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雨のち晴れ

出店を担当、中国で大赤字 イトーヨーカ堂社長・三枝富博さん

変わり続けること学ぶ

 1997年にイトーヨーカ堂が中国に進出する際、社内公募に応じ、駐在社員に選ばれました。「日本で培ったノウハウや考え方があれば、市場を席巻できる」。そんな自信を持って四川省成都に赴任しましたが甘かったです。全く通用せず、「どん底」を味わいました。

     赴任前まで文具や玩具の商品開発責任者でしたが、上司の要求に対応するだけのような仕事が多く、「このままでいいのか」と悩んでいました。そんな時です。「一緒に中国で苦労してくれないか。物事をゼロから考え、こんなことがやりたいという大バカ者が欲しい」。朝礼での営業本部長の呼びかけです。まるで稲妻に打たれたような気がしました。「思い切ったことができる」と応募し、すぐに中国行きが決まりました。

    中国・四川大地震で被災した小学校に援助物資を届け、子どもたちと記念撮影する三枝さん=中国四川省で2008年5月(イトーヨーカ堂提供)

     現地では寝具や家電製品など生活全般の商品を扱う「住居部門」の責任者に。仕入れから販売までの全てが担当です。3月に赴任、1号店開店は11月でした。開店から間もなくは100%近く日本と同じ商品を置きましたが、これが大失敗。1週間もすると客足はパタッと途絶え、売り上げは当初計画の1割程度と散々な日が続きました。

     当時の中国は発展途上で、「先進国の良いものを置けば売れる」というおごりがあったんですね。現地デパートで働いていた中国人を採用していましたが、その意見を聞かず、自分たちの考えで店作りや品ぞろえを進めたのが原因でした。そこからが本当の勝負。中国の人たちはどんなものを買って、どんな暮らしをしているのか。頼み込んで中国人の部屋や冷蔵庫の中を徹底的に見せてもらいました。お客様を知るためです。町中でゴミ箱をあさり、暮らしぶりを調べたこともありました。

     98年末、春節(旧正月)を前に、中国人社員と一緒に考えてテレビや冷蔵庫など家電を約5000万円分仕入れましたが、これが大外れ。半額で売る羽目になり大赤字です。現地スタッフと取り組んだ末の失敗だっただけに、ショックは大きかったですね。

     しかし、これが転機になりました。「このままじゃ終われない」。そう言う中国人幹部も出てきました。これまで以上に部内の一体感が強まり、みんなで挑戦しようという機運が生まれたわけです。それが、その後に販売した布団セットの大ヒットにつながりました。住居部門は黒字を達成しました。

     昨年3月に社長に就任しましたが、中国で学んだのは自分が変わり続けることの大切さです。周りの人を変えるのは難しいですが、自分が変わることはできる。それを見て同僚たちが変わってくれれば、会社全体が変わる。全ては自分への挑戦なんです。<聞き手・安藤大介>


     ■人物略歴

    さえぐさ・とみひろ

     1973年明治大卒業後、証券会社勤務を経て、76年イトーヨーカ堂に入社。97年1月に中国四川省の成都イトーヨーカ堂に出向。イトーヨーカ堂常務などを経て昨年3月から現職。セブン&アイ・ホールディングス常務を兼務。神奈川県出身。68歳。

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