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黒武御神火御殿-三島屋変調百物語六之続

/40 第一話 泣きぼくろ=宮部みゆき 題字・絵 藤枝リュウジ

 戸口のところで、長兄嫁さんと次兄嫁さんがひしと抱き合う。女中のおこまさんが震えながら障子戸にしがみついているので、戸がカタカタ鳴る。長兄ちゃんは棒を呑(の)んだように立ち尽くし、冷汗にまみれている。長姉ちゃんを羽交い締めにしている次兄(にあん)ちゃんは、お化けでも捕まえてしまったみたいに真っ青で、今にも腰が砕けそうだ。

     あははぁ、ああ、ふう、うふふふふうう。

     長姉ちゃんは息が切れるまで笑い尽くした。満足げに目を細め、泳ぐように腕を回して、次兄ちゃんの顔に顔を近づける。

     そのとき。

     低く唸(うな)るような声をあげながら、母ちゃんが立ち上がった。

     その目が燃えていた。血走っているとか、瞠(みは)っているとかではない。怒りで底光りしているのだった。

     母ちゃんは長姉ちゃんに近づくと、左手でその顎(あご)をむんずとつかんだ。

     二人の女の顔と顔が向き合う。母親と娘だ。なのに、そのときは剥(む)き出しに女と女だった。

     --ごめんよ。

     一言吐き捨てると、豆源母ちゃんは長姉ちゃんの左目の下の濡(ぬ)れぼくろをむしりとった。

     血が飛び散り、ぎゃっと叫んで、長姉ちゃんは海老(えび)反りになり、ぎりぎりと歯がみしてから気を失った。

    「母ちゃんは、血だらけの掌(てのひら)のなかに、むしりとったほくろを握り込んでいた」

     どうするのか。

     一瞬ぐっと息を呑み込み、豆源母ちゃんはそれを口のなかに放り込んだ。歯を剥き出して何度も何度も噛(か)んで噛んで、それからペッと足もとに吐き出した。

     それでは足らず、吐いたものを上から踏んづけて、踵(かかと)で踏みにじる。そのあいだずっと肩を怒らせ、息を荒らげていた。般若(はんにゃ)のような顔をしていた。

    「これでいいかいって、ちぃ姉ちゃんに問いかけてさ」

     そして表情を和らげた。いつもの豆源母ちゃんの顔に戻った。

    「ちぃ姉ちゃんが声をあげて泣きだした。赤ん坊みたいに手放しでわんわん泣いて、あんなの見たことなかったよ」

     その泣き声に洗われて、みんなも呪いが解けたようになった。

    「恥ずかしいけど、おいらはおもらししちゃってた」

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