オピニオン

オピニオン 毎日新聞社 主筆
岸井 成格
東海大学 学長 / 常務理事
髙野 二郎

2011年8月1日掲出

 文理融合の新たな教育を目指し1942年に産声をあげた東海大学。現在は、21学部を擁する総合大学として各界に人材を輩出している。東日本大震災を経た日本で、大学の役割、責任とは何なのか。髙野二郎東海大学長と岸井成格毎日新聞主筆が、「今、大学が果たす役割」をテーマに、人材育成やリーダーシップ論、文明論について語り合った。【まとめ・毎日新聞社 記者 銅崎順子】

 

岸井主筆

 岸井主筆(以下、岸井) 変化の激しい難しい時代ですが、ますます大学の果たす役割は重要になっていると思います。第一に大学が置かれている位置といいますか、抱えている問題、今の若い人たちにどういう方向を示しているか伺いたい。

 髙野学長(以下、髙野) 大学が求められているのは人材育成です。グローバル時代に対応できる人材育成を目指していくことにつきると思います。

 岸井 具体的には語学、異文化理解ですか。

 髙野 語学は当然として、異分野、他分野の理解です。高度な専門を持ち、異分野を理解するというのが大学での教養で、教養教育の重視です。それにもう一つ、大事なものは改革に挑戦する意欲です。これは専門教育だけでは難しい。本学では5年前に学部横断型の教育機関「チャレンジセンター」を作りました。総合大学のメリットを生かし、いろんな分野の人間が集まって、新しいプロジェクトに挑戦しようというものです。学生は、50人以上の仲間を集めて新しいことに挑戦しています。これは人材育成につながります。

 岸井 興味あることですね。具体的には。

髙野学長

 髙野 特に活躍したのはソーラーカーで、国際ソーラーカーレースで優勝しニュースにも取り上げられました。地道なものでは障害者の支援などもあります。リーダーになるのはすばらしい学生で、希望通りのところに就職もしています。ミーティングを見ているとリーダーシップを発揮していて楽しみになります。

 岸井 ユニークですね。実績が世界に伝えられると、モチベーションも違いますね。知り合いの自動車メーカーのトップにも関心事だったようです。グローバルな人材育成のためには、異分野、異文化への理解が大切です。特派員時代に体験したことですが、必ず日本の文化について聞かれました。日本史が好きで勉強していたつもりですが、歌舞伎や能、相撲などについて聞かれた時、答えられず絶句することもありました。日本の文化を知ることの重要性を痛感しました。

 髙野 大学入試の問題もあるかもしれませんが、日本史を勉強してこない。創立者の松前重義は建学の精神の一つに歴史観に重きを置いています。歴史を学べと言っております。あらゆる面からものを見て、考え、学ぶのが重要だと。この精神を生かして本学で具体的に取り組んでいるのが、「現代文明論」という授業です。これは松前が1960年代から始めて一人でやっていた授業でした。現在も全学生必修です。現代文明論は、現代文明は何が問題か、平和、人種、格差の問題だと。そういうことをみんながきちんと勉強します。その中で歴史観が重要になっています。当時からグローバリゼーションを考えていたのです。

 岸井 私の推測ですが、松前先生は戦争前から苦労している。平和主義者のため、懲罰的に二等兵として戦争に行かされ、九死に一生をえた。基本的に現代文明とは何なんだ、これが分からないために、日本は無謀な戦争に突っ込んだという思いがあったのではないでしょうか。

 髙野 全くその通りだと思います。私どももそういう認識です。結果として建学の精神に入っているのではないでしょうか。

 岸井 福沢諭吉が、幕末封建から明治維新に「学問のすすめ」を書いたように、ちょうど戦前から戦後を経験した松前先生も感じたのでしょうかね。「現代文明論」の取り組みは、いいですね。時代的にも。他大学でも同様の授業がありますが、リーダー論が多い。しかし、文明論が基本にないと十分じゃないとお聞きして感じました。

 髙野 「現代文明論」は、在学生には難しい内容ですが、卒業生のアンケートでは評価が高い。社会に出てから現代文明の中での自分の立ち位置を実感することが多いようです。

 岸井 その中でもう一つ感じるのは3・11ですね。米同時多発テロの9・11につぎ、世界を変える、変えた日として宿命的に考えないといけないのかもしれません。

 髙野 人間、自然、社会をもう一度見直すべきだと感じます。人間、自然、社会は建学の精神に入っています。自然観、歴史観、世界観をきちんと学生の時に学べということです。3・11以降は、人材育成が急務だと感じます。大学の貢献は知識の集積だけでなく、社会的価値をもった新技術にも貢献すべきだと思いますし、重要性がさらに増しています。

 岸井 特に震災。地震、津波、原発事故。根源的な問題が突きつけられているんでしょう。たとえば地震による津波ですが、過去を軽視しすぎたのではないか。原発も本当に想定外だったのか。技術面のところの貢献はあるはずですね。

 髙野 技術を使うのは人間なので、一番重要なのは社会のリーダーをどう育てるか。我々は、チャレンジセンターという学部横断型の取り組みをしているが、こういう中からリーダーが出てくると期待しています。工学部と文学部の学生がいっしょになって、お互いに資質の違いを経験する。そういう経験を大学生の時代からやるのが重要ですね。

