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松代大本営

工事に従事の朝鮮人労働者名簿 米国で発見

帰国を希望する朝鮮人労働者らの名簿。実際に帰国したかどうかは不明=長野市で、ガン・クリスティーナ撮影
現在の松代大本営地下壕入り口(左)と朝鮮人労働者のための追悼碑(右)=長野市松代町で2018年8月29日、ガン・クリスティーナ撮影

 太平洋戦争末期、本土決戦に備えて、大本営や政府機関などを移転するために作られた松代大本営地下壕(ごう)(長野市)の工事などに従事した、朝鮮人労働者などの名簿が見つかった。2600人を超える名前や本籍の住所、年齢などが記されており、労働者の妻や子どもと思われる名前もあって、これほどの人数の名簿が見つかったのは初めてとみられる。【ガン・クリスティーナ】

 資料は、国学院大学の上山和雄名誉教授(71)=日本近現代史=が、1990年代初め、戦後に日本から押収した資料を保管している米議会図書館で発見した。資料の表紙には「帰鮮関係編纂(へんさん)」と「内鮮調査報告書類編冊」というタイトルがつけられ、名簿のほか帰国希望者の人数を記録した書類などがまとめられている。

 名簿はほぼ帰鮮関係編纂にあった。地下壕の工事を示す「東部軍マ(一○・四)工事」を担当した西松組(現西松建設)の松代出張所長名で県知事宛てに提出された名簿では、朝鮮人の創氏改名後の名前と本籍地、日本に来る前の住所、年齢、生年月日が書かれている。別の工事を請け負った鹿島組(現鹿島)が作成した名簿には、労働者の妻や子どもなどの名前が記録されていた。

 「内鮮調査報告書類編冊」は、県内の工事現場などに集住していた朝鮮人の集団帰国について、各事業場や警察署がまとめた資料からなっている。備考欄に「八月十五日以降工事中止ニヨリ食料ノ略奪其他治安上憂慮スベキモノニ付、至急送還ノ要アルモノ」と記されている資料もあり、朝鮮人の暴動を心配していた様子がうかがえる。

 戦後の朝鮮人帰国について研究する駒沢大学非常勤講師の鈴木久美さん(56)=東アジア現代史=は「戦争で労働力として動員され、戦争が終わると朝鮮半島の状況を考慮せずに帰国させた。帰国政策の一連の流れや、政府の朝鮮人に対する悲惨な扱いが読み取れる」と指摘する。また、「消息不明の朝鮮人の行方を明らかにしたり、日本の住所がある引率者をたどったりして、実際に朝鮮人たちはどのように帰国したのかなどを調査できる」と話す。

 資料を実態解明に活用しようという動きも出ている。松代大本営追悼碑を守る会(長野市)は7月、名簿を基に調査を実施するよう政府に求める請願書を郵送した。塩入隆会長(84)は「研究はほとんど手詰まり状態。名簿の情報で分かることが広がれば」と語る。また、県強制労働調査ネットワークの原英章代表(69)は「県内各地の工事で朝鮮人が従事していたことの裏付けになる。朝鮮半島のどの地域から来ていたのか、家族連れはどれほどいたのかなど資料を分析して、松代大本営の全体像をはっきりさせたい。遺族が生き残っている可能性もあり、証言の聞き取り調査も実施したい」と期待している。

帰国者の実数分からず

 朝鮮人のうち、労働者を優先して帰国させる方針は、1945年9月1日に政府から各都道府県に具体的に通知された。10月初旬ごろまでは日本が独自に進め、その後は連合国軍総司令部(GHQ)の管理で行われた。帰国者は140万~150万人とされているが、漁船を借りて個人で帰国した朝鮮人もおり、正確な数字は分かっていない。

 松代大本営の地下壕は、44年11月に始まり、計画の75%、約13キロを掘ったところで終戦を迎えた。「松代大本営の保存を進める会」などの市民団体が集めた証言によると、約6000~7000人の朝鮮人労働者がいた。しかし、名簿が残っているのは、旧厚生省が90年代に韓国政府に提出した鹿島組の78人分のみだという。

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