湯川秀樹の理論日記

京大と阪大、ネットで公開 研究室、白熱の議論記す /京都

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 日本人初のノーベル賞を受賞した物理学者の湯川秀樹(1907~81年)が大阪帝国大(現大阪大)助教授だった38年に書いた研究室日記の公開を阪大と京都大がインターネット上で始めた。研究室で同僚らと開いたセミナーや勉強会「理論コロキウム」の内容を記録したもので、日付や参加者の名前、数式などが自筆で書かれ、最先端物理について議論が白熱した様子がうかがえる。【菅沼舞】

 湯川は33年に大阪帝大理学部講師として着任し、36年から39年5月まで助教授。34年に発表した中間子理論の論文が49年のノーベル賞受賞につながった。大阪帝大時代は毎週のように「理論コロキウム」を開催。若者らとも議論を深めた。

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