メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

森健の現代をみる

精神医療と私たち 今回のゲスト 岡崎伸郎さん(その1)

森健さん(左)と国立病院機構仙台医療センターの岡崎伸郎さん=東京都千代田区で2018年7月14日、渡部直樹撮影

 一昨年7月に起きた「相模原障害者施設殺傷事件」によって、極端な優生思想や精神医療の在り方が注目された。事件から何を学ぶべきなのか。また同分野の医療の現状はどうか。ジャーナリストの森健さんと、国立病院機構仙台医療センター総合精神神経科部長の岡崎伸郎さんが語り合った。【構成・栗原俊雄、写真・渡部直樹】

    障害者の意思尊重 地域で支える共生型に

     森 地方紙の連載で、精神疾患の人たちが30~50年と長期間入院していることに驚きました。2004年に厚生労働省がこうした人たちは地域で受け入れる、という方針を示したはずですが。

     岡崎 ご本人が「実家に戻りたい」と希望しても多くの壁があります。この十数年で地域移行が順調に進んだとはとても言えない。

     森 他の報道では精神疾患で長期入院中の女性が家族と同居を願った際、父親に「重荷だ」と拒絶される場面があり衝撃的でした。

     岡崎 精神病床の入院患者は高齢化が進んでいます。およそ30万人のうち、65歳以上が半分を上回っています。また家族も年を取ります。親から代替わりしてきょうだいが家を継いだら、なおさら引き取るのは難しい。日本がさまざまな分野で長く寄りかかっていた家族制度が限界に来ているのです。一方、12年に自民党が発表した憲法改正草案では、家族の価値や役割を強調する復古的な内容で驚きました。今や家族だけでなくいろいろな制度によって社会全体で支える方向にかじをきらなければいけないのにね。

     森 イタリアは地域移行を打ち出し精神科病院をなくしました。

     岡崎 それだけラジカルなことができたのは、元々公立の精神科病院が主体だったこともあります。一方日本は病床の約9割が民間経営。国の主導による政策転換がしにくい。また「地域での共生」という総論には賛成でも、いざ近所に精神障害者のグループホームが開設されるとなると、反対運動が起きることがある。

     森 いまだに地域社会の偏見も根強いのですね。

     岡崎 ただ14年、日本は国連の「障害者権利条約」を批准しました。マスコミは注目しませんでしたが、大きな一歩です。

     森 国際条約は「憲法よりは下、しかし国内法より上位」と著作のなかで書かれていますね。何が期待できますか。

     岡崎 国を動かす大きな武器になり得ます。たとえば条約第19条には「障害者が、他の者との平等を基礎として、居住地を選択し、及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有すること、並びに特定の生活施設で生活する義務を負わない」とあります。これを素直に読めば、入院を続ける必要がなくなったのに、退院先がないために病院にとどまっている「社会的入院」や、病棟をそのまま福祉施設にしてとどまってもらう「病棟転換型居住系施設」は条約に抵触しています。

     森 条約に抵触するような施策に公費を投入し続けていいのか、という批判が高まりそうですね。

     岡崎 実際、厚労省の検討会が14年、「病棟転換型居住系施設」の在り方についてとりまとめを公表した中には「障害者権利条約に基づく精神障害者の権利擁護の観点も踏まえ」と明記されました。具体的には、病院敷地内に施設を設置する条件として、居住地の選択は精神障害者本人の自由意思によることや、地域社会に参加する機会の確保、プライバシーの尊重などが盛り込まれました。条約効果と言っていいでしょう。

     森 そうした中で起きた一昨年7月、障害者施設で19人が殺害された相模原事件では、精神障害者への偏見、障害者たちを事実上隔離している現状など、さまざまな問題が浮き彫りになりましたね。

     岡崎 その「津久井やまゆり園」事件は、極端な優生思想の持ち主によるヘイトクライムです。ところが容疑者が精神保健福祉法でいう措置入院=注<1>=の経験者だったことから、「精神医療は危険人物を野放しにするな!」などと世論がミスリードされました。しかし極端な優生思想も思想の一つである限り、精神科の治療対象ではありません。過去を振り返ると、精神障害者やその可能性がある人による大事件が起きるたびに、治安対策が精神医療に押しつけられてきました。「何とかしなければ社会が危険だ」という国民感情が高まり、為政者は精神障害者をスケープゴートにする。その結果、異形の制度や法律ができてしまう。ライシャワー事件=注<2>=でもそういう波にのまれかけたし、01年の大阪・池田小学校事件を契機として心神喪失者等医療観察法ができました。犯人は結局、心神喪失者ではなかったのに、です。

     森 今回の事件でも?

     岡崎 不当にも事件の原因が措置入院制度の不備に焦点化され、政府は精神保健福祉法改正をもくろみました。その内容から「精神障害者を治安対策の対象とするのか」との批判が当事者団体などから噴出しました。参院で激論の末に可決。昨年9月の臨時国会で衆院が解散されたため廃案となりました。先日閉幕した通常国会では出されませんでしたが、今後、再び提出される可能性があります。しかし、犯罪防止策を精神障害者施策や精神医療に押しつけるような法律になることは許せません。


    森健さんと話す国立病院機構仙台医療センターの岡崎伸郎さん=東京都千代田区で2018年7月14日、渡部直樹撮影

     ■人物略歴

    おかざき・のぶお

     精神科医。1958年、仙台市生まれ。東北大卒。仙台市精神保健福祉総合センター所長などを経て現職。専門は精神医学、精神病理学。日本精神神経学会理事や日本精神病理学会大会長などを歴任。著書に『星降る震災の夜に』など。

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. 日産会長逮捕 ゴーン神話「数字の見栄え良くしただけ」
    2. ゴーン会長逮捕 日産社長「私的流用、断じて容認できない」 会見詳報(1)
    3. 高校野球 練習試合で頭に死球、熊本西高の生徒が死亡
    4. 全国高校サッカー 県大会 西京、5年ぶり全国切符 高川学園の猛攻しのぐ /山口
    5. 日産 ゴーン会長を解任へ 「会社資金を私的に流用」

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです