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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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原子力

「人間の能力超えている」広島で被爆の老名誉教授

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書斎で広島での被爆体験を語る星埜惇さん=福島市北沢又の自宅で2018年8月4日、柿沼秀行撮影
書斎で広島での被爆体験を語る星埜惇さん=福島市北沢又の自宅で2018年8月4日、柿沼秀行撮影

 広島・長崎の原爆の日はみんなが平和を祈ってほしい--。福島市の自宅で、広島で被爆した福島大名誉教授、星埜惇さん(90)が静かに語った。東京電力福島第1原発事故で2度目の放射能への恐怖を抱き、原子力は人間の能力では扱えないと確信した。広島原爆投下から6日で73年。毎年この日は、無残に死んでいった仲間を思い、静かに追悼する日だ。【柿沼秀行】

 1945年8月6日午前8時15分。旧制広島高校生だった星埜さんは、広島県呉市の自宅に戻る列車に乗っていた。車内で激しい衝撃を受けた。呉駅に着いて広島市の方角を見ると、上空に不気味な薄墨色がかったピンクの雲がもくもくと上がっていた。翌日、広島市内に引き返し、コンクリートの残骸の間に寝かされている被爆者たちの間を、同級生を捜して歩き回った。

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【広島・長崎原爆】

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