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炎のなかへ

/218 アンディ・タケシの東京大空襲 石田衣良 望月ミネタロウ・画

 今夜は何度も死にかけたのに、なぜか腹が引きつるほどおかしかった。焼夷(しょうい)弾とみつ豆。直邦はきょとんとしているが、タケシと登美子は腹を抱え、笑いは時田家全員に伝染していった。頭のなかがねじれていく。

 タケシはたくさんの焼死体に空から黒蜜がかけられるところを想像した。みつ豆のえんどう豆の代わりは丸く縮まった死体だ。下町全体がキャンプファイアの炎で、その周囲を爆撃機が輪になって踊っている。シアトルできいたフォークソングが耳元で鳴った。バンジョーとヴァイオリンの軽快な調べ。そのB29も何機かまとめて巨人の手でひとつかみにされ、大鍋に投げこまれて佃煮(つくだに)のように茹(ゆ)であげられていった。爆撃機の銀の翼は青魚の腹のようだ。高射砲の炸裂(さくれつ)はぷちぷちと巨人の口のなかで弾(はじ)けるラムネの泡だった。燃えあがる東京をまたいで夜空にそびえる巨人の目は、星の世界でぼんやりと光っている。

 ああ、喉が渇いた。冷えたラムネが一本ここにあったら、どんなものとも引き換えるのに。なんなら自分の命だっていい。こんな命など惜しくはなかった。ラムネの青いガラス瓶一本と同じようなものだ。タケシは涙がにじむほど笑いながら考えた。今夜目にした名前を知らない数百数千の東京都民の誰とも、この命の価値は等しい。テツの死はタケシの死となにひとつ変わりはない。なんなら体重が重い分だけ、テツの死のほうが値打ちがあ…

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