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樹木希林さん死去

別居中の内田裕也が電話で最後の呼び掛け(スポニチ)

 個性派俳優として映画やドラマ、CMなどで幅広く活躍した樹木希林(きき・きりん、本名内田啓子=うちだ・けいこ)さんが15日午前2時45分、東京都渋谷区の自宅で死去した。75歳。東京都出身。16日に近親者が自宅で仮通夜を営み、30日に葬儀・告別式が行われる。突然の悲報は芸能界に衝撃を走らせた。夫でロック歌手の内田裕也(78)もコメントを出せないほどショックを受けている。

 この十数年、希林さんは病気と闘いながら、苦しい顔ひとつ見せずにひょうひょうと生活を送り、仕事に全力投球してきた。

 03年に網膜剥離で左目の視力を失い、05年には乳がんで右乳房の全摘出手術を受けた。一時は完治したが、13年に転移が見つかり「全身がん」と明かしていた。満身創痍(そうい)の中で仕事を続け、不死身とさえ思われたが、ついに力尽きた。関係者によれば、最期は本木雅弘(52)と内田也哉子(42)の娘夫婦ら家族がみとった。

 8月13日に友人宅で転倒して左大腿骨を骨折。入院中に一時危篤状態に陥っていたこと を本木が明かしたのは同30日のことだった。その際に本木は「細い糸1本でやっとつながってる。声一言もでないの。しぶとい困った婆婆です」という希林さん直筆の文書を披露したが、それから16日後の悲報となった。

 関係者によれば、容体が急変したのは14日深夜。家族が別居中の裕也に連絡を入れ、声が聞こえるようにと携帯電話のスピーカーをオンにセット。裕也は意識が薄れゆく希林さんに呼び掛けたという。それから間もなく息を引き取ったそうだ。

 希林さんは61年に文学座に入り、64年に森繁久弥さん主演のテレビドラマ「七人の孫」に出演して人気者になった。74年放送の「寺内貫太郎一家」では小林亜星(86)が演じた主人公の母親役で注目された。

 77年に芸名変更を思いつき、テレビ朝日の番組でデビュー当時の「悠木千帆」をオークションにかけ、2万200円でファンに競り落とされた。新芸名の「樹木希林」は自ら考案。「木が集まって希(まれ)なる林に」という意味を込めたものだ。

 その名前が示すようにその後は映画やドラマ、CMの世界で太い幹として君臨。ドラマ「時間ですよ」や映画「あん」、今年5月にカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを獲得した「万引き家族」など多くの作品で存在感を示した。

 私生活では64年に俳優の岸田森さんと結婚し、68年に離婚。73年に裕也と再婚したが、1年半で別居。81年に裕也が一方的に離婚届を区役所に提出したが、離婚無効の訴訟を起こして話題を呼んだ。結局離婚は成立せず、ずっと別居生活が続いたが、型破りな亭主をずっと愛し続けた。08年には一緒に京都・祇園祭に出掛け手をつないで街歩き。「お互い目が悪いから」と照れ隠しで言い訳していた。

 関係者によると、自宅にはいつ帰ってきてもいいように裕也の部屋があり、希林さんの寝室にはパネルにした大きな写真が飾られている。8月にフジテレビ系で前・後編で放送された「ザ・ノンフィクション 転がる魂 内田裕也」では崔洋一監督(69)の依頼に応えてナレーションを務めていた。

 ◆樹木 希林(きき・きりん、本名内田啓子=うちだ・けいこ)1943年(昭18)1月15日生まれ、東京都出身。千代田女学園(現武蔵野大千代田)高校卒業後、文学座付属演劇研究所に1期生として入所。テレビドラマや映画だけでなく、78年には郷ひろみとのデュエット「林檎殺人事件」が大ヒット。86年NHK連続テレビ小説「はね駒」では芸術選奨文部大臣賞を受賞。08年には紫綬褒章を受章した。フジカラーなどのコミカルなCMでも知られた。(スポニチ)

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