大学は大正時代の仏教学者、高楠順次郎博士が設立した仏教系の大学です。仏教にある「すべての命を大切にする」という考え方をベースに、コミュニケーションの基盤を作っていく、というのが私たちの考え方です。

 具体的には1年次から「仏教概説」という授業で、学生自身に命について考えてもらいます。また「自己の探求」という授業では「自分は何をしたいのか」「医療人としてどうあるべきか」を考え、自分を見つめる時間を持たせます。上級学年に進むと「医療倫理学」「死生学」など、人の死を考える時間もあります。グループディスカッションや学外実習など実践的な授業も加え、「慈悲の心を持った医療人を育てる」という私たちの学部の理念に沿った、患者さんに寄り添う心を持った医療人を育てたいと思っています。

 

 ――研究関連の連携はどうでしょうか?

 今井:我々は医学部ですが、研究の「峰」の一つが創薬です。特に難病、がんなどの治療薬の研究に力を入れ、治療効果や安全性を調べる実験施設も充実しています。武蔵野大学の薬学の先生方と一緒に取り組めれば、より研究のスピードも上がるでしょう。

 榎本:武蔵野大学にも薬物動態の専門家や、生薬の研究者、有機合成のエキスパートなど、薬学の中でもバラエティーに富んだ研究者がいます。さらに免疫、アレルギー、脳神経関連など医学系の研究をしている人も在籍していますので、かなり幅広い分野で共同研究ができるのではないかと思っています。

 

 ――求める学生の姿を教えてください。

 今井:東海大学医学部には四つの入学形態があります。通常の一般入試、他大学を卒業した人などが対象の一般編入、付属校推薦、神奈川県の地域枠です。それぞれの合格者はバックグラウンドが大きく違い、年齢も18歳から40歳くらいまでいます。

 学生を選ぶ基準として「感性」が重要だと思っています。学力は必要ですが、そのうえで将来、私たちが目指す「良医」になれる人材か、を知りたい。だから通常の筆記試験に加えて、数学や倫理、社会的な問題をミックスした「適性試験」を行いますし、小論文試験でも、学生のものの見方、感じ方の把握に努めています。

 榎本:チーム医療が進むことで今後、「さまざまな理由で医学部に行くのは難しいが、医療にかかわりたい」と考える人の働く環境が、増えると思っています。学力等のハードルだけでなく、「医師とは違う面から医療にかかわりたい」と思う人もかなりいます。これまでの薬学部の教育は、どちらかと言うと「対薬」が中心でしたが、今後は「対患者」の教育が増える。となると、人に近いところで活躍したい人の入学が増えるでしょう。「対患者」の姿勢を持った薬剤師になるには、患者さんに寄り添える感性と、薬学の基礎をしっかり持ち、仲間と連携できる人材を選び、育てないといけませんね。

 

 ――薬学教育では、06年、薬学部6年制課程がスタートし、全国で薬学部の新設も相次ぎました。

 榎本:ここ数年、入試での薬学部の人気が落ちてきています。背景には4年制から6年制になり、高くなった学費を払って薬剤師になることに、メリットがあるのかという疑問が生じたことがあります。また薬学部が多数新設され、薬剤師が余るという指摘も繰り返しされました。

しかし実際に薬剤師国家試験の受験者数、合格者数はさほど増えていません。また今後はチーム医療の現場で、薬剤師の活躍の場が増えますから、今こそプロフェッショナルな薬剤師になり、医療の中にしっかり根をおろしていくチャンスだと思います。

チームの中で存在感を発揮できる薬剤師を育てることが、6年制に移行した本来の目的です。厳しいというより変化の兆しが出てきた時代と考えています。

 今井:薬剤師、看護師の役割は、医者と並列なんです。医師が診断し、看護師が日常生活を指導し、薬剤師が薬を専門的な知識と言葉で説明すると、患者さんは「安心できる医療を受けた」という実感が持てる。単純に院内の業務を分けるのではなく、患者さんに対し、それぞれの専門家がどう対応するかがチーム医療の最も大事なところです。

 

 ――冒頭に挙げられたもう一つの課題、地域医療への取り組みについてお聞かせください。

 今井:東日本大震災の時、宮城県石巻市に、医師、看護師、薬剤師、事務職からなる医療チームを派遣しました。津波などで薬をなくした人も多く、医師だけでは薬の処方の判断が難しい場面で、薬剤師は非常に重要な存在でした。それは被災地だけでなく、医療従事者が病院の外で活動する在宅医療でも同じですね。

 榎本:今後、在宅医療の現場に薬剤師が出て行くと、患者さんにきちんと薬を飲むようにうながしたり、薬の効果が出ているか、副作用が出ていないかを判断したりせねばならなくなります。症状を聞くだけでなく、体温を測る、脈をとる、触診するなど「フィジカルアセスメント」と言われる行為が薬剤師にも期待されるようになるはずです。例えば薬剤師が聴診器を当てることも可能なんですよ。そこで得た情報は、医師に伝えるわけですが、今までの薬剤師はそんな仕事に慣れていません。してはいけないと思っている人もいます。武蔵野大学は初歩的なフィジカルアセスメントを学ぶ講座を、地域の薬局に勤める薬剤師を対象に開いています。この活動も、今後東海大学の医師の協力を得ることでより充実できると思います。

 

 ――実りの多い連携になりましたね。

 今井:今後は両大学の先生方で個別の連携態勢を作っていくことになります。ぜひ充実した内容にしていきたいですね。

 榎本:一つの大学で医学部、薬学部を持っている大学ではなく、それぞれ別の大学が手を結んだ例として、優れたモデルケースになりたいなと思っています。

 

 ――本日はありがとうございました。

 

東海大学 医学部 学部長 今井 裕 (いまい ゆたか)

1953年10月6日生まれ。1978年慶應義塾大学医学部卒業。2001年東海大学医学部入職。2010年東海大学医学部長に就任。 主な著書として『日本のコロノスコピー(エキスパートに学ぶ心と技) 』:医学書院。『内科学』:朝倉書店。『前立腺癌診療マニュアル』:金原出版。1988年と1993年には、北米放射線学会(RSNA)にてMagna Cum Laude賞を受賞する。 専門は腹部放射線診断、特に消化器および泌尿器。医学博士。

武蔵野大学 薬学部 学部長 榎本 武美 (えのもと たけみ)

1947年2月15日生まれ。1970年東京大学薬学部卒業、75年東京大学大学院薬学系研究科(博士課程)修了。東京大学薬学部准教授などを経て95年東北大学薬学部教授に就任。05年東北大学大学院薬学研究科副研究科長、薬学部副学部長。10年4月から東北大学名誉教授、武蔵野大学薬学部教授。 専門は分子細胞生物学。薬学博士