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カンボジアPKO

25年前の文民警察官銃撃死、報告書は既になく 警察庁、隊員アンケートも「保存せず」

高田晴行警視の遺影を抱え、カンボジアから帰国した日本人文民警察隊員。先頭は山崎裕人隊長=成田空港で1993年7月8日

 25年前に高田晴行警部補(当時33歳、後に警視に昇任)が死亡したカンボジアでの日本人文民警察官による国連平和維持活動(PKO)について、隊長が作成した総括報告や、警察庁が帰還した隊員に実施したアンケート調査結果などについて、同庁は保存していないことを明らかにした。関係者は「記録を残し、教訓にすべきだ」と訴える。【青島顕】

     1993年5月4日、タイ国境に近いカンボジア北西部を移動中の日本人文民警察官5人が乗った車列が武装勢力に銃撃され、岡山県警の高田警部補が死亡し、4人が重軽傷を負った。カンボジアでは当時、日本人文民警察官75人がPKOに派遣されており、和平合意後初の総選挙に向けて支援活動をしていた。

     25年たった今年6月、井出庸生衆院議員(無所属)が事件や派遣に対する政府の評価・検証姿勢を問う質問主意書を出した。この中で(1)93年7月、警察庁が帰国した隊員74人を集めアンケート調査をし、各隊員に書かせた報告書(A4判8枚)(2)隊長だった山崎裕人氏が同年7月に警察庁に提出したとされる「総括報告」--などの記録の保存や活用について尋ねた。政府の答弁書はいずれも「保存されていない」とした。

     毎日新聞も今月、この2件の保存の有無を尋ねたが、警察庁は「取得、処分等に関する記録を含め、保存されていない」と文書で回答した。

     一方、警察庁は毎日新聞に対し、94年2月に「カンボディア派遣日本文民警察要員活動記録」を作成したと説明したが、この活動記録についても「当時どのような使われ方をしたのか答えることは困難だが、現時点において研修等で用いることはしていない」としている。関係者によると、「活動記録」は約150ページで、文民警察隊のカンボジア各地の派遣先での活動の概要を記している。襲撃事件は派遣中の「主な事件」の3番目の項目に「アンピル日本隊員等襲撃事件」の題で10行程度触れているが、背景や分析などは書かれていない。

     94年9月、日本記者クラブで講演した当時の国松孝次警察庁長官は、高田さんの殉職について「現場の状況と任務について詰めが甘かったと言わざるを得ない」と事前調査の不十分さを認めたが、最高幹部によるこのような認識や総括は「活動記録」に記されていない。

    活動内容共有したかった 作成の隊長「事件検証して」「再提出も」

    カンボジアに派遣された日本人文民警察隊長を務めた山崎裕人氏=東京都中央区で6月18日、青島顕撮影

     日本人文民警察隊長だった山崎裕人氏(65)は93年7月の帰国直後、「総括報告」と題した報告書(約80ページ)、現地から当時の城内康光警察庁長官へ十数回送った報告、現地で各地の隊員たちに14回送った「山崎軍団ニュース」の計約200ページを警察庁に提出した。取材に対して「準備、隊員の配置、行動を含め全てを残すことが義務だと考えた」と振り返り、警察庁が保存していないことを残念がる。

     山崎氏は提出した「総括報告」の複本を持っており「何百回と読み返した」という。表紙には「未定稿」「厳秘」とある。目次には「部隊としては満点以上」と記すと共に、「隊長失格」と隊員を失った自身に対して厳しい評価を下している。襲撃事件には約30ページを費やしている。現場に居合わせなかったため出来事の詳細は記していないが、背景や意義付け、さらに事件後、一時撤収を考えたことも記している。

     総括報告について「高田警視の死を無駄にしてほしくなかったし、今後も警察官の海外派遣をしてほしいと考え、活動内容を共有したかった」と話す。

    山崎氏が1993年7月に警察庁に提出した「総括報告」の複本=青島顕撮影

     2011年施行の公文書管理法は省庁の内部で共有された文書を公文書とみなすが、当時は公文書の統一ルールはなかった。山崎氏は「宛先もなく、私の個人的メモだと考えていた」と話す。一方で、大部分は後に公表してもよいと考えていたという。

     10年ごろまで数回、複数の警察庁幹部から「報告を読んだ」と言われた記憶があるという。組織として受け継いでもらいたいと考えており、警察庁が求めるなら再提出しても構わないという。

     「内閣府、警察庁、防衛省それぞれがしっかりとした記録、分析、評価を公表すべきなのだろう」と話す。

     山崎氏はカンボジアPKOの後、インドネシア国家警察のアドバイザー、小泉純一郎首相秘書官、警察大学校長を歴任し、12年に警察庁を退職した。現在は警備会社「全日警」専務を務める。警察庁退職後、NHKが事件を検証した番組の制作に協力している。


     ■ことば

    カンボジアPKO

     カンボジアでは1970年代後半のポル・ポト政権による国民の大量虐殺の後、内戦状態が続いたが、パリ和平協定が結ばれたのを受け、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)が92~93年に平和維持活動を展開した。停戦監視と総選挙実施が任務だった。日本は自衛隊(計約1200人)、文民警察官(75人)、ボランティアを派遣した。高田晴行さんのほか、ボランティアの中田厚仁さん(当時25歳)が死亡した。自衛隊派遣の是非を巡ってはPKO協力法の国会審議で激論が交わされたが、文民警察官派遣への議論は少なく、注目度も低かった。

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