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いのちのほとりで

/4 ひとり暮らしの突然死 特殊清掃の現場を訪ねた

故人の月別支出額のメモ。突然死の現場には、人生最後の生活がそのまま残されている=滝野隆浩撮影

 ひとり暮らしの世帯が社会に増えれば「特殊清掃」という仕事のニーズは高まる。突然死して発見が遅れれば遺体の腐敗は進むのだから。部屋に死臭が充満し、体液は流れ出す。私たちが特殊清掃の実態をあまり知らないのは、その当たり前の事実から目をそむけていたからなのだ。見ないふりをしてきた。遺品整理業「アイシン」(千葉市若葉区)専務の笠原勝成さん(49)と現場を歩きながら、ずっとそんなことを考えていた。

ひとり暮らしの高齢者が突然死した現場の台所には、作りかけのラーメンを入れた鍋が……=滝野隆浩撮影

 現場はリアルである。「死」は突然やってきて、その瞬間で現場の時間は止まっている。時計と、その時つけていたテレビなどの電化製品が、そのまま生きている。部屋の主は時間を失う。

 以前入った、独身の高齢男性が台所で即席ラーメンを作っている最中に亡くなった現場では、鍋に麺がそのまま残っていた。冷蔵庫は、ほぼ空っぽ。棚から同じ種類のラーメンが大量に見つかった。6畳2間に置き時計が三つ。たんすから<デンキ ガス 水道 NHK……>と、月別の支出額を個別に書きだした紙片が出てきた。きちょうめんな人だったのだろう。仏壇だけは大きかった。供養に呼ばれた僧侶の読経を、行きがかり上、私も後ろに正座して聞くことになった。

 5月のゴールデンウイーク中に行った千葉県習志野市の現場の生々しさは、やはり、床にあった「黒いシミ」とあの強烈なにおいにあった。徹底的に消臭したから心配ない、と笠原さんは言っていた。それでも、床に何気なく顔を近づけると強烈なにおいがした。もう2カ月もたつが、まだ鼻の奥にあのにおいは残っている。

 高齢者より、若い人の現場の方が、においはキツいという。笠原さんから、ひとり暮らしの30代の女性の現場に行った時の話を聞いた……。

作業の前、笠原さんは即席の「祭壇」をつくり、経を上げた=滝野隆浩撮影

 夏だったから、死後1週間たった遺体は腐敗がひどかった。現場の団地の前で両親と待ち合わせた。仲の良い親子だったようだ。2カ月に1度は親子3人で食事をしていたという。父親とメールで会食の日程を決めて、その翌日に病死したものと警察から聞かされた。布団の中で亡くなっていて、体液は布団も畳も通り過ぎて床板までしみていた。床板をはがしての作業になった。ものすごいにおいがしたけれど、両親はマスクをしなかった。笠原さんもせずにいると、母親が「ふつうは作業中、マスクなさるんでしょう? してください」と声をかけられた。でも、しなかった。

 作業が一段落したところで、両親を近くの駅まで車で送っていった。会話は途切れがちだったけれど、父親とは娘の話になった。

「笠原さんとこも、娘さんなんだ」

「はい、一人娘なんです」

「そうですか……。つらいよ、死ぬと………」

 話の中身から想像して、たぶん定年退職したばかりの年齢だろう。肩を落とした父親の靴下に穴が開いていたのを、なぜか覚えている。取るものも取りあえず、駆け付けてきたのだ。そういえば、その父親から、部屋を出る時、ふつうの生活をしてくださいね、と言われた。私たちには、たぶんできないから。笠原さんはこんな仕事をした後でも、いつもと変わらない生活をしてください。「娘のためにも」と。頭を下げられた。

 作業は数日かかった。部屋にあったものは少なく、遺品を詰めた段ボール8個を親元に送った。四十九日が過ぎたころ、電話があった。現場では無表情だった母親から。箱はなかなか開けられなかったけれど、いま、初めて開けたのだという。そうしたら、あの部屋のにおいがして--。

「私、娘が死んだというのに、一滴も涙が出ませんでした。でも、いま段ボールを開けた時、においがしました。そしてやっと涙が出ました。ありがとうござました」

 突然、礼を言われて、笠原さんは戸惑った。母は続ける。

「こんなにおいがする中で作業をしていただいたなんて。ありがたくってありがたくって。そんなことを思って、私、初めて泣けたんです」

亡くなった人の供養のために僧侶がかけつけて経を上げる。息子は外にいて、家には入らなかった=滝野隆浩撮影

 においはリアルだ。感情を呼び覚ます。年齢に関係なく、身内が、近い関係の人が、亡くなったらとても悲しい。中には関係が途切れている親子がいて、特殊清掃や遺品整理に立ち会わない子や兄弟もいるが、基本的に人が亡くなった現場は悲しくて、悲惨で、壮絶なのだ。笠原さんは「現場では、その人と話をする」と言う。それから特殊清掃のことを「人生の節目に立ち会う仕事」と言った。もちろん、同業者にはビジネスライクにささっと異臭を処理し、遺品を処分する人もいる。どちらがいいとは言えないし、むしろドライに淡々とやってほしいと願う顧客の方が多いかもしれない。仕事のスタイル、あるいは人生観の違いだろう。

 特殊清掃の現場には、当たり前だが「遺体」はない。事件性の有無を警察が調べ、その後、葬儀業者が来て、葬儀と火葬を終える。その業者から依頼がきて、特殊清掃は始まる。そして、現場で作業するスタッフにとって、部屋のにおいは「死のリアル」なのだ。心が揺れない人はいない。だからこそ、あえてドライにと心に決めて作業をする業者が多い。一方、笠原さんの場合は「供養のようなものをしたい」と思った。それで、昨年、知り合いの経営者のツテをたどって比叡山延暦寺に「修行」をしに行った。山中を駆け巡る苦行といわれる回峰行のコースを一部歩き、光永覚道大阿闍梨と話す機会もあった。阿闍梨からは「あなたの役目は、亡くなった人の魂を救うことだ」と言われた。その言葉を今も大事にしている。般若心経は移動中の車の中で繰り返し聞いて覚えた。そうしてお経を、作業開始の前に即席の祭壇をつくって唱えている。

 ひとり暮らし、単身世帯が今、急速に増えている。あと20年もすれば、全世帯の4割にも達すると推計されている。当然、そうした家での「事故」も増えるだろう。賃貸アパートのオーナーたちはそうしたリスクを嫌い、高齢者への「貸し渋り」をする傾向もあるという。また事故後の「原状復帰」のための少額の保険商品も増えている。

 特殊清掃の現場を多く歩いてきたフリーライターの菅野久美子さんは著書「孤独死大国」の中で、こう書いている。

「一人で家でなくなることが悲惨なわけではない。死後何日も、何か月も発見されないという孤独死は、その人が人生の最後に誰ともつながりがなかったことを現しているから悲惨なのだ」(原文のまま)

 もはや「家族」ではなくて、「ひとり暮らし」を前提に支える仕組みを作っていく必要に迫られている。ひとり死(孤独死)は当然と受け止め、なるべく早く発見されるようにする。もう「死」を見ないふり、はできない。【滝野隆浩】

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