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「ゆっくり地震」とも呼ばれる「スロースリップ」現象に近年、注目が集まっている。陸のプレート(岩板)と、その下に沈み込む海洋プレートの境界面がゆっくりとずれ動く現象で、巨大な海溝型地震を起こす場所の近くで発生することが多い。スロースリップによる地震が今年6月以降、千葉県で相次いだこともあり、専門家も今後の動向を注視している。
●異例の呼びかけ
「比較的、大きな規模の地震が起こる可能性がある」
6月11日、政府の地震調査委員会。平田直(なおし)委員長(東京大教授)は、千葉県東方で起こる地震に注意するよう呼びかけた。翌12日、実際に千葉県勝浦市などで震度3を観測する地震が発生。その後も6月中に千葉県付近で最大震度4の地震が2回、震度3は5回も起こった。
事前に注意喚起できたのは、過去にも数年おきに、房総沖を中心に同様の地震が繰り返されてきたからだ。防災科学技術研究所によると、最初に観測できたのは1983年。以降、有感地震を伴う明瞭な地殻変動を96年、2002年、07年、11年、14年に観測した。いずれも1~4カ月間まとまった地震があり、07年8月に発生した震度5弱の地震では負傷者も出た。
今年も6月3日以降、やはり房総沖でわずかな地殻変動が捉えられ、地震活動も活発になっていた。11日の調査委までに、地殻変動が続いて過去と似た推移をたどると予想されたため、平田委員長の呼びかけにつながった。
こうした地震や地殻変動の原因が、スロースリップだ。スロースリップはさまざまなタイプがあり、基本的には陸のプレートとその下に沈み込む海洋プレートの境界面が、比較的ゆっくりずれ動くことで生じる。
プレート境界には、しっかりとくっついている「固着の強い場所」と「固着が強くも弱くもない場所」がある。前者は一気にずれ動き、時に大地震を引き起こす。その周辺にある後者は「ずる、ずる」と滑るように動くことがある。この後者の動きがスロースリップだ。
今回、千葉県の一連の地震を引き起こしたスロースリップでは、いすみ市にある測量の基準点「電子基準点」で、5月末からの1カ月余りで約4センチ、南東に動く地殻変動を観測した。国土地理院によると、この間、プレート境界面は最大で約23センチずれ動いたとみられる。地震の規模を示すマグニチュード(M)に換算すると6・7相当となり、これまで最も活発だった07年と同程度の規模だった。
房総沖では7月末現在、この現象の活動は鈍化している。しかし平田委員長は「過去には地震活動が落ち着いてから、大きな地震が発生したこともある」と注意を促す。
●南海トラフでも
気になるのは、スロースリップから、さらに大きな地震につながるかどうかだ。
関東地方のフィリピン海プレートが沈み込む場所では、歴史的に巨大地震が繰り返し発生してきた。しかし、スロースリップとの関係は不明だ。気象庁地震予知情報課の宮岡一樹・評価解析官は「プレート境界面の摩擦の状態が他の場所と違うからだろうが、なぜ房総沖でこの現象が繰り返されるのかは、よく分かっていない」と言う。
スロースリップは房総沖だけでなく、東海から九州に及ぶ南海トラフでも頻繁に起こっている。
南海トラフから続くプレート境界面では、地下約30~40キロの深部で、継続期間が1週間程度の「短期的スロースリップ」が頻発している。それよりもやや浅く、固着域に近い場所では数カ月から数年続く「長期的スロースリップ」も確認されている。
特に豊後水道などでは頻繁に、短期的スロースリップに伴うとみられる「深部低周波地震」という微動の地震波も観測されている。
一方、紀伊水道沖の海底に設置した海上保安庁の観測装置では、17年末から、これまでになかった地殻変動とみられる変化が捉えられた。この地点は10センチ程度、南に動いたとみられ、深さ約10キロ付近の比較的浅い境界面でもスロースリップが起こっている可能性があるという。
●大地震と関係か
南海トラフ地震の発生可能性を評価する気象庁の有識者会合では、スロースリップの状況を毎月、綿密に検討している。スロースリップの場所がいつもより浅かったり、規模が大きかったりすれば、大地震を引き起こす固着域に影響を及ぼす可能性が否定できないからだ。
東京大の木下正高教授(海洋底地球物理学)は「スロースリップは、巨大地震でずれ動く固着域の『へり』で起こっている。地震がどれくらい切迫しているかなど、固着域の状態を反映している可能性がある」と指摘する。【池田知広】