 岸井 震災を受けて強化すべきものは何でしょうか。

 髙野 研究者は独立で研究、教育をするが、社会を作るために必要な総合的な組み合わせ、枠組みで社会に貢献できていない。総合大学としての責任を感じるようになりました。本学には土木に津波専門家もいるし、原子力の専門家もいる。海洋学部もあり、社会を構成している各部分を持っている。それらを総合した新しい技術開発、社会の創造に向けた取り組みに欠けていたのではないかと思いました。

 岸井 取材する側としても、ほんとにどこまでわかっているの、専門家はいるのと思う。こちらの勉強不足もあるかもしれないが納得して自信をもって判断できない。

 髙野 専門家の怠慢でもあると思います。技術、情報の評価など、自分たちが持っていても社会に伝える努力が十分ではなかった。これからは一般の人たちや、社会に提供することが重要になります。ただ、社会に提供することは難しい。丁寧な情報提供、情報の評価が必要です。でもやっていかなければなりません。原子力工学科があるのに何も提言できないのでは意味がない。今までは個人の見解だったが、学会として大学として整理し誤解を招かないようなわかりやすい情報提供がこれから必要になるでしょう。

 岸井 3・11では、医療チームや学生ボランティアが現地に入ったのでは。

 髙野 最初に行ったのは医療チームです。全部で61名です。学生はたくさん行っています。チャレンジセンターでは建築関係のチームが行って、石巻と大船渡に集会所を作り、大変喜ばれています。地元の大工さんらに指導してもらいながらですが、社会に役立つと感じたようです。

 岸井 若い人たちの目の色が変わりますね。都会育ちが多いが、大変な状況におられる人たちを前にして、弱音を吐いている場合ではない。人生観が変わりますでしょう。

 髙野 大学としてはできるだけボランティアに出したいので、今は被災地限定ですが単位を出すようにしました。ボランティアやインターンシップは大事です。教・職協働でいい社会人を育てるようにしています。

 岸井 メディア的には二つの問題があって、まず一つは2012年問題です。12年には米露韓の大統領選、台湾の総統選があり、中国は指導者が代わる。北朝鮮の問題もあります。来年、日本を取り巻く各国が権力移行とナショナリズムに向かう。日本は資源問題を含め外交に向かわなければならなくなります。

 髙野 大学の役割としては、これからは社会のリーダーを育成しなければならないでしょう。今まではこの国には欠けていました。大学も反省すべき点です。進学率が上がり、勉強は一生懸命させたけれど、優れた学生を伸ばす取り組みはなかなかないですね。優れた者をリーダーにする教育システムが必要で、一つの学部で育てるのではなく、全学部で育てる取り組みを始めています。

 岸井 その場合、建学の精神にある志、裏打ちするものが歴史観、世界観になるのでしょうね。さて、もう一つですが2050年問題です。科学的に正しいかどうかわかりませんが、世界の人口が90億〜100億になり、資源、エネルギー、水までもが争奪戦になる。日本は少子高齢。40年後は遠いようですが、すぐでもある。

 髙野 その時、日本の大学はどうなっているかという問題もありますが、限られた枠の中での議論ではないですよね。グローバル化の中で日本は、大学は何をするのか。結論はなかなか出ないのですが、ただ我々の使命としては人材育成です。大学は教育の質が問われています。世界で活躍する人材を育成するという課題は大きいです。

 岸井 人材育成は重要性を増していくでしょうね。

 

 ――若者へのメッセージをいただけますか。

 岸井 最近言っているのだが、世界も日本も文明の岐路に立っています。リスクが高いかもしれないが、逆に言えばあらゆる分野で若者が先導できる。覚悟をもって、志、希望があれば、実現すると確信をもってもらいたい。だれでも龍馬になれる時代と言っているんですがね。そういう時代があっという間に来る。大学時代は大事な時代なので、教養を身につけ、歴史を学んでほしい。大学は基礎だと改めて思いました。

 髙野 若者は、若いことを含め、大きな能力や才能を持っている。自分にもっと自信を持って挑戦してほしい。失敗はやりなおせばいい。社会は再挑戦の機会を与えてほしいですね。

 

 ――ありがとうございました。

 

毎日新聞社 主筆 岸井 成格 (きしい しげただ)

1944年9月22日生まれ。1967年慶応義塾大学法学部卒業。毎日新聞社入社、熊本支局。2010年6月24日毎日新聞社・主筆に就任。主な著書として『政変』『政治家とカネ』『財界と政界』『昭和の妖怪』『永田町の通信簿』『大転換-瓦解へのシナリオ』。テレビ出演として、サンデーモーニング(TBS)。政策討論 われらの時代(BS-TBS)など多方面で活躍。

東海大学 学長 / 常務理事 髙野 二郎 (たかの じろう)

1940年6月9日生まれ。1964年東海大学工学部応用理学科卒業。東海大学理学部入職。2009年10月東海大学学長に就任。主な著書・論文等として『化学物質の物理化学性状測定法』:産業図書。『有機化合物の水に対する溶解度測定』:日本化学会。2008年10月タイ国モンクット王ラカバン工科大学より名誉博士(工学)を授与される。専門は有機化学・環境化学・大学教育など。理学博士。