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隣の国を歩く

“完璧”な北朝鮮 かえって現実感わかず

建国70周年に開かれた軍事パレードに登場した車両。「米帝侵略者を消滅させよ」との白インクの文字が見える=平壌で2018年9月9日、渋江千春撮影
記者団の質問に答える金正淑平壌製糸工場の金明丸支配人=平壌で2018年9月7日、渋江千春撮影

 日本にとって近くて遠い隣国、北朝鮮。9月9日に建国70周年を迎えるにあたり、平壌での取材が許された。メインイベントは9日当日に行われる軍事パレードや市民パレードだったが、その日を含めた実質4日間の取材から垣間見えた北朝鮮の現状を伝えたいと思う。

制裁の影響は?

 「武器にたくさんのお金を投資してきたが、これからはそれをやめてすべて経済部門にお金をつぎ込み、遅れていた発展を取り戻す時期だ」。北朝鮮を建国した金日成(キム・イルソン)国家主席の妻の名を冠する金正淑(キム・ジョンスク)平壌製糸工場の金明丸(キム・ミョンファン)支配人は、周囲に響き渡る機械音に負けない大声で、記者団の質問に答えていた。

 質問は、核実験やミサイル開発で強化された経済制裁の影響に集中した。金支配人は何度も「(影響は)ない」と断言した上で、「むしろ、生産能力は上がっている。昨年の生産量は400トンだが、今年は500トンになる」と力説した。機械自体は中国からの輸入だが、搭載するプログラムは自力で開発しているとも説明した。

 制裁に関する支配人の言葉をうのみにはできない。ただ、平壌の町並みを眺める限りにおいては、確かに制裁の影響を感じるのは難しかった。平壌は近年、建設ラッシュに沸いている。カラフルな高層マンションが建ち並ぶ未来科学者通りや黎明通りでは、夜になっても各部屋に明かりがともっていた。夜でもガソリンスタンドに照明がついていて営業中のようだったし、多くのタクシーともすれ違った。娯楽施設も増えた。2013年にオープンした紋繍(ムンス)水遊び場は、今でも連日大盛況だという。

金正淑平壌製糸工場の労働者宿舎の部屋。四つのシングルベッドが並んでいる=2018年9月7日、渋江千春撮影

人民生活重視の新路線

 話を冒頭の製糸工場に戻そう。工場の敷地内には、新しい労働者宿舎もあった。16年6月、視察した金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の指示で、軍を動員し4カ月あまりの短期間で建設されたという。17年1月、金委員長は再度視察に訪れた。そして、「全ての条件が完璧に整えられた宿舎が建設されたことで、従業員が何の不便もなく働き、文化的な生活を思う存分享受できるようになった。この宿舎は我々の建築術がどれほど高い域に至ったのかを示す記念碑的創造物である」と評価した。

 7階建て、延べ約9000平方メートルの宿舎は、労働者の7割が女性だからか、室内の壁紙やインテリアなどはピンクや白色で統一されていた。部屋は個室ではなく、4人一部屋。4台のシングルベッドが一列に並んでいる様子は、少し窮屈な感じがしたものの、清潔感はあった。

金正淑平壌製糸工場の労働者用プール=平壌で2018年9月7日、渋江千春撮影

 仕事で疲れた労働者が疲れを癒やすための娯楽施設も充実していた。卓球台や、朝鮮半島に伝わるすごろくのような遊び、ユンノリが楽しめる共有スペースのほか、サウナを備えた広々としたプールもあり、勤務を終えた女性が集団で泳ぎに向かっていた。

 北朝鮮は今年4月、核・ミサイル開発と経済建設を同時に進める「並進路線」が完遂されたとして、経済建設に総力を集中する新たな路線を採択した。この際、金委員長は「他人をうらやむことのない豊かで文化的な生活を全人民に与える」とも語っている。新しい労働者宿舎がある工場は、そのモデルケースとして選ばれたようだ。

