オピニオン

ソーラーカーレースで連覇 学生は社会で必要とされる力を身につける 工学部電気電子工学科 教授
木村 英樹

2011年12月1日掲出

 路面に引かれた赤い計測フィニッシュラインを東海大学のソーラーカー「Tokai Challenger」(1人乗り3輪)がトップで越えた。拍手とガッツポーズが乾いた大空に吸い込まれた。10月、オーストラリアで開かれた世界最大級のソーラーカーレース「ワールド・ソーラー・チャレンジ」で東海大チームは連覇を果たした。監督は工学部電気電子工学科の木村英樹教授。東海大チャレンジセンターの活動の一つ「ライトパワープロジェクト」のアドバイザーでもある。木村教授に取り組みの過程や学生がプロジェクト活動を通じて得たものについて聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 浜田和子】

 

 ――ソーラーカーレース挑戦への経緯を教えてください。

 木村教授(以下、木村) 1991年に東海大学でソーラーカーを開発するというプロジェクトがスタートし、92年に1号車「かもめ50号」(2人乗り4輪)が製作されました。私は95年に大学教員となり、96年からソーラーカーのプロジェクトに参加しました。2004年までは理工系の研究室の連合チームということでソーラーカーチームは運営されてきましたが、06年からはチャレンジセンターのプロジェクトチームという形で大会に出場しています。

 

 ――「ワールド・ソーラー・チャレンジ」では連覇を果たしましたが、苦労したことはありましたか。

 木村 大変だったのは、開発している時に3・11の東日本大震災があったことです。節電のため夜間の作業ができず、活動は1カ月ぐらい滞り開発が遅れてしまいました。部品も入手しづらくなり、調達の手配をしながらマシンの性能を向上させなければなりませんでした。たとえばMPPTという電子基板の調達で、太陽光発電を制御する回路の新規開発ができなかったため、09年型のソーラーカーから外して調整したものを11年型車両に装着するという対応を選択しました。

 レースまでに一番足りなかったのは時間です。車体の形状を変えてみようといろいろ模索したのですが、残念ながら新しい形を見出すことができず、09年の車体をベースにしたマイナーチェンジという形で車両を製作しました。我々のソーラーカーはルーフが三次元曲面、つまり中央が高く四方がなだらかに下がる立体的な曲面になっているのですが、ライバルチームは板を上下に湾曲させたような二次元曲面のものが多かったですね。うちは空気抵抗を減らすことを優先して作りました。09年のクルマ も3次元でしたが、高さを50ミリ下げたり幅を50ミリ縮めたりなど、サイズを小さくして車体を軽くしました。

 

 ――レースでは初日からトップだったのですか。

 木村 はい。ですが勝敗は最後の最後までわかりません。ゴールラインを切るまで、途中でパンクや事故が想定されるので安心はできないのですが、実力的に勝っているかなと思ったのが初日午後の時点です。マラソンと一緒で、走っていると相手の息づかいもわかってきます。我々は一度抜かれまして、抜いた方はそのままリードを広げるのが一般的ですが、相手はペースを上げるどころかむしろペースを落としてきました。それで性能的にもう余裕がないのだなと感じ、追い越してみたら抜き返しにくることもなく、必死についてきているだけだと感じました。

 5日間も走っていると体力も限界なので、優勝して喜ぶより「やっと終わった」と、胸をなで下ろす感じです。「やったぞ」というのはその時はなかったですね。ライバルチームには「レース準備の時間がなくて大変だ。勝ち負けより、レースに間に合うか間に合わないかだ」という話をしていました。今年は震災と原発の事故があった年だからこそ、我々のソーラー技術を示す必要があると思い、頑張って臨みました。

 

 ――学生たちはどんな作業をするのですか。経験することにより学生はどう成長するのでしょうか。

 木村 まずレースに行くまでが学生にとって大きな課題です。班に分かれて分担で作業を進めます。製作系では組み立て作業をする機械班と、計測機器や発電関係を担当する電気班に分かれ製作を進めます。事務的な部分ではロジスティクスと広報、会計などの担当に分かれて準備をします。ロジスティクスは荷物を船で運ぶ手配や現地の宿泊先の手配をしたり、検査証や技術証明書、安全証明書など、大会本部との分厚い書類のやりとりをしたりします。広報は「facebook」やホームページから情報発信をしたり、チラシを作成したり、それぞれの担当でいろいろな作業がありますね。機械班でかつ会計とか、役割が重複しているメンバーもいます。たとえばマネジャーの瀧淳一君(工学部動力機械工学科3年)は、学生の代表であるけれども機械班も担当し、ロジスティクスも担当しています。

 現地ではソーラーカー以外にエスコートカーやサポートカーが必要です。トラック1台と乗用車が5台。ソーラーカーを入れて計7台。遠征チームは学生が18人、教職員が2人、OBが3人、企業から2人の総勢25人です。30人ぐらいのチームが標準なのでちょっとコンパクトな体制です。遠征費がかかることや、学生が授業期間中でもあるため、できるだけ少人数に絞りました。

 初めて一連の経験をした学生にはインパクトがあったようです。これまでマイペースに過ごしてきた学生も、工程管理などのマネジメントをしっかりやらなければ、という自覚が芽生えてくるようで、当初は時間に間に合わなかった学生が、後半は改善され間に合うようになるなど、成長が感じられました。学生気分でやることは、もはや許されません。企業が最先端の技術で開発したものをお預かりしてレースで試すわけですから、我々が使い方を失敗したら相手の企業に泥を塗ってしまうことになります。責任を持って取り組んでいく必要があるため学生はプレッシャーを感じるでしょうが、その分成長につながっていくのではないかと思っています。

 仮に誰かがミスをするとチーム全体が大変なことになることもあり得ます。だから自分が任された部分はしっかりやるし、任されていない部分に関してもフォローできるよう余裕を持て、と私は学生に言ってきました。余裕を持たないと隙間(すきま)に何かが落ちてしまいます。野球のポテンヒットのように、誰も拾わない場所にものが落ちると大事に至るケースがありますので、守備範囲を広く持つことが大切です。この取り組みで学生は目配せや気配りが必要になり、自然に学ぶことになると思うのです。こうした社会的実践力 を強化するチャレンジセンターの取り組みが、ソーラーカーレースでも生かされています。そういった部分が企業の採用担当の方から高く評価していただく結果につながるのだと思います。

 

 ――留学生も参加していたのですか。

 木村 学生18人のうちサウジアラビアからの留学生が3人います。意外と思われるかもしれませんが、サウジアラビアはソーラーエネルギーに関心が高いです。砂漠ですからもともと日照条件が良好なので、今から脱石油社会を見据え、ソーラーエネルギーを導入し、石油が枯渇しても持続可能な社会を築いていこうとしているのです。石油資源は長くてもあと40年ぐらいだと思います。サウジアラビアはまだ産業が発達段階なので、そういうところも含めて国を担える人材になってもらいたいという方針のもと、王費留学生は年間3万人います。そのうち日本には500人ぐらい、東海大では50人ほどのサウジアラビアからの留学生が学んでいます。

 彼らは運転がうまく、手先が器用で驚きました。自動車にカーオーディオを搭載するなどの作業も経験があるようで、電気配線などがとても上手です。優勝して「いい経験ができて良かった」と言っていました。彼らは敬語もきちんと使います。日本と共通する部分があるのではないでしょうか。目上の人を敬うとか礼の部分を大事にするとか、文字が面倒だとか(笑い)。英語がネイティブ並みに会話できた点も、チームにとって大きな力でした。

 

 ――学生時代からソーラーカーにかかわる研究をしていたのですか。

 木村 それがそうではなかったのです。学生時代は半導体光センサーの研究をしていました。太陽電池にちょっと近いかな、というくらいで直接ソーラーカーにつながるような研究はしていませんでした。私は95年に教員として電子工学科(当時)に配属され、松前義昭先生(現 学校法人東海大学副理事長)から96年に「ソーラーカーレースがあるのだけれど見に来ない?」という感じで誘われてから、いつの間にかこんなふうになっていたというわけです。飛行機、新幹線、クルマなど、乗り物全般に関心がありましたので、それがバックグラウンドにあったのと、実験が好きでモノを自作したりしていたので、適性があったのではないでしょうか。

 指導していて楽しい部分もありますが、つらい部分もあります。単純にチームが車を開発し、それが走っているのを見たり、たまに自分でもテストコースを走ったりするのは楽しいですね。つらい部分はいろいろな調整作業です。企業と企業、企業と大学、大学の中での様々な調整ごとです。あと大変なのは資金の工面などです。

 

 

 ――学生、そしてエネルギー問題に関心のある高校生にアドバイスをお願いします。

 木村 エネルギー問題や環境問題は地球規模で起きていて、非常に大きい問題になってしまったため一人の力ではどうにもなりません。今ある技術を寄せ集めても太刀打ちできないでしょう。とにかくチャレンジングに新しい技術を開発していくとともに、人やモノやいろいろなものを巻き込んで、大きく展開していく能力が必要になると思うのです。昔は研究室に引きこもって研究していればそれなりに結果は出ましたが、今は表に出て研究していく時代なのではないでしょうか。実際、大がかりな研究はプロジェクト研究になってきています。ソーラーカーにもステッカーがたくさん貼ってありますが、ステッカーの数だけ協力者がいるということです。

 あとは、自分自身で物事の問題を発見して解決し、判断することです。人が言うからそうなのかなと簡単に思わず、自分の頭で考えて判断できる人間になってほしいです。世の中、けっこうウソが多いと思いますよ。私は高校時代までは、あまり勉強はできませんでした。自分の頭で考えた答えが教科書とは違っていたのです。

 

 ――チャレンジセンターではさまざまな経験をすることができますね。

 木村 やる気を持って頑張ってもらえれば、伸ばせる場はいくらでも用意されているのが東海大学です。逆にそういう学生に来てほしい。せっかくこういう場があるのだから、寄らずに帰ってしまってはもったいない。今は混とんとしているから答えがそう簡単に見つからない時代ですが、それでも一つの方向に突き進んで、壁にぶち当たっても突き進まないと、何をやっているか自分でわからなくなってしまいます。多様な価値観が認められているからこそ、昔より突き進む努力がより求められているのかもしれないですね。

 研究者やエンジニア、技術者は根幹が一緒だと思います。ほかの業界の人と話していて分野が違っていても、意外と話が通じるのです。勘所が一緒なのだと思います。いろいろな問題に関心を持って取り組むことも大事ですが、それと同時に反対側では一つのことに取り組んでしっかりその道を究めるとのも大事なことだと思います。

 

工学部電気電子工学科 教授 木村 英樹 (きむら ひでき)

1964年7月27日生まれ。東海大学工学部電気電子工学科 教授、東海大学チャレンジセンター次長。1988年東海大学工学部電子工学科卒業、1994年東海大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程後期修了。博士(工学)。日本太陽エネルギー学会、応用物理学会、電気学会などに所属。主な研究分野は電気二重層キャパシタによる高効率エネルギー貯蔵システム、鉄系アモルファスコアを用いたブラシレスDCモータの開発、高性能ソーラーカーの開発など。主な著書には、2006年 「エコ電気自動車のしくみと製作」オーム社、2010年 「世界最速のソーラーカー」東海教育研究所、2011年 「ソーラーカーで未来を走る」くもん出版。