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大和森林物語

/26 紀伊半島の探検家群像/8 関西の財界人ら 学術調査し世に発信 /奈良

 明治から大正へと時代が移り変わる中で、紀伊半島の山々も変わり始めていた。山に入るのは修験者や林業家、あるいは特別な目的を持つ学者だけではなくなってきたのだ。

 そんな時期に、関西の実業家たちが吉野山から大峰山の山上ケ岳、弥山、釈迦ケ岳など奥駆け道をたどって縦走し、さらに大台ケ原にも登ることを企てる。

 発起人は産業銀行の頭取などを勤めた木本光三郎。さらに吉野鉄道社長の阪本仙次や伊藤忠商事社長の伊藤忠兵衛など関西の財界人が並ぶ。そこに奈良の林業家や軍人、奈良女学校などの教師、写真師などが参加。人夫や案内人だけで31人もいる大登山隊を結成した。出発は1915年7月27日。吉野山を出発し約1週間の行程である。

 このように記すと、いかにもお金持ちの道楽登山のようだが、その報告書に当たる「吉野群峯」と「吉野群峯写真集」に目を通すと、単なる登山隊ではなかったことがわかる。極めて厳しいルートだったうえ、参加した各人が、それぞれ動植物や修験道、林業などを調べて記録した。

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