メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

炎のなかへ

/242 アンディ・タケシの東京大空襲 石田衣良 望月ミネタロウ・画

その夜(77)

 タケシはコンクリートの縁に頭をもたせかけ、寝ころぶようにぬるい水に浸(つ)かった。胸まであたたかな水がやってくる。国民服は濡(ぬ)れてごわごわだが、実にいい気分だ。

「ぼくは疲れたから、すこし休みます。未来の話は後でしましょう。みなさん、今夜はほんとうにお疲れ様でした」

 地獄のような夜だった。街が燃え、人が燃え、自動車と路面電車が燃え、学校と映画館が燃え、木々と空が燃え、東京の過去と未来が燃えるのを見てきた。そのなかで自分は何度も焼け死んでは、時間をほんのわずか巻き戻し、時田家の人々を守るために全力を尽くしてきた。炎のなかで命を落とすのは何度試しても恐ろしい経験だった。きっとあの痛みは、この身体(からだ)に焼きついて一生消えないだろう。

 だが、すべて終わったのだ。もうすぐ朝がくる。つらかったけれど、時田武おまえはほんとうによくがんばった。誰にも知られることはないのだから、自分で自分を認めてやろう。おまえはほんとうによくがんばった。命を投げ捨て、人の命を何度も救ったのだ。義雄伯父さんも、アメリカにいる父さんもきっとほめてくれるだろう。閉じた目の奥が熱くなり、涙が頬をこぼれ落ちていく。

この記事は有料記事です。

残り528文字(全文1033文字)

おすすめ記事
広告
毎日新聞のアカウント
ピックアップ
話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 余録 よく「試験地獄」などといわれるが…

  2. 自公、北海道2区補選で「不戦敗」選択 惨敗すれば首相の責任論 吉川元農相在宅起訴

  3. 感染防止策違反に「氏名公表」は厳しすぎるリンチか 自民には「不十分」の声

  4. 五嶋みどりさんにケネディ・センター名誉賞 日本出身者で小澤征爾さんに次ぎ2人目

  5. 社説 NHKの経営計画 視聴者本位の改革なのか

編集部のオススメ記事

のマークについて

今週のおすすめ
毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです