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それは戦時下だった/5 針ノ木岳遭難、伝書バトが連絡

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北アルプス(左下)を望みながら飛ぶハトと小屋=市立大町山岳博物館提供
北アルプス(左下)を望みながら飛ぶハトと小屋=市立大町山岳博物館提供

 <くらしナビ・環境>

 既に電話や無線があっても、戦時中の軍隊は手軽な通信手段として伝書バトも使用し、日本陸軍は必要になれば召し上げるため民間への普及を図った。長野県大町(現大町市)では登山中の遭難連絡用に貸し出しが始まった1936年、さっそく最初の客が放ったハトが針ノ木岳(2821メートル)から舞い戻った。

 北アルプスを望む信濃鉄道(現JR大糸線)・信濃大町駅前のハト小屋に、予定外の1羽が帰ったのは36年7月15日早朝。三田旭夫(きょくお)氏(1908~86年)が正式に事業を始めた初日だった。ハトに取り付けた筒から取り出した通信紙には「今朝の帰路、(針ノ木)雪渓にて深沢先生転倒。石にて頭部と両手、かなり負傷。至急医師及び援助人、(収容先の)針ノ木小屋まで」と書かれていた。滑った児童2人を助けようとし…

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