金正淑平壌製糸工場の労働者宿舎に飾られていたミサイルの写真。横には「最高の水準」という標語も=平壌で2018年9月7日、渋江千春撮影

 ただ、宿舎には「並進路線」の名残が見られた。共有スペースにはミサイルの写真が飾られ、併設する託児所の中庭にはミサイルをモチーフにした遊具が置いてあった。

遠い国、日本

 もう1カ所、取材が許された場所を紹介したい。平壌市内の幼稚園、小学校の教員を養成する「平壌教員大学」だ。金委員長が昨年2月、「教育の科学化、情報化、現代化が高い水準で実現されたモデル大学」に整えるよう指示した大学だ。今年4月の新路線採択の際にも、金委員長は「新たな革命的路線を貫徹して社会主義建設のより高い目標を達成するために、科学と教育を重視して発展させるべきだ」と述べている。

 昨年末に完成したばかりの真新しい校舎では、約1500人が学ぶ。大学では、仮想現実(VR)を利用した模擬授業が行われていた。教員の卵である学生の前にあるスクリーンには、教室の様子が映し出される。教員が話しかけると、映像内の子供たちが反応する仕組みだ。

 たとえば、外で雨が降れば子供がよそ見をする。そんな時、どうすれば子供たちの関心を引けるか学生が試してみることで、より実践的に学べるという。

金正淑平壌製糸工場の託児所の中庭に置かれていた遊具。ミサイルがモチーフとなっている=平壌で2018年9月7日、渋江千春撮影

 教員の鄭太実(チョン・テシル)さんが「今日は、中国や日本をはじめとする記者が来ています」と語りかけると、画面内の子供たちが一斉に「歓迎します」と言いながら拍手をした。中国語や日本語も通じるというので、記者が挑戦。中国語では会話が成立して歓声が上がったが、ある放送局の記者が日本語で「好きなものはなんですか」「どのくらい勉強していますか」などと尋ねると、少しの沈黙のあと、「Sorry,I don’t know Japanese」(すみません、日本語はわかりません)と英語で返事が返ってきた。

 日本との距離を感じる話は他にもあった。海外の記者団には各社に北朝鮮当局の「案内人」が付く。文字通り、取材の案内をするほか、現場では通訳の役割も果たす。日本メディアには当然日本語ができる案内人が配置されていたが、複数の案内人が「日本語を学んだことを後悔している」と漏らした。

 時には冗談めかし、時には真顔でだったが、対日交流が少ないことを残念がっているようにも聞こえた。普段は朝鮮国際旅行社で働くという男性は「普段はもっぱら中国人のガイドをしている。だから日本語がめちゃくちゃになってしまった」とぼやいた。別の案内人は平壌外国語大学で日本語を学ぶ学生の減少を嘆いた。昔は4~5クラスあったというが、現在は1クラスで学生も1学年で十数人ほどだという。その上、学生は専門であるはずの日本語よりも、片手間で学ぶ英語や中国語の方が流ちょうだという。使う機会がないからだ。

 ところが、今回招かれた外国記者団約150人のうち、日本メディアは約20人で国別では最多だった。

パレード終了後、手を取り合って観衆に応える北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(右)と中国の栗戦書・全国人民代表大会常務委員長(国会議長)=平壌で2018年9月9日、渋江千春撮影

中国、韓国との友好強調

 一方、9日に開かれた軍事パレードやマスゲームでは、中国との友好姿勢が目立った。

建国70周年を迎えた9日夜、開かれた芸術公演で披露されるマスゲーム。「4・27宣言 新しい歴史はこれから」と表示された=平壌で2018年9月9日、渋江千春撮影

 訪朝していた中国共産党序列3位の栗戦書(りつ・せんしょ)全国人民代表大会常務委員長(国会議長)は、これらのイベントの際、常に金委員長の横で観覧した。軍事パレードでは2人が顔を寄せ合って頻繁に会話を交わし、金委員長が観覧席にあいさつする際、栗氏の手を取って高く掲げ、中朝関係の緊密ぶりをアピールする場面もあった。

 夜には平壌のメーデースタジアムで、芸術公演として巨大マスゲーム「輝く祖国」が行われた。国際親善を主題とした演目では、約1万7500人の高校生が形作るプラカードで、「対話関係の多角化」「団結協力 善隣友好」のメッセージが中国語でも表示されたほか、一番手前で獅子舞8体が音楽に合わせ踊っていた。

 韓国に関しても、今年に入ってからの南北融和モードを反映した演出がなされた。「統一の三千里」と題した演目では、暗闇の中に金委員長と韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の姿が浮かび上がった。軍事境界線を挟んで向かい合った2人が、だんだんと近づき、握手を交わす。4月27日に板門店で開かれた南北首脳会談を表現したものだった。「4・27宣言 新しい歴史はこれから」「わが民族同士 統一の新しい歴史を刻もう」の文字と共に、南北交流で歌われることの多い曲「われらの願いは統一」が会場に流れると、満員の観客が一斉にたたく手拍子がこだました。米国やトランプ米大統領に直接言及する内容はなかった。

建国70周年を迎えた9日夜、開かれた芸術公演で披露されたマスゲーム。獅子舞が登場した=平壌で2018年9月9日、渋江千春撮影

非核化と米国

 今回の取材では、現在国際社会で焦点の一つとなっている「非核化」に関して、直接取材することはできなかった。9日当日に金日成広場で開かれた軍事パレードに、核兵器の運搬手段である大陸間弾道ミサイル(ICBM)が登場しなかったことが確認できた程度だ。

 確かに、街中にあったという反米スローガンを見つけることはなかった。一方で、パレードに登場した戦車には、白ペンキで「米帝侵略者を消滅させよ」と書かれたままだった。ある当局者は「米国は信用できないというのが一般の市民の声だ。長い間敵対関係が続いてきたこともあり、信頼関係を築くのが重要だが、米国は何もしていない」と語った。別の当局者は「軍事パレードでミサイルを登場させなかったことなどで、我々は非核化の意思を明確に示している。それなのに米国は6月の首脳会談から2カ月で、また約束を破った」と憤りを見せた。ポンペオ米国務長官の訪朝中止をめぐる動きが念頭にあるらしいが、その後にこうも続けた。「トランプ大統領に、国内事情があることは理解している」

建国70周年を祝う平壌市民のパレードに登場した標語。「祖国 統一 わが民族同士」の文字と共に、「4・27宣言」の文字も=平壌で2018年9月9日、渋江千春撮影

 核実験を行い、ミサイル発射を繰り返していた昨年と、非核化交渉を始めた今年で、米国に対する北朝鮮の態度は一変した。ところが、長年にわたり植え付けられた米国に対する不信感は、そう簡単にはぬぐえない。米国は信用できないが、トランプ大統領は別という論理で、国内向けに説明をしようとしているのではと感じた。

 18~20日には平壌で韓国との南北首脳会談があり、米ニューヨークでは国連総会も開かれる。国際社会で、今後も北朝鮮の非核化問題が主題の一つとなることは間違いない。北朝鮮は現在、非核化に臨むにあたり、米国に対して、朝鮮戦争の終戦宣言を含む信頼醸成措置を強く求めている。その背景には、国内向けの説明が必要だという側面もあるのだろう。

 私にとっては初めての訪朝だった。行く前は、行けば北朝鮮への理解が深まると思っていた。今回、取材できた場所は北朝鮮当局があらかじめ準備した場所だけだった。軍事パレード、マスゲームは一糸の乱れもなく進行され、工場での労働者の働きぶりを含め、私が見た北朝鮮ではすべてが完璧だった。かえって現実感がわかず、私が見た北朝鮮は、ごくごく一部分に過ぎないという思いをぬぐえずにいる。【渋江千春】

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