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米海軍

原爆投下前に電文「長崎、小倉、広島入らぬよう」

1945年8月4日付の極秘電文。原爆投下作戦に従事した「第509混成群団」を示しながら、「九州または本州西部に出撃しないよう」命じている(米国立公文書館所蔵、工藤洋三氏提供)

 1945年8月9日の長崎への原爆投下を前に、米海軍への長崎出撃などを禁じた同軍の極秘電文3通が米国立公文書館で見つかった。同1~4日付電文で、太平洋艦隊司令長官が日本近海で部隊を率いる第3艦隊司令官に送信していた。米兵の被ばく防止と原爆投下を計画通りに進める狙いがあったとみられる。第3艦隊の攻撃目標も長崎から東北地方に変更され、その後の東北空襲につながったことも判明した。

 米軍資料から空襲の実態を調べる市民団体「空襲・戦災を記録する会全国連絡会議」の工藤洋三事務局長=山口県周南市=が昨年、同公文書館保存のファイルから発見した。いずれの電文も太平洋艦隊司令長官ニミッツが、前線で第38任務部隊を率いる第3艦隊司令官ハルゼーに送っていた。工藤事務局長によると、海軍の前線に原爆投下に関する情報が事前に伝わっていたのが確認されるのは初めてとみられる。

 米陸軍が主導して原爆投下を極秘裏に進める中、第3艦隊が空母などで編成した第38部隊は8月5日、日本海軍の拠点だった長崎・佐世保を攻撃予定だった。最初の電文は部隊が太平洋にいた1日付で「4日に(原爆投下の)ターゲットの一つが京都から長崎に変わった」と伝達していた。

 2日付電文は「4日または5日、後に伝える時刻の4時間前から6時間後まで、長崎、小倉、広島の半径50マイル(約80キロ)に入らぬよう」命じた。小倉(北九州市)は投下候補地の一つで、工藤事務局長によると、敵のレーダーを妨害するために空爆機はアルミニウムをまくが、空中に残っている間に原爆を投下すると予定より高い地点で爆発する恐れがあった。時間を区切ったのは、作戦の成功と米兵の被ばく防止の狙いがあったとみられる。

 4日付電文には原爆の投下を命じられていた米陸軍「第509混成群団」が作戦を実行するので、第38部隊の「九州と本州西部」への出撃を禁じた。この命令を受け、第38部隊は東北地方に転戦。9、10両日に宮城・岩手・山形などの軍事施設を一斉に空爆したが、背景に原爆投下があったことも明らかになった。工藤事務局長は電文を分析した内容を盛り込んだ「アメリカ海軍艦載機の日本空襲」を先月に自費出版した。

 防衛大の等松(とうまつ)春夫教授(外交史)は「米政府は原爆投下作戦を極秘に進めていたが、投下の数日前には爆発の影響を想定し、日本近海で活動する海軍部隊の最高レベルには警告を出す必要が生じたことを示している」と指摘した。【山田研】

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