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ゲノム編集は「遺伝子組み換え」 想定外の判決が広げる波紋

欧州委員会の建物前で、遺伝子組み換え作物の利用に反対する環境保護団体「グリーンピース」のメンバー=ベルギー・ブリュッセルで2005年12月2日、AP

 生物の細胞の中にある遺伝子を自在に書き換えることを可能にした「ゲノム編集」は、未来を変えうる革命的な技術だ。この新しい手法で開発した作物について、欧州連合(EU)の欧州司法裁判所は今月25日、原則として従来の遺伝子組み換え作物(GMO)の規制の対象とすべきだとの判断を示した。世界でも厳しいEUのGMO規制から除外されることを望んでいた研究者やバイオ業界の間では、欧州が植物の品種改良の最前線から後退しかねないと落胆が広がっている。

文章を編集するように遺伝子を書き換える

 ゲノム編集は、特定の遺伝子を狙って破壊したり、外から新しい遺伝子を組み込んだりする操作を容易にした技術だ。狙った場所に新たな遺伝子を組み込むのに「偶然」に頼るしかなかった従来の遺伝子組み換え技術に比べ、ピンポイントで狙い通りの改変を起こす確度を飛躍的に高めた点に最大の特徴がある。

 現在の主流である「クリスパー・キャス9」と呼ばれるゲノム編集技術は、発表から6年しかたっていないが、簡単で成功率が高く、さまざまな生物に適用できることで爆発的に普及した。ノーベル賞受賞も時間の問題だとされる。開発者でカリフォルニア大バークリー校のジェニファー・ダウドナ教授は、その特徴を「ゲノム(全遺伝子を含むDNAの総体)を、まるでワープロで文章を編集するように、簡単に書き換えられる」と著書で例えている。

 医学や食品などさまざまな分野で実用化に向けた研究が進む。作物の場合には過酷な環境でも育つことを可能にしたり、収量や特定の栄養素を高めたりすることもできる。日本国内でもこれまでに高血圧に効果がある成分を多く含んだトマト、芽に毒を含まないジャガイモ、水産業では成長速度を倍に増やしたトラフグなどの開発が進んでいる。ただ、新しい技術ゆえに国際的なルールの整備が追いついていなかった。

 欧州では健康や環境への影響の懸念から遺伝子が操作された食品への抵抗が伝統的に根強く、フランスなどGMOの栽培を禁止する国も多い。ゲノム編集作物についてもGMOとの区別と、規制のあり方について論争が続いていた。

 特に焦点となっていたのは、ゲノム編集でも外来の遺伝子を組み入れず、狙った遺伝子を壊して機能を止めただけの場合だ。こうした変異は、自然界でも生物の中で絶えず起きている。

想定外の司法判断

 訴訟はフランスの農業組合と反GMO団体などが起こした。ゲノム編集作物は「環境や人、動物の健康に重大な害を及ぼすリスクがある」として、GMOと同じ規制にすることをフランス政府に求めた。

 フランスを含むEU加盟国に共通するGMOに関する法律は、予防原則に基づいて厳しく規制されている。予防原則とは、ある物質や技術が人の健康や環境に重大な損害を及ぼす恐れがある時、因果関係が十分に証明されていなくても、予防のための規制を可能にする考えを指す。

 法律ではGMOを「自然な交配や自然な組み換えではない方法で作り変えた遺伝子を持つ作物」と定義し、当局が環境や動物への安全性について評価を行った上で承認を判断する。認可されたGMOを使った食品は、流通の全過程の追跡を可能とする管理を義務づけ、厳しい表示義務もある。栽培については加盟国に規制の権限をもたせている。

 裁判では今年1月、独立した立場の法務官が、外来遺伝子を組み入れないゲノム編集作物は、GMO規制から除外されるという意見書を出した。しかし、今月25日に示された裁定は、ゲノム編集作物は「自然には生じない」ものだと指摘。その手法に関係なくEUの法律が定めるGMOに含まれ、同一に規制すべきだと結論付けた。法務官の意見書に拘束力はないが、裁定で覆されるのはまれだ。

フランス政府は「歓迎」

 欧州司法裁判所はEUの最高裁にあたる。ゲノム編集作物を巡るEUの規制は今回の裁定に沿って進む見通しだ。フランス政府は、経済相や農業相など4人の閣僚の連名で、ゲノム編集の法的な位置づけが明確にされたことを歓迎する声明を公表した。だが「想定外」の司法判断は、推進派と反対派の溝を一層深めたようにみえる。

 欧州を代表する農業生産者団体である欧州農業組織委員会(COPA)・欧州農業協同組合委員会(COGECA)は「今回の決定は、革新的な発展の恩恵から欧州の農業を孤立させる危険にさらす」との声明を発表。またバイオ産業の業界団体である欧州バイオ産業協会も、裁定が法務官の意見書に反する結果となったことに異を唱え、「欧州はゲノム編集の応用による重要な利益を逃す」と懸念した。

 一方、国際的な環境NGO「フレンズ・オブ・ジ・アース」欧州支部は「私たちの田畑や食卓に望んでいない遺伝子組み換え製品を押し込もうとするバイオ産業の試みを退けた画期的な裁定を歓迎する」とのコメントを出した。これまでゲノム編集作物を巡る規制があいまいだった欧州では、英国やベルギーなどで野外試験計画が始まっているが、停止を求める声が高まる可能性がある。

 英サウスウェールズ大のデニス・マーフィー教授(バイオ技術)は、今回の裁定について「農業だけでなく医療でも人々の健康や福祉の改善に大きな将来性があるゲノム編集の利用に非常に大きい重荷となる可能性がある」と指摘する。さらに「ゲノム編集も他の新しいバイオ技術と同じように科学的な証拠に基づいて適切に評価し、規制することが重要だ。まったく異なる遺伝子組み換えとゲノム編集を単純にひとまとめにした欧州司法裁判所(の判断)は、この技術に新たな規制の枠組みをつくる歴史的な機会を逃した」と述べた。

米国は規制なし

 対照的に米国は今年3月末、ゲノム編集作物の規制をしない方針を明確にした。米農務省のパーデュー長官は、ゲノム編集作物は伝統的な交配で行う品種改良を発展させたものとの見方を示し、「リスクが存在しない場合はイノベーションを進める」「農家が必要とする新たな品種をもたらすまでの期間を数年から数十年短縮できる可能性がある」と強調した。オバマ政権はゲノム編集で作る農作物を規制する方針を示していたが、トランプ政権になって推進にかじを切った。遠い種の遺伝子を導入した作物は、従来通りGMOとしての手続きが必要になる。

 また日本では環境省が今月からゲノム編集作物に関する規制の検討を始めたが、外来の遺伝子を組み入れない手法で作られた品種はGMOに関する規制の対象外とする案を提示している。【八田浩輔】

八田浩輔

ブリュッセル支局 2004年入社。京都支局、科学環境部、外信部などを経て16年春から現職。欧州連合(EU)を中心に欧州の政治や安全保障を担当している。エネルギー問題、生命科学と社会の関係も取材テーマで、これまでに科学ジャーナリスト賞、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞(ともに13年)。共著に「偽りの薬」(毎日新聞社)。Twitter:@kskhatta

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