徳島の平和記念塔パゴダ

建立組織は消滅、修復や維持は?

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眉山山頂にそびえ立つ「平和記念塔パゴダ」=徳島市眉山町で2018年7月17日午後0時33分、大坂和也撮影
眉山山頂にそびえ立つ「平和記念塔パゴダ」=徳島市眉山町で2018年7月17日午後0時33分、大坂和也撮影

 徳島市のシンボルとして親しまれる眉山(標高290メートル)山頂に、日本最大級の円すい型の仏塔「平和記念塔パゴダ」がある。なぜミャンマー様式の仏塔が眉山にあるのか。取材すると、第二次世界大戦中の多大な犠牲を背景にした平和への祈りを「後世にも伝え続けたい」と立ち上がった人々の努力が浮かび上がった。しかし、開館から約60年がたち、建立に関わった人々の集まりは高齢化などで自然消滅。来館者は減り、建物の維持に向けた課題もある。【大坂和也】

 徳島県出身者は、ビルマ(現ミャンマー)で、最も多い6216人が戦死したとされる。パゴダは1958年、第二次大戦中にビルマで亡くなった県出身者を弔い平和を願うため、帰還兵や遺族などでつくる県ビルマ会が建てた。当時は山に車道がなく、水や砂、セメントなどを人力で運んで手作りしたという。

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