八幡市民会館

埋文センター移転で保存へ

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活用の方針が固まった八幡市民会館=北九州市八幡東区で、木村敦彦撮影
活用の方針が固まった八幡市民会館=北九州市八幡東区で、木村敦彦撮影

 北九州市は、戦後日本を代表する建築家、村野藤吾(1891~1984年)が設計し、2016年3月に閉館した八幡市民会館(八幡東区)の建物を保存し、市立埋蔵文化財センター(小倉北区)を移転させる方針を固めた。関係者への取材で判明した。14年3月に閉館が決まって以降、歴史ある建築物の存廃を巡り揺れていた。市は近く発表する。

 村野は佐賀県唐津市出身。12歳の頃、現在の北九州市に移住し、小倉工業学校(現小倉工業高校)卒業後、早稲田大で建築学を学んだ。代表作に戦後建築物として06年に初めて国重要文化財に指定された世界平和記念聖堂(1954年、広島市)などがある。

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