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それは戦時下だった/6 上高地愛し消えた学徒たち

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山岳写真家の船越好文氏(1909~2001年)の作品「前穂の東面」=「雪線」(白水社)より
山岳写真家の船越好文氏(1909~2001年)の作品「前穂の東面」=「雪線」(白水社)より

 <くらしナビ・環境>

 高所の岩登りなど困難な登山スタイルで、穂高連峰など長野県の上高地周辺の山に武勇伝を残した学徒がいた。未踏峰のエベレスト(8848メートル)登頂が目標だったが、その前に徴兵が待っていた。徹底して戦争に反対しなかったことを悔いつつ、「もう遅い」と言い残して激戦地へ向かい、消息を絶った。最期の様子も分からない。

 「前穂の東面」という写真がある。前穂高岳(3090メートル)の大岩壁に向かうクライマー2人。説明書きには「ザイルよ切れないでくれ。残念ながら、この一人は欠けた」。1939年の撮影から5年後、後輩の少し前を歩く右側の中村徳郎氏(1918~44年)はフィリピン方面で戦死したとみられる。25歳だった。

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