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特集ワイド

強制送還でいいのか 日本で生まれ育った少年、ファラハッドさん

自宅で取材に応えるリリアナさん(左)とファラハッドさん。壁には、父セイフォラさんが息子の誕生を祝って母国イランから取り寄せたタペストリーが飾られていた=神奈川県内で、井田純撮影

 日本で生まれ育った「外国人」の少年が、不法滞在を理由に、国外退去させられかねない事態となっている。少年は国を相手取った裁判で「僕が日本でしか暮らせない理由」を訴えたいと求めたが、国側は、強制送還の要件とは関係がないとして、少年が法廷で主張することを認めようとしない。この少年は一体、どうすればいいのか。【井田純】

労働者は必要 でも「移民」反対 外国人の人権は?

 少年は、ガセミ・ファラハッドさん(16)。出稼ぎで来日したイラン人の父セイフォラさん(50)と日系ボリビア人の母リリアナさん(49)の長男として、神奈川県で生まれた。家族の会話は日本語で、両親の母語はほとんど話せない。バスケットボールに熱中する神奈川県立高の2年生だ。在留許可はなく、身柄拘束を受けない「仮放免」の状態で暮らす。法務省入国管理局の許可がないと県外に出られないため、友人に「東京に遊びに行こう」と誘われても、オーバーステイ状態であることを言えず、「親が厳しいから」と断ってきた。

 そんな少年が、実名での取材に応じた。「裁判所は、なぜ僕の話を聞こうとしないんでしょうか」

 父は1992年、短期滞在ビザで入国した。期限が切れても滞在しているとして、2008年5月に逮捕された。ファラハッドさんが小学校1年の時だった。翌年、家族3人に対する退去強制令が出され、取り消しを求めて裁判で争ったが、10年に全員の敗訴が確定。以来、「仮放免」生活が続く。

 ファラハッドさんが今年1月、退去強制令の無効確認などを求めて東京地裁に訴えを起こしたのは、父が入管に身柄を拘束され、イラン国籍を持つファラハッドさんともども強制送還される可能性が出てきたためだ。代理人を務める大橋毅弁護士は言う。「日本語しかできないファラハッドさんが、イラン社会で生活することは考えられない。せめて息子にだけは在留許可を与えてほしい、とお父さんが訴訟を望んだのです」

 イランの国情も家族の障害だ。父は今もイランの国教であるイスラム教を信仰しているが、ファラハッドさんは多くの日本の高校生同様、特別の信仰を持たず、母はキリスト教徒。イランの国内法では、イスラム教徒と結婚した妻はイスラムへの改宗が求められ、子どももイスラムを信仰していなければ迫害を受ける可能性がある。「つまり、この家族が安心して一緒に暮らすことができるのは日本だけなんです」と大橋さん。

 現在、審理が進む裁判で大橋さんは、ファラハッドさん本人への尋問を申請した。「生まれ育った日本にいかに定着し、イランへの送還などあり得ないかを示したい」。裁判官の心を動かし、国が行おうとしていることが人権侵害にあたることを訴える狙いだ。だが8月に開かれた口頭弁論で、国側は、事実関係に争いがないとして「尋問の必要はない」と主張。裁判官も「あえて尋問の要があるかは疑問」と述べ、判断を保留した。原告席では学生服姿のファラハッドさんが身を硬くしてやり取りを聴いていた。

 法廷を出た大橋弁護士が言った。「国は、今の生活でどれほど友人がいようと、日本での暮らしに定着していようと関係ない、ということでしょう。日本で生まれたファラハッドさんは、自ら選択して『不法』に滞在したわけではない。それなのに、送還されて迫害を受ける状態に置かれたり、一家離散に追い込まれたりするのは間違っていませんか」

 進学を希望するファラハッドさんだが、今の状態では大学が受け入れてくれるかわからない。仮に入学・卒業できても、仮放免者は就労が禁止されており、将来の展望は見えない。「面会に行くと父は笑顔を見せてくれますが、体調は悪いようです。一日も早く帰ってきて、元気になってほしい」

 「私とお母さんのせいで、たった一人の息子をこういう人生にさせてしまって」。茨城県牛久市の東日本入国管理センター。家族の近況を伝えると、面会室に現れた父セイフォラさんが肩を落とした。収容生活は1年を超え、頭痛や耳鳴りで眠れない日が続くという。

 同センターでは今年4月、難民認定申請中に在留資格を失って収容されたインド人男性(32)が自殺している。その後、収容者の待遇は改善されたのだろうか。「見張りが増えただけです。部屋を頻繁にのぞかれ、シャワー中に自殺が起きたから、シャワーの時も見張られる。入管の人たちは、自分たちが悪かったから自殺が起きたとは思っていないんでしょう」

 セイフォラさんも他の収容者と同様、職員から日常的に「イランに帰れ」と言われるという。「好きでオーバーステイになったわけではない。出稼ぎに来て、一生懸命働いたのに、いらなくなったら犯罪者扱い。我々も人間です。自分の生まれた国より日本での生活の方が長くなって、家族もできた。他に帰るところなどありません」

 妻、息子と面会する月1回30分を心の支えに、収容生活に耐える。父は息子だけを原告とする訴訟に踏み切った理由をこう話す。「息子が住んだこともない、言葉もわからない国に行かされたら、今まで頑張って勉強してきたことは水の泡になる。息子は自分にとって宝物。私だけ送還されるとしたら体の一部を置いて行くようなものですが、息子のためなのです」

 セイフォラさんはさらにこう続けた。「ここには、同じような境遇の人がたくさんいます。息子のような状況の子どもたちのためにも、裁判所にきちんとした判断を出してほしいと願っています」

 次回口頭弁論は10月2日午後1時半、東京地裁で開かれる。

 法務省は15年、外国人の動静監視を強化するよう全国の入管局長らに通達。翌16年には、20年の東京五輪までに「我が国社会に不安を与える外国人を大幅に縮減する」との通知を出している。一方、安倍晋三政権は、人手不足に悩む経済界からの要望に押される形で、来年4月から建設、農業、介護などを対象に外国人労働者を受け入れ、25年ごろまでに50万人に達するとの見通しを示している。入国管理局も「庁」に格上げされる。

 だが、安倍政権の支持基盤や自民党内右派には、外国人労働者は「移民」につながる、として強硬な反対がある。「そこで、受け入れ枠を広げる代わりに『悪い外国人』にはこれまで以上に厳しくする、というポーズを示しているように映る」と指摘するのは、外国人の人権に関する案件を多く手がける指宿(いぶすき)昭一弁護士。「今の入管政策は、日本で懸命に働いてきた外国人の実態に基づいたものではなく、『外国人は危険』という誤ったイデオロギーに過ぎない」

 学生や支援団体で作る「長期収容に反対する全国ネットワーク」が国会議員を通じて入手したデータによると、7月31日現在、全国9カ所の入管施設に収容されているのは1309人。半年以上の長期収容は709人と54%を占める。

 外国人労働者を必要とする財界と、排外主義的な主張を掲げる勢力の両方に「いい顔」をするための政策なのか。そのために同じ社会で暮らす人々の人権を犠牲にしていいはずがない。

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