広島原爆の日

父の悲しみ、語り継ぐ 「伸ちゃんの三輪車」遺族 被爆2世として決意

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原爆資料館に展示されている、伸一ちゃんが原爆投下時に乗っていた三輪車=広島市中区で2018年8月1日、山田尚弘撮影
原爆資料館に展示されている、伸一ちゃんが原爆投下時に乗っていた三輪車=広島市中区で2018年8月1日、山田尚弘撮影

 73年前の8月6日、人類史上初めて原爆が投下された広島は、一瞬にして街が、人の営みが消えた。最愛の家族を失った悲しみを胸にしまい、あの日を語らなかった人。水を求める負傷者を助けられず生涯悔やみ続けた人--。被爆者が次々と世を去る中、その姿を見てきた2世や次世代の子供たちは託された思いを受け継ぎ、核兵器のない世界に向けて一歩を踏み出すと誓った。

 毎朝小さな地蔵に手を合わせる父の背中が、日常の風景だった。広島市中区の原爆資料館で多くの来館者の心を揺さぶる「伸(しん)ちゃんの三輪車」。被爆死した我が子を三輪車とともに自宅の庭に埋めた故・鉄谷信男さんの深い愛情と悲しみを伝える代表的な遺品だ。戦後生まれた三男の敏則さん(69)は、多くを語らなかった信男さんが地蔵の前で毎日つらい記憶と向き合っていたと後に気付いた。「被爆2世として父を語り継ぐ」。…